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お嬢様は笑わない  作者: ゆなみ
前編
6/17

#5

「ということがありまして、ますます学校で孤立して快適です」

「孤立して快適は違うと思うんだけどなあ!」

 表情豊かにリュシアンは苦悩を見せる。

「子どもの言うことですから、私は気にしません」

「いいえ、ご自分のためにも怒ってください! その家政婦とひいおじい様のために怒ったのでしょう!」

「それはそうですが……。実際、自分より、自分の大切な人を悪く言われる方が怒りが湧きませんか?」

「そうだよ! だから私は今、怒ってるんだ!」

「お兄様、声が大きいですわよ」

 リュシアンはぐっと拳を握り、わなわな震えていた。

「君は強い。それは承知しているが、君は人の悪意や攻撃を正面から堂々と受けすぎだ。そういうものに立ち向かわなければいけないこともあるだろうが、しかし君は幼すぎる。誰かに守られた上で堂々と立っていてほしい。私は君を守りたい。かりそめでもいい、私の婚約者にならないか?」

「え?」

 確かにそれは最強の後ろ盾だろう。まだ代をそれほど重ねていないが、領地を持つ貴族でもあるアイリスは、その資格があるにはあった。

「わかっている。君が幼すぎることも、年も離れているが、ない話ではない。英雄の曾孫を囲っておきたい、と言えば言い訳は立つ」

「リュシアン様、チャンバラごっこに王家の宝刀を持ち出すような、大人気ないことはやめてください」

「切り札として使うにしても、強すぎますわ」

「ぐっ……。しかし、私に出せるカードはそれくらいしかないんだ。アイリス、孤独はいけない。確かに君は戦えるだけの力を持っているのかもしれないが、常にそのコンディションであるとも限らないだろう」

「孤立しているとは言いましたが、孤独ではありません。家に帰ればよくしてくれる家政婦と後見人がいます。こうしてお茶を飲み、リュシアン様とアデル様ともお話しできています。それに、殿下は公人なのですから、助けたい人ではなく、助けなければいけない人を助けてください。それが国の役目でしょう」

「助けたい者も、助けなければいけない者も、両方助けるから、そこはアイリスが気にすることではないよ」

 急に度量の広さを見せられた。妙に情けない王子だと思っていたが、ちゃんと王子様らしい。お花畑ではあるのだけど。

「わかりました。しかし、私は今の状況が性に合っていますから、別の方に手を差し伸べてあげてください。それと、気になっていたのですが、私のことを幼く見積もりすぎていませんか? 私、アデル様の一つ下ですよ」

「え?」

 ああ、これは本当に幼く見積もっている顔だ。

 並べると、リュシアンは十六歳、アデルは十四歳、アイリスは十三歳となる。確かに年の差はあるが、大きく年が離れているというほどではない。アイリスの両親は五歳差がある。珍しいことではない。初代はもっと差があった。婚約する気はないのでいらぬ計算だが。

「どうして初等部に?」

「手を回してくださったのは殿下ですよ。一部科目は基礎すらおぼつかない学力でしたから、ちょうどよかったと思っています」

「ああ、その……私の勘違いだ。すまない。根本的な解決になっていないが、家庭教師を出すから、学力を引き上げて高等部に編入しないか?」

 というわけで、アイリスは高等部へ通うことになったのだった。

 ちなみに、高等部でも変わらず嫌がらせはあったのだが、より陰湿で分かりにくくなった分、気にせず無視すればいいだけになり、それに割くエネルギーは激減したのだとか。


 小柄でこの辺りでは珍しい黒髪で、泣きも笑いもしない女の子。排斥したくなる気持ちは理解できる。しかし、近づいて蹴り出すようなことをするのは、無駄な行動だとしか思えなかった。汚物にわざわざ触って汚いと文句を言うようなものだ。理解しがたい。

 初等部にて、排他的であることはすでに学んでいる。メンタル的にもフィジカル的にも接触をしないようにしてやり過ごした。学校はコネを作る場所でもあるのだが、アイリスには、そもそもカーマイン家にも必要のないものである。学校は学びを得るための場所。アイリスにとって純粋にそういう場となった。

 初等部と違い、自我の確立を得ている者も少なからずいたため、子供じみた排斥行動に出ない者もいる。多少話す程度には仲良くなった者もいた。

 と、なぜか恒例になりつつある、アデルに誘われ、リュシアンが混ざっている体裁のお茶会で報告したところ、リュシアンはとても喜んでいた。アイリスに、王都で住むように言い出した(実質命令だ)のは自分だから、その必要もないのに勝手に責任があると思っているようだ。保護者のつもりなのかもしれない。そのエネルギーをもっと別のところに使ってほしいものである。

「付属の図書館はいいですね。司書さんが利用者には親切丁寧なのですが、本来の目的外で訪れる人には厳しくて、本を頼りに逃げ込んでくる人の楽園となっていますよ」

 表情がほとんど顔に出ないアイリスは、とにかく自分の感情も考えも口に出した。リュシアンに対して不敬かな、と思うことまで。

「私は楽しいお茶会と思っているのですけど、アイリスさんには楽しくないのかしら?」

「私も楽しく過ごしています。ただ、ほとんど庶民と変わりない一個人の話を聞くよりも、ずっと有意義なことをすべきかな、とは思っています。アデル様のお茶会にはそれだけの価値があると思いますから」

「ほ、保護者気取りだとかそんな……ただ、公人として国民の生活を知ることは大事なことだ。サンプルは一件でも多い方がいい。個人的にはアイリスの話は面白くて……いや、私個人のことは今はいい」

「自分で言うのもなんですが、私は外れ値ですから、国民の生活のサンプルとしては参考にならないと思います」

「お兄様、目が泳いでいますよ」

 国民のリュシアンの評価は高い。大きな成果はないものの、小規模の政策を確実にこなしつつある。本格的に公務にかかわるようになったのは、この一、二年だ。これからますます国民の生活を豊かにしてくれるだろう。救いきれないものを一つでも減らすために努めてくれる、誠実な第二王子。そう聞こえてくる。

 表情豊かで、アイリスには空回り気味で、少し独善的なところがあるというアイリスの評価が間違っているのだろうか。

「アイリスが幼く見えてそちらに引きずられていることは認めるが、もう十三歳とはいえ未成年だ。頼れる人には頼りなさい。……私とか」

「お気遣いありがとうございます。先日、十四になりましたので、その数値は訂正しておいてください」

「まあ」

「なぜ知らせてくれなかった……」

「特別お祝いするわけでもありませんから。それとも、リュシアン様は国民全員の誕生日を知りたいのでしょうか?」

 人を呼んで盛大にパーティーをするのであれば、社交辞令として誘うくらいはするが、何か節目の年でもない。マルグリッドはごちそうを作ってくれたが、その程度のことである。

「アイリスさん、さすがにデリカシーがありませんよ」

「申し訳ないです。誕生日を盛大に祝うという習慣がないもので」

「いや……そうだな。誕生日を祝ってあげられなかったと文句を言うのはお門違いだった。すまない。遅くなったが、誕生日おめでとう。君に祝福があらんことを」

 定型句である。だが、リュシアンの輝くような気品と優しい声色は、特別な祈りのようにも思えた。

 太陽のような金色の髪はぴしりと整えられ、一部の隙もない。宝石のように澄んで煌めく青い目は不思議と温かい。気品ある微笑みは名実ともに王子様。感情が出過ぎてしまうのは少し難である。

「ありがとうございます。お言葉、謹んで頂戴いたします。それにかこつけるわけでもないのですが、リュシアン様にお伝えしたいことがありまして」

「うんうん、なにかな? 遠慮なく言ってくれ!」

「リュシアン様にお願いするには大げさな話なのですけど……」


■■■


 麦と米は、アイリスの腹を満たすには十分すぎる量が実家から送られてくる。余剰分は、報告さえしてくれればマルグリッドが好きにしていいと任せている。

 余剰の麦はパンとなり、マルシェで売られていた。パン屋をするほどの余剰ではないので、時々マルシェに出るくらいだ。小さめのパンを様々なフレーバーで用意して、何個でいくら、という形式で売っている。小腹が空いているから、一つ食べてみて美味しかったからまた買っていくというリピート客が多い。パン屋に憧れを持つマルグリッドは、時々「パン屋」となり楽しそうだ。愛想はないが計算は早いアイリスも、時々手伝わせてもらっている。活気あるマルシェを定点観測しているようなもので、とても楽しい(顔には出ないが)。

「おっ、今日はお嬢ちゃんが来てるんだな。おすすめはどれだい?」

「おじさんへのおすすめは、このチーズとこのベーコンです。チーズは二種類使用していて、味の変化があるようにわざとムラがあるように作っています。ベーコンは見た目よりもスパイシーです。私は飲めないのですが、うちの者が言うには──」

「酒に合う、だろ?」

「はい、その通りです。今日はさつまいものパンもありますよ。奥さん、お好きでしたよね?」

「よく覚えてるな。じゃあそれもまとめて、二つずつ、いや、四つずつくれ」

「チーズ、ベーコン、さつまいも、それぞれ四つですね。ありがとうございます」

 無表情のアイリスは、最初は不気味がられたが、マルグリッドが病気由来だと説明してくれたので、今はすっかり馴染んでいる。

 指定された物を包んで客に渡す。アイリスはマルグリッドの焼くパンが好きなので、売れていくのは我がことのように嬉しい。

「さすがマルグリッドさんのパンですね。今日も売れ行き好調です」

「美味しい麦を預けていただいていますからね。張り切って美味しいパンを作らないと」

 ここでもアイリスはよく手伝う小さくて幼いお嬢さん扱いだが、いつものことなので気にしていなかった。

 パンもほとんど売れ、あと数個ほど残すところとなった。

「きゃあ!」

 と、マルグリッドが声を上げた。残り少ないパンの上を茶色いものが転がっていく。アイリスは瞬時に手を伸ばすが間に合わず、それは地面に落ちて駆け抜けていった。

「ネズミ、ですね」

「あっ! ここ、食われてます」

 マルグリッドがわずかにかじられたパンを見つけた。

「これは衛生的によくないですね、お嬢様」

「残りも少ないですから、今日はもう店じまいしてパンは破棄しましょう。仕方ないです」

「そうですね。仕方ないです」

 万が一が起きてはいけない。店じまいをすることになった。

 片付け始めると、帽子をかぶった少年が覗き込んできた。

「まだ残ってるのに、もうおしまい?」

「はい。そのパンは汚れてしまったので破棄します。売れるものはありません」

「全然綺麗じゃん。気にしないからちょうだいよ」

「汚れは目に見えるものだけではありません。病気を引き起こす原因にもなりかねないですから、お渡しはできません」

「えぇ~? ネズミがかじってもオレは気にしない。ちょうだいよ」

 引き下がらない少年の帽子が妙な動き方をした。アイリスはすかさず手を伸ばす。

「あっ!」

 少年は帽子を抑えようとするが、今度はアイリスの方が速かった。

 少年の癖のある髪の毛にネズミが埋もれていた。

「今回、弁償は求めません。次はないですよ」

「なんだよ! チイはオレのネズミだけど、何もしてねえよ! 証拠はあんのか? 証拠は!」

「私は『汚れた』とは言いましたけど、『ネズミがかじった』とは言っていません。どうしてそれをご存知で? それに、そこを走っていったネズミと同じリボンをつけていますよ」

「なっ! チイはすばしっこいから、リボンとかわかるはずないだろ!」

「白を切るのはいいのですけど、『パンの上を走ったネズミがいて、そこにもネズミがいる』というだけで、すでにそのネズミは処分対象ですよ。疑わしきは罰せずですが、ネズミに人権はありません。どれだけ清潔だと主張しても、不衛生なものとして処分されます。事情酌量の余地があれば話は聞きますが、言い訳がないならマルシェの責任者に引き渡すことになります」

「なんだと! ちびのくせに偉そうに!」

「なんですかクソガキ。事情酌量の余地の意味がわからないのでしたら教えてさし上げます。そうせざるを得ない理由があるのでしたら、大目に見ます。場合によっては問題の解決の手助けもします。理由があるなら話しなさい、そう言っているのです!」

 表情をぴくりとも動かさず放たれる怒声に、少年はさすがにひるんだ。一瞬逃げる素振りも見せたが、すでに周囲は囲まれている。

「坊主、理由があるなら言っとけ。本当に泥棒か詐欺なら、しょっぴかれるだけだがな」

「あと貴族様の娘だから偉そうじゃなく、本当にお前より偉いぞ」

「私は何の実績もない小娘ですよ。言わなくて結構です。このままでは、第三セレナ孤児院の評判が下がりますよ。詐欺をするような子どもがいる、と」

 少年はぎょっとした顔をした。アイリスは、──勝手な譲渡や転売防止のためのものだろう──帽子の裏の孤児院の記名に目を落とした。


■■■

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