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お嬢様は笑わない  作者: ゆなみ
後編
16/17

エピローグ

「アイリスはお姫様にならなかったの?」

 熱心に話を聞いていた赤毛の少女は、少し間を置いたところで口を挟んできた。

「ええ、お姫様にはなりませんでした」

「なんで? お姫様だよ?」

「人には向き不向きがあります。アイリスはお姫様には向いていないと思ったのですよ。お姫様になっていたら、どうなっていたでしょうね」

「えーっと、王子様と愛し合う?」

「ふふっ、そうですね。そうすれば、いずれ子をなし、次の代へと続いていくでしょう。しかし、魔女や仙人の体は常人とは異なるものへと変化しているのですよ。子がなせるかもわからない。できたとして、子が正常に育つかもわからない。何が生まれてくるともしれない。公人である王子様にそんな博打をさせるわけにはいきません。それに、リュシアン様の御髪はとても綺麗だったのですよ。光を紡いだような金色で。目も空を凝縮したような澄んだ青でした。それに黒を混ぜたくなかったのです」

「ふーん。いいのになぁ、お姫様」

「いろんな考えの人がいるということです」

 納得がいかないのか、赤毛の少女は眉をひそめていた。

「それで、アイリスはどうなったの?」

「呪いに関する情報が公開され、同時にその呪いを退けたアイリスの存在も公表されました。先の大戦の英雄であるロクドウのひ孫であるなら、そういうこともできるだろうと受け入れられました。その功績により、リュシアン様のそばでリュシアン様を守る名誉を得ました。ただ一人、特別な名誉として一代守いちだいもりの役目を与えられたのです」

「それからずっと一緒にいられたんだね」

「アイリスはリュシアンの一生分はそばで守っていましたが、そう簡単な話ではなかったのです」

「なんで? お話なら、『幸せに暮らしました』だよ?」

「お話ではありませんからね。一〇年ほどは民衆もアイリスの活躍を喜んでいました。『英雄のひ孫もまた英雄である』と。しかし、一〇年も変わらず少女のような見た目のまま、どんな力自慢にも負けなかったアイリスと、いつまでもお姫様を作らないリュシアン様に、民衆は恐怖を覚えたのです。あのアイリスこそが魔女ではないか、リュシアン様をたぶらかしているのではないか、と。アイリスはお姫様にはなりませんでしたが、『珊瑚姫』と呼ばれていました。アイリスの排斥運動が始まると、それまで身を守るお守りとして珍重されていた珊瑚も忌避されるようになりました。民衆にとって珊瑚はアイリスの象徴でしたが、アイリスにとってはロクドウの象徴でした。アイリスはその価値が汚されることが許せなかったのです。そして、『たぶらかされるような愚か者である』ようにリュシアン様が言われることも、許せなかったのです。しかし、民衆一人一人を説いて回るわけにはいきません。民衆はあまりにも膨大でした。だから、アイリスは消えることにしたのです」

「王子様を一生守ったんじゃないの?」

「守りましたよ。陰ながら。リュシアン様の今際の際まで、誰にも姿を見せませんでした。時々アデル様と夜のお茶会をしていましたが。姿を見せなくなったアイリスに、リュシアン様はすっかり落ち込んでしまいましたが、アイリスが『為政者としてのリュシアンが好き』と言っていたことを思い出したのか、国政に従事したのです。リュシアン様は第二王子でしたから王にはならず、王の補佐という地位にいました。国政に打ち込むにはちょうどよかったのです」

「リュシアン様は結婚しなかったの?」

「ええ。どれだけせっつかれても、それだけは頑なに曲げませんでした。王族の血を絶やさないことも、王子様の務めだと思うのですけどね」

「王子様だって好きな人と結婚したかったんだよ」

「あら、乙女が過ぎますよ」

「アイリスも絶対王子様のこと好きだよ!」

「そうですね。しかし……あなたの好きな食べ物は何ですか?」

「ママが作るクッキー!」

「ママのことは好きですか?」

「好き!」

「クッキーと同じ『好き』ですか?」

「違うよ。クッキーは食べておいしいから好きだけど、ママは食べないもん」

「そういう風に『好き』は色々あるのですよ。アイリスの『好き』は『結婚したい好き』ではなかったのです」

 また納得できないことが一つ増えたのか、赤毛の少女はむうっと口をゆがめていた。

「でも、最後まで会えないなんてかわいそうだよ」

「最後にだけは会いましたよ。すっかりしわくちゃになったリュシアン様と、幼い少女のままのアイリスが。それで、その二人のお話はおしまいです」

「……アイリスはまだ生きてるの?」

「生きています。リュシアン様が身を粉にして支えたこの国は、アイリスが愛したリュシアン様そのものですから。この国が平和であるようにと、修行を兼ねて人助けをして回っているのです」

「へえ。アイリスとリュシアン様、最後にどんなお話したのかな?」

「それは、誰にも教えたくない私だけのものですから、秘密です」

 赤毛の少女より少しお姉さんに見える黒髪の少女は、白に近い銀髪の青年に呼ばれた。

「では、私はもう行きますね」

「続きは?」

「二人のお話は終わりですよ?」

「アイリスは旅してるんでしょ? その話も聞きたいな」

「では、次の機会に。また会えるように、これを差し上げます」

 黒髪の少女は、赤毛の少女の手首にブレスレットを巻いた。赤いつるりとした石のようなものがついた革紐のブレスレットである。

「またお会いしましょう」

 黒髪の少女は柔らかく微笑む。ヒラヒラと手を振り、軽やかに青年の方に向かう。

 赤毛の少女は、何か不思議な気持ちでそれを見送ったのだった。

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