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お嬢様は笑わない  作者: ゆなみ
前編
7/17

#6

「それで、孤児院の方にお話を聞いたのですが、最近目に見えて食料品の質と量が下がっているそうです。孤児院の方もおかしいと訴えたのですが、規定の金額を回していると言う回答しか得られなかったそうです。実際、福祉の予算が削られたとか、物価が急に上がったというわけでもないですから、間に入っている業者が必要以上に手数料を取っているのではないかと。孤児院の運営資金着服が問題になり、今は現物支給が基本となっていますが、けっきょくどこかで金銭を物資に変える運用があるわけですから、着服する者が別の人間になっただけということでしょう。孤児院運営の支援金の一部は国家予算から出ているので、国家予算の取り扱いのプロに調査をお願いするのが妥当かと考えました。調査、お願いできませんか? その孤児院には少しばかりの寄付と何度かパンの差し入れはしましたが、一時しのぎにしかなりませんから」

「思っていたより硬派なお願いだった……」

「お兄様、女の子に夢を持つのもいい加減になさい!」

「申し訳ないです。我が家は『晴耕雨読』、『質実剛健』を家訓としているものですから、可愛げを学ぶ機会が全くなくて」

「ああ、うん、それはアイリスの美点だ。そのままでいい。私が頼られたいと思うばかりに、君を下げてはいけないね。孤児院の資金の流れの調査はしておこう。頼れる親がおらずとも、子どもは明日の心配なく生きるべきだ。心身ともに健やかであるとは、そういうことだと思うからね。ありがとう、知らせてくれて」

 お花畑感は抜けきらないものの、国を動かす者は大きな理想を持つ度量も必要なのかもしれない。アイリスは少し考えを改めることにした。

「もう一つ気になる話があります。少し不調になる魔法や呪いをかけて、介抱して不調に効く薬を売りつける、という詐欺を何件か聞きました。被害者本人は詐欺にあったという意識はないのですが、どうも同一人物によるものと思われるにおいがしたのです。説明できない勘の領域ですから、『その人を捕まえてください』とは言えないのですが……」

「不要な薬を売りつけられているのに?」

「『薬を売りつける』というのは正確ではありませんね。訂正します。気分が悪いようですけど、よかったらこれをどうぞ元気になるものですよ、とハーブのキャンディーやドリンクをもらうそうです。本当に元気になったから、今度はそれを買いに行くようになったと。法外に高いわけでもなく、実際元気になっている気がする。『詐欺』と言って引っ張るには少し弱いと思います。最終的には確かな薬効で元気になっていますから」

「わざとぶつかって、セールスの糸口を作っているようなものか。些細な不調しか引き起こさないとしても、加害していることには変わりはない。口ぶりから、転んで膝を擦りむいたり、指先を刃物がかすめて少し切ってしまう程度なのかな。加害は加害だが、傷が小さすぎるから被害者に意識がないのか。偶然と言い張れるくらいだな」

「少し強引にきっかけを作っている、とでも言うのでしょう。その強引の中に違法性があるかというと、やはりそれもごく小さくて。金銭を巻き上げられているという被害があるわけでもなく、総合的に双方プラスに収まっているように聞こえます。『同業者が知るともやもやする』という程度と言いますか……」

「まだ確定はしていないが、横領よりは平和だな」

「しかし、いい話ではないですわね。聞いていてもやもやすると言うか。詐欺というには言い過ぎですが、『ずるをしている』、そう思います」

「そうなんです。『ずるい』どまりなんです。私は詳しくありませんので、もしかすると違法と明確に言えるのかもしれませんが」

「わかった。それも調べておこう」

「よろしくお願いします。なんだかもやもやさせてすみません」

「悪い人はわかりやすく悪い顔をしているわけではありませんものね。清濁併せ呑まなければいけないこともありますが、ずるはよくないです。それがまかり通るということは、その界隈の衰退を招きかねませんから。それにしても、推理がまるで探偵小説のような鮮やかさですわね」

「ネズミの件は、動体視力が良かっただけですよ。不安商法も、まだ推測の域を出ません」

「もしかして、いつも事件に巻き込まれていますの?」

「私を探偵小説に仕立て上げないでください。ああ、一つ心当たりはありますね」

「ぜひ! 聞かせてください!」

 アデルは前のめりにアイリスに迫ったのだった。


■■■


「こんな噂、知ってる?」

 しとしとと雨の降る、静かな放課後のことである。

 アイリスはよく図書館に足を運んでいた。表情で伝えられないならば、言葉で伝えればいい。そのために語彙力を増やさなければいけない。そう考えた幼いアイリスは、熱心に本を読んだ。両親は理解を示し、流通から外れやすい田舎であるにもかかわらず、かき集めるように本を買ってくれた。

 今もアイリスは本をよく読む。初等部の図書室は子ども向けの本も多かったが、高等部の図書館は対象年齢もぐっと上がる。静かで居心地がよく、入り浸るというものである。

 本の世界を頼りに逃げ込んでくる者も少なからずいる。本を目当てにしない者には司書は厳しいが、本を求めてくる生徒は優しく迎え入れてくれる。

 自然と顔を合わせる者は決まってくる。いつも同じ顔ぶれではないけれど、だいたい同じ顔ぶれ。ひそひそとおしゃべりをすることもある。ちょっとした噂話から、どこからわいたかわからない怖い話など。なんてことのないそんな話が自然と交わされるのである。

「この図書館、人の一生について書かれた本が書庫の奥に並んでいるんだって。誰も入れない秘密の書庫なんだけど、時々その書庫から本が出てきちゃうことがあるの。ほら、二組のクララっていう子、もうずっと学校に来てないでしょ? クラスメイトがクララの本を見つけて、空白のページがあったって。それってもしかして……」

 「きゃーっ」と、騒がしくない程度に悲鳴が上がる。いつもはトイレにお化けがいるとか、雨の日に登ってはいけない階段があるとか、そういう噂話ばかりなのだが、今回は具体的な人名が出てきた。アイリスのとなりのクラスには、確かにクララという人物が在籍している。実際、長く学校に来ていなかったのだが──。

「その本、私も知ってますよ」

 友人たちは「え?」という顔をしていた。

「持ってきますね」

 席を立ち、小説の書庫から目的の本と、ついでにもう一冊抜き出す。

「空白のページがある本はこれではないでしょうか?」

 表紙には『儚きクララへ』と書かれている。

 パラパラとめくっていくと、本の半ばで数ページの真っ白なページがあった。「ひっ!」と小さな悲鳴。知っているアイリスは全く動じていないが。

「名前が一致したのはただの偶然ですね。こういう構成の本です」

「何もないページが?」

「ええ。この本の場合は、未来への漠然とした不安と、まだ何も決まっていないからこそ何でも夢を見ることができる、未来を書き込める、という表現です。意欲的な表現でしたらこういう本もありますよ」

 もう一冊の本を開く。整然と並んでいるべき文字が波打ち、渦を巻いて並んでいた。

「何も書かないという表現……」

「それに、クララさんはお家の事情で長くお休みしていましたが、ちょうど昨日から登校していますよ。授業の遅れを取り戻すために特別授業を受けているそうです。私も時々補助授業を受けるので、昨日一緒に受けました」

「そうだったんだ」

 空白のページがある本に青ざめていた友人は、ほっと安堵の顔を見せた。

「クララという名前は珍しいものではないですからね。本のタイトルの中に人名を含むものはたくさんあります。この本でなくとも、例えば落丁で空白ページが挟まってしまい、噂になったとか」

「なんかそういう風に分かっちゃうと興ざめだね」

「謎は謎のままの方がよかったですか?」

「でも、実在しない人の噂ならともかく、具体的に二組のクララがいるから、わかってよかったって思うよ。勝手に死んだことにされてるみたいなものだもんね。さすがに詳しいね、アイリスは」

「図書館は本を読むための場所ですから」

「それもそうだ」

 おしゃべりは解散して、皆それぞれ読書に勤しむのだった。


■■■


「──ということがありました」

「まあ。でも、その噂、私も聞いたことがありますわよ。そのクララさんは最近の話でしょう?」

「人の未来が書かれている本が収められている秘密の書庫の話は、ずいぶん昔からあったようですね。人名が含まれている本はいくらでもあります。有名な小説でしたら、『少年エルの冒険』、『黒い影とマルゴ』、『クトゥルフの呼び声』、『美しきジュリエットの一生』とか」

「言われてみれば……。ん? 何か変なのが混ざっていなかったか?」

「そうですか? 歴史書のコーナーであれば、私の曽祖父の名前を見つけられるでしょう」

「それはそうだな。ロクドウ・カーマインは、今なお鮮明に語り継がれる大英雄だ」

 なぜかリュシアンが自慢げな顔をしていた。

 魔法学のガライルに曽祖父の話をした時と同じ顔である。リュシアンもロクドウのファンなのだろうか? やたらとアイリスを構う理由は、そこから来ているのかもしれない。

「最近の曽祖父に関する記述は、すでにある書籍からの引用が多くてぼんやりしているものばかりですけどね。調査を怠っています」

「遺族を訪ねるにしては、カーマインの領地は遠いからね」

「それなんですよね……」

 アイリスは苦い顔をしたつもりだが、顔面はぴくりともしなかった。

「まだ死んでいないのに死んだことにされている時点で、あまりにも調査不足、それを通り越して怠慢だと思います」

 リュシアンはうんうんと頷いていたが、「あれ?」と首を傾げた。

「ロクドウ・カーマインは存命……?」

「はい。本人がいるのに本人に話を聞きに来ないのは怠慢でしょう。まあ、訳あって断りますけど。お手紙に返事くらいはしますから、それくらいの取材でしたら受けると思いますよ。たまに『今は亡き』と書かれることすらあります。すっかり白髪になってしまっていますが、まだ人生折り返していないような勢いで元気です」

「それは……あの……私が会いたがっていると伝えてもらえないだろうか」

「ええ、伝えておきます」

 ぱあっと輝くような笑みだ。よっぽど嬉しいらしい。

「私の魔法の師匠だと言いませんでしたか? その時点でまだ最近の消息は知れているでしょう」

「確かに、歴史上の人物だという感覚があるが、先の大戦を経験した者はまだたくさんいる。そうか、英雄もそうなんだな」

 はしゃぐリュシアンを、アデルはやれやれと言った様子で見守っている。

「アイリスさんの魔法の先生は伝説の魔法使いですのね。改めて聞くと、偉大な先生ですわ」

「実践主義でとても厳しく、兄と姉は合わなかったようです。トーヨー思想の魔法を使うので、こちらには教本もなく、自分で調べることもできず、全て曽祖父に教わるしかなかったのですよね。死なない程度に容赦なかったです」

 兄と姉は脱落した。アイリスは魔女の呪いを自力で解除するため、脱落が許されなかった。さらには、適性があったために耐えることができてしまったのだ。

 一族というにはまだ歴史は浅いが、ロクドウも含めてカーマイン家は皆小柄だ。またトーヨー特有の顔立ちは年齢が分かりにくく、余計に若く(幼く)見える。

 アイリスが年相応に見えない理由はそういうことにしているが、曽祖父の鍛錬により別の可能性も考えられるのだ。分かりやすいように「魔法使い」と言っているが、アイリスの曽祖父であるロクドウは、トーヨーで言うところの──。

「先の大戦の活躍といえば、敵国の魔女を味方に引き込んだことですわね。最強の魔女と謳われたベネディクタ。一騎当千の魔法使いロクドウと実力は同等であり、その一戦で戦争の行く末が決まると思われていましたが、どう説得したのか、ベネディクタは寝返った。しかし、ベネディクタはその後、歴史では名前を聞きませんね」

「先の大戦以降、大きな争いはないから、武勲をあげた者はなかなか名前が出ないものだろう。ロクドウも、領地を与えられたというところで、歴史上は途切れている」

「曾祖母は魔女を返上しましたから、全盛期ほどの力は出せなくなっていたようです」

「……え? ベネディクタが?」

「はい。……あ、ロクドウとベネディクタが結婚したことって、もしかして知られていませんでしたか?」

 アイリスはもちろん曽祖父母のことであるためよく知っている。しかし、リュシアンとアデルの反応を見るに、あまり知られていることではないようだ。戦時の英雄は、戦争が終われば必要とされないということだろう。

「……君はすごい血を引いているのだな」

「血筋という意味では最たる王族の方がそれをおっしゃいますか」

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