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お嬢様は笑わない  作者: ゆなみ
前編
4/17

#3

 アイリスの朝は呼吸の鍛錬から始まる。朝の空っぽの体の隅々まで気を満ち通すことにより、体を目覚めさせるのだ。ロックとの日課なのだが、最近マルグリットも参加するようになった。最初は呼吸だけだったが、少しずつ動きにもついてこれるようになってきた。

 マルグリットの作ってくれる朝食は美味しい。まだうまく「美味しい」の顔はできない分、何が美味しかったのかは言葉で伝えるようにしている。アイリスもロックも薄味を好むのだが、好みの薄味になってきた。


 通学はロックが人力車で送ってくれる。どんな僅かな隙間でもうまくすり抜けるものだから、「不思議だ」と言われるが、だいたいそういう魔法だということにしている。正確には魔法ではないのだが、魔法で通している。

 実家が遠方の生徒は寮に入っている者もいるが、王都に住んでいる者は家から通っている者もいる。馬車で通っている者もいるが、それも権威らしく、いかにも立派な馬車を出せるかで競っている節がある。そのため、校門前は渋滞になりがちだ。ロックの人力車は隙間とも言えない隙間すらもすり抜けるため、その渋滞に巻き込まれることはないのだが(乗り降りも一瞬で済ませている)、一部のご子息ご令嬢には不評のようなので、早めに降車してショートカットをして登校している。その時によく顔を合わせるので、校内の植木職人と話をするようになった。農作物を扱う家の娘としては、植わっている植物が気になるのである。


 アイリスは自分が小柄で年齢よりも幼く見えるという自覚があった。よくぶつかられるのは、小さいゆえ視界に入りにくいからだと最初は思っていた。ぶつかる生徒は特定の数人で、ぶつかってきたのに文句を言う。文句を言うためにぶつかってきていると解釈したアイリスは、避けるようにした。案の定、勢いを殺せずにぶつかってきて、たたらを踏む動作を見せ、それはそれで文句をつけられた。

 近づかないようにした。避けられていると気づいたのか、走ってまでぶつかりに来たものだから、普通に避けた。勢いで階段から落ちそうになったので、風の魔法で引き止めておいた。


 アイリスを嫌っているのは一部の者だけだ。ただ、その中に権威ある家の者がいればどうなるかは、古今東西、様々な物語の中で展開されている。愛想よく(でき)ないアイリスなど格好の的だろう。アイリスとて好きで愛想がないわけではないのだが。

 規範を示すべき教師も、権威に逆らえないのか、事なかれ主義なのか、解決する気はないように見えた。もしかすると、水面下で手を回しているという可能性もあった。唯一アイリスを気にかけていたガライルが、力及ばずたいした対応ができないと嘆いていることを考えると、教師の間でも知られているが、傍観以上の働きかけはないのだろう。

 アイリスの表情の出にくさは病気の後遺症だということを、教師間だけでなくクラスの中でも周知してもらっている。一度や二度では忘れることもあるだろうと何度も説明を試みたが、聞く耳を持たないようなので放っておくことにした。

 アイリスにゆかりのある者がいないため、たまたま巻き込まれた学校内で弱い立場の者以外に矛先が向かないことが幸いである。


「何も幸いじゃない!」

 リュシアンは絞り出すような声を漏らした。分かりやすく困った顔をして頭を抱えている。やはり、表情があるとわかりやすく伝わるものだ。そう思いながらアイリスはお茶を飲み、口の中を潤した。

 特別学習期間後、アイリスは無事にご子息ご令嬢が通う一般生徒と机を並べることになった。それからしばらくして、リュシアンから状況を聞きたいと、茶に誘われたのだ。田舎貴族の娘が誘いを断れるはずもなく、条件付きで受けたのである。

 というわけで、状況を、つらつらと、本当に淡々と状況を話した。

「あの居心地のよかった我が母校はどこへ……」

「それはお兄様だからですわ」

 落ち込む兄に厳しい言葉を投げつけるのは、その妹であるアデルだ。男と女で会うというと体面が悪かろうと、同席者を要請した結果、アデルとアイリスのお茶会にリュシアンが混ざるという体裁になったのだ。

「お兄様は、この国の上から数えてすぐに行き当たるくらいの権威を持っていますもの。あの学園は権威の上澄みをすくったような者しかおりません。その頂点のお兄様に、誰が不敬を働けるというのですか」

「い、いやしかし、私だって友人は自然にたくさんできたぞ。アイリスにはそういう者はいないのか?」

「嫌がらせに巻き込むことになるので、誰からも距離を取るようにしていますね」

「お兄様の自然にできたご友人、全員とは言いませんけど、取り入ろうとしている者も少なからずいますわよ。私もそうでしたから」

 女子二人が口を開くたび、リュシアンは打ちひしがれていく。心当たりがあるのかもしれない。

「男の方は品定めされる目もないのでしょうね」

「そっ……それはそうだが、アデルが暴漢に襲われた時に助けてくれたのも、代々騎士を輩出している家の者だっただろう? そんな悪いことばかりでは……」

「なぜその事件は覚えていて、真相は暴漢が仕込みであったということを覚えていないのですか?」

 何か聞きたくないことまで聞いてしまったかもしれない。

 アデルはアイリスより一つ上だ。王立学園をアイリスの編入と入れ替わるように卒業した。未だ幼さが残るものの、凛とした女性を体現したような頼もしさがある。

 リュシアンも好青年というにふさわしい立ち振る舞いをしているが、兄妹のやり取りを聞く限り、少々お花畑に足を突っ込んでいるように思える。

「じゃあ、学園に頼りになる者はいないのか?」

「残念ながら、巻き込んでしまうといけないので。私としては気が楽なのですが」

「よくないよ! ああ、魔法学の教師が気を揉んでるって?」

「あと、歴史の教師も先の大戦の研究をされているそうで、曽祖父の話を聞きたがりますね。お二人ともいい先生なのですが、曽祖父への興味が強いようですから、私はあまり関係ないでしょう」

「そ、そうだ。君には立派な曽祖父が! 先の大戦の英雄じゃないか!」

「曽祖父は歴史上の人物ではあるのですが、それと私に何の関係が?」

「学園にはびこっている権威は、だいたい親のものだろう!」

「私もそうですけど、お兄様がその筆頭ですものね」

「リュシアン様は王子としての公務を果たしていらっしゃいます。ただ親の権威をかさに着ているだけではないでしょう。まだ幼いご子息ご令嬢と比較する対象ではないと思います」

 アイリスが見聞きする限り、リュシアンは第二王子の立場を全うしている。もし裏で権威をかさに着て遊び歩いていたとして、それを隠し通せているなら問題はないと思うのだ。

「君は……私のことをそんなに……」

 じーんと言っているリュシアンは、感情を隠そうとしていない。第二王子など、生き馬の目を抜く環境が常だろう。お互いに読み合いをして交渉を進めるということも仕事の一つのはずだ。それでいいのだろうか。すべてが計算の上での演技であるならば大したものだと思う。

「私の方で手を打っておこう」

「お気持ちは大変ありがたいのですが、些細なことですから。私は気にしていません。殿下はこの国がより良くなるお仕事に専念してください」

「君も大事な国民の一人だよぉ~!」

 リュシアンの感情的なところが本当であれ、わざとであれ、面倒くさい、もとい大丈夫なのだろうか?と心配になったアイリスだった。などと口には出さなかったし、もちろん顔にも出していない。

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