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王都の郊外には牧場と耕作地が広がっている。アイリスは時間を見つけては通い、農作業に加わっていた。
ロクドウの子と孫であるアイリスの祖父母と父母も、アイリスほどではないが魔法を習得している。村では農作業に魔法を使うことは当たり前なのだが、ここではそうではなく人力が基本だ。むしろ、アイリスの故郷でのやり方が尖りすぎているのである。
そもそも小作人が魔法を習得するという発想がないのだ。少しでも使えれば農作業の効率は飛躍的に上がる。農家向けの魔法塾を作るのもいいかもしれないと計画中である。とはいえ、人間、今つらいことはしたくないものだ。未来は確定していない以上、「生活が良くなるかもしれない」に過ぎない。まずその啓蒙から必要かもしれない。将来を見据えない現状維持は楽なのである。
作業者たちの信頼は作業を手伝ううちに積み重なっていた。農作業向けの魔法のデモンストレーションを許可してもらえる程度には。
さらさらと麦が揺れる。小さめの一ブロックが今回の実験場である。アイリスは一本麦を手折る。
「簡単に説明しますと、風魔法の応用です」
風刃で麦の茎を切ってみせる。軽いので、はさみのように二つの刃で切るのがポイントだ。
「普通に鎌で麦を刈る場合も同じなのですが、都合よく麦だけは切れません。刃の先に人がいれば怪我をします。人を巻き込まないように注意しなければいけません」
アイリスは畑の方を向く。
「隠れているそこの三人、出てきなさい。作業が始められませんよ」
風魔法の応用で、声を大きく広く飛ばす。
「忠告はあと二回です。今すぐ出てきなさい。今ならお説教は最低限で済ませてあげます。あなたたちのそれは勇気や度胸ではなく愚行です。何もかっこよくないですよ」
アイリスの魔法を見に来た者たちがざわつく。
「これが最後の忠告です。出てきなさい。クソガキ、真っ二つにしますよ」
畑から感知した三人の気配は動かない。不自然な様子もないのでいたずら目的だと判断した。
見える範囲であれば魔法の座標は設定できる。髪にさしていたかんざしを抜き取り構える。
ざわざわとちょうど三カ所の麦が揺れた。
「今の揺れたところです。誰か行ってあげてください」
アイリスはかんざしを髪に戻した。しばらくして号泣する少年が三人、畑から引きずり出されてきた。
一度、珊瑚の杖に触れた際、感覚的に分かったのだ。幻術の魔法の仕組みを。それで少しだけ、真っ二つにされる様を見せたのだ。
「君は何をしたんだい?」
「秘密です。ところで、なぜリュシアン様がここに?」
「収穫の見学に」
「そうですか。そんな汚れて困るお召し物で近づかないでください」
リュシアンはいくらか軽装ではあるが、白を基調とした服を着ている。泥の一つでも飛ぼうものなら、ごまかせない汚れになる。なお、アイリスはもちろん頭の先から足元まで農作業に適した服を着ている。すでにエプロンが汚れている。
リュシアンはそそくさと引き下がったので、改めて説明をする。
「私は人の気配を感知できますから、こうして事前に追い出せますが、そうでないなら目の届く範囲での使用が無難でしょうね。目の届く範囲と手の届く範囲なら、目の届く範囲の方が広いですから。それでも十分に効率的です。では、始めます」
アイリスは麦畑の真ん中を歩いて行く。すると次々と麦が倒れていった。根元からすっぱり切られ、サワサワと音を立てて。
畑の端まで歩き切るまで、それほど時間はかからなかった。
「端の方は刈り残しがあると思いますから、そこは手作業でお願いします」
「いや、それでも十分に早いよ。思っていた以上だ」
「ありがとうございます。先に人が刈り終えた麦を束ねておいて、その足元を切るという方法もあります。その場合、一束を一度で切らないと崩れてしまいますから、効率の良さはそれぞれですね」
「根菜の収穫はできるかい?」
「土を柔らかくして抜きやすくすることはできます。引っこ抜くところまでは工夫しだいですが、補助までならできます」
「果樹は──」
「それでしたら──」
「開墾は──」
「その場合はまず──」
そのまま話し込んでしまった。
「リュシアン様、ここ最近、王都の人口は増えていますか?」
「ああ。ここ数年、微増ではあるが、増加が続いている。長い目で見て、新しい農地の開拓も必要かと思って、今回は見に来たんだ」
物見遊山とは思っていないが、ちゃんと目的を伴っていたらしい。
「まず土地の確保だ。害獣対策と、結界の拡張の手配が必要だな。害獣は出ているか?」
「結界のおかげで被害はありませんが、目撃数は多いですね」
「一度追い払う必要があるな。騎士団の訓練として利用させてもらおうか」
「本格的に着手となると収穫後でしょうか。人手不足もありますから、雇用条件や作業環境の見直しも考えていただけるとありがたいです」
「分かった。豊かになるのはいいことだが、相応に労力もかかるものだな。どうしても貧しい者は出てしまうが、だいたいのものが明日の食事を心配しないで生活できるのは皆のおかげだ。感謝している」
「もったいないお言葉です」
懸念通り、リュシアンは白を基調とした服を少しばかり土色にしていた。そんな些細なことを気にしていない微笑みである。リュシアンは、王子をしている時は王子様なのである。なぜアイリスは王子様でないリュシアンを度々見ているのだろうかと、少し疑問だ。
「リュシアン様、可能であれば、実験的に開墾や農作業を行う許可をもらえませんか? 今は手付かずの野ざらしの土地でも構いません。結界も自分で賄えます。学校で学ぶ魔法はそうでもないのですが、農業魔法は得意ですので」
「農業魔法とは、聞いたことのないジャンルだね」
「私の村では普通のことですけどね」
「一旦持ち帰らなければいけないが、前向きに検討させてもらうよ。農業魔法というものでも気になるから、誰か見に行かせていいかい?」
「ええ、もちろんです。ところで、この辺りで熊鍋や猪鍋は食べますか?」
「……え?」




