#4
しばらくのち、アデルがアイリスを誘い、リュシアンも参加したという体裁のお茶会が再び開かれた。
「学校はどうだい? 何か変わったかな?」
いたわるような優しげな声色。だが今回も表情が出過ぎている。得意げで、賞賛を待っている顔だ。王子たるもの、もっと威厳のある表情を保つべきではないだろうか、と、口にも顔にも出さず思った。
得意げな顔をしているのは、リュシアンが何かをなしたからだ。アイリスには心当たりがあったが、
「特に変わりはありません」
と答える。わざわざ察して事実をねじ曲げるほどの空気読みではなかった。
案の定、ほくほくした顔からしおしおした顔になってしまった。
「──先日の学校訪問の講演会のことですか?」
「ああ、そうだとも!」
「お兄様、声が大きいですわよ」
リュシアンは卒業生でもあるため学校を訪ねてきた。校内を回り、授業を見学して講演会を行った。授業見学は皆浮足立ち、休憩時間もずっと人だかり。講演会も立ち見が出るほどの人気だったらしい。「らしい」というのも、アイリスは遠目に人だかりを見かけただけで、実際にどうだったのか詳細は知らないのだ。
「講演会は聞いてくれなかったのかい?」
「講堂も満席だったようなので帰りました。内容を教えてくれる友人もいませんので、何の話をしたのかも把握していません。申し訳ないです。みんな王子様はすごいと言っていましたよ」
「会いに来てくれたらよかったのに」
「お仕事の邪魔はできません」
「お兄様は根回しが足りていませんわ」
「いやあ、驚かせたくて……」
「アイリスが驚いたとして、それはお兄様が気持ちよくなるだけですわよ」
「申し訳ないです。私、病気の後遺症で、まだ驚いた顔ができないんです」
アイリスのためになっていることがなさすぎた。リュシアンはまたしおしおになっていった。
「みんな真剣に聞いてくれていると思ったんだけどな……」
「そういう時は聞きたい言葉しか聞こえないものですわよ。それに、名指しでもしない限り、広く注意喚起で身を正せるのは、だいたい身を正してほしい人ではないものです」
妹であるアデルは辛辣だ。アイリスも、リュシアンの「人は善であり、お互いに理解し合える」という思想はお花畑だと思っている。第二王子という立場上、帝王学の一つや二つ学んでいないものだろうか? 人の善を信じる「お花畑王子」を演じている可能性も捨てきれないが、徹底しているなら嘘でも本当と変わらない。とはいえ、人の善を信じられるのは長所であるとアイリスは考えていた。王になるには優しすぎるが、順当にいけば次の王は第一王子だ。リュシアンではない。
以前に、「この王子は大丈夫だろうか」と漏らしたアイリスに、ロックは言った。「リュシアンはよき部下を集める才能があるから心配はないだろう」と。その人を助けたいと思わせるのも才能であると。アイリスにはまだよくわからないが、経験を積めばわかってくるものらしい。
「そうですね。私が気にしないものだから、やりすぎて親まで巻き込むこともありましたから」
「ああ……聞かせてくれないかな」
リュシアンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。本当に表情豊かな人だ。
「ちょっと失礼します」
アイリスは髪を止めていたかんざしを引き抜き、テーブルの上に置いた。真鍮でできた軸に、コロンとした珊瑚がついているかんざしである。
「まあ、珊瑚ですか?」
「さすが、よくご存知で」
「この辺りは海が遠いから、あまり見ないわね」
「だから、おもちゃのように思われたようですね。お二人はもうご存知でしょうが、カーマインの初代、私から見て曽祖父は『珊瑚の杖の魔法使い』です。その流れで、我が家では珊瑚の装飾品を身につけていることが多いんです」
「カーマインの土地は、ここよりもさらに海が遠くないか?」
「曽祖父が、魔法を駆使した珊瑚の養殖方法を確立させました。珊瑚、実家にたくさんあるんです。王様にも献上したそうですよ」
「養殖? そんなことをしたら、珊瑚の価値が下がらないか? 今でもこの辺りでは高価なものだぞ」
「その方法、曽祖父以外に成功した者がいなくて。我が家で抱え込んでいるとかではないです。書き起こしてまとめているものは公開しています」
「魔法が高度すぎるのか? 再現できていないのか」
「曽祖父曰く、『魔法技術の基礎はどんどん上がっているから、そのうちできる者が出てくるだろう』だそうです」
「さすが我が国の英雄だ。格が違う」
「そういうわけですから、私には当たり前にあるのですが、王都では珍しく貴重なものでして。だから、かえって価値がわからなかったのでしょう……」
アイリスはそう前置きして話し始めた。
■■■
曽祖父にあやかって珊瑚を身につけることが多い、と、対外的に言っているが、曽祖父が山のように作るからだという方が正しい。ちなみに、魔法による研磨やカッティングも確立しており、曽祖父の手を通せばあとは金具をつけるだけ、という状態のものが出来上がる。それを売って村を豊かにすることもできるほどだったのだが、あまりに高度な魔法であるため後継者がおらず、収入が存続しないため売り出してはいない。噂を聞きつけて買い付けに来る者には売っているが、その程度である。村の特産品はあくまで麦と米なのだ。
アイリスは珊瑚の価値については知っているつもりだが、ベルベットのような布が貼られた高級感のある台の上に置かれていると、「そこまで恭しくしなくてもいいのではないか」と思ってしまう。
「この度は娘が大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ないです……」
アイリスの家に、かんざしの返却と謝罪に来たのは、アイリスのクラスメイトであるサフィーと、その両親である。
応接用のソファーの三人に対峙するのは、この家の主であるアイリスだ。保護者のような立場であるロックはソファーには座らず、アイリスの後ろについている。
アイリスはよく珊瑚のかんざしを使っていた。真鍮の軸と、宝石のようにわかりやすくキラキラしているわけでもない珊瑚の取り合わせゆえに、おもちゃのようにも見える。だからだろう、くるくる髪を巻きつけて留めているだけのかんざしを抜き取り、「もらってあげる」などという言葉が出てきたのは。
後ろからこっそり近づいてきたことも、髪からかんざしを抜き取ろうとしていることも分かっていたが、何をしても騒がしいので、一番サフィーがその場は機嫌を損ねない選択をした。そのうち誰か気づいてサフィーを諌めればいい。気づかなくても、この国を守った英雄の加護がありそうなそのかんざしは、きっとこの国の国民を守ってくれる。知らんけど。
そんなつもりで放っておいたことがよくなかったのだろう。五本ほど取られた。そして、大人に気づかれた。珊瑚の価値を誰よりも知っている、宝石商を営むサフィーの両親に。
「わかりました。では、謝罪と返却は受け入れます」
サフィーの両親はほっとした顔をしている。サフィーも連れてこられてきたが、ずっと顔を真っ赤にしたまま、不機嫌を隠そうとしていない。
「他に何かご用件は?」
確認すると、母親がサフィーを促すように声をかけていた。
「……いやよ! なんで私がこんなやつに謝らないといけないのよ!」
ああ、面倒な方向に転がった。アイリスは思った。
親はサフィー本人にも謝罪させようとしたのだろう。アイリスからかんざしを取り上げた当人なのだから、当然といえば当然だ。責任を取るのは親であっても、そういうけじめは必要だ。本人にはそんな気は一切ないようだが。
「こんなちっぽけで汚いところに住んでいるやつなんか大したことないでしょ! 真鍮とおもちゃみたいな飾りがそんなにいいわけ!? 笑いも泣きもしない女の何を分かれって言うのよ!」
カッと怒気が全身に巡る。顔面は凪いだままだ。表情からは何も伝わっていないだろう。
「私が病気の後遺症で表情がうまく作れないことは何度も説明してきましたが、サフィーさんには聞く価値もないのでしょうか? 私のことは別に気にしませんが──。ちっぽけで汚い? 我が家を住みよく保ってくれる家政婦を侮辱しましたか。おもちゃみたいな珊瑚? 私のためを思ってかんざしを作ってくれた私の曽祖父を侮辱しましたか。私は今、すごく怒っています」
迫力はほんの少しもなかっただろう。サフィーは相変わらず顔を真っ赤にしてプルプルしているし、親たちも苦笑のようなものを浮かべている。これでも怒髪天も怒髪天なのだが。わかってもらえないのであれば、行動に移すしかないだろう。
「ジジ様、もう話すことはありませんから、帰ってもらってください」
後ろに控えていたロックが嬉々としてやってくる。
「お嬢様もこう言っていますから、お引き取りください」
ロックは客人を無理やり立たせて、ドアの方に追いやる。いつ呼ばれても対応できるように控えていたマルグリットがドアを開けた。
「お見送りしてまいりますね」
軽い口調でロックはどんどん客人を追いやっていたのだった。
無駄な時間を過ごしてしまった。頭から怒気を追いやるように、呼吸を繰り返す。
「お嬢様」
ドアを閉めたマルグリットがそばに寄ってきた。
「今までにないほど怒っていらっしゃいますね。でも、ご自身のことでも怒ってください」
確かにアイリスはマルグリットと曽祖父を馬鹿にされたから怒った。自分は二の次にして。
「私が怒っているの、分かりましたか?」
「ええ、それはもう、怖いくらいでしたよ」
マルグリットも、ないなりに動かしている表情を読み取れるようになってきたらしい。
「私、家族が私の無表情から表情を読み取ってくれることに慣れてしまったから、表情を作る練習が進まなかったんです。マルグリットさんも慣れてしまったら、ますます練習が進みませんね」
「私がお仕えする限り、代弁しますよ」
「そんな風に甘やかされたら……嬉しいですけど、困ります」
アイリスはほんのかすかに笑えた気がした。
■■■




