##3
珊瑚の盗難事件はそれからすぐに片付いた。元々孤立していたアイリスだが、「彼女は恐ろしい」という噂が回ったため、遠巻きにされるようになってしまった。今までとそれほど変わらないので、アイリスとしては特に問題はなかった。
ただ、珊瑚の流行りの発端はアイリスにある。アイリスがアクセサリーを贈り、それをあの兄妹が身につけたため、上流階級の人々に話題になった。お茶会でこの話は出さない方がいいだろう。
と、思っていたのだが。
「アイリスさん、珊瑚の盗難と破損の話、聞きました……」
リュシアンもアデルもしょんぼりとした顔をしていた。
「まあ、そういうこともありましたね。解決しましたので問題はないですよ。それとも、そもそも私のプレゼントはご迷惑でしたか?」
「そんなことはありませんわ。どんな服にも合わせやすくて重宝しています」
「今日もよくお似合いです」
「ふふっ」
「私もあのカフスに似合う服を新調したくらい、気に入っているよ」
「それは本末転倒では?」
「やりすぎですわよ、お兄様」
「なんで……」
相変わらず、顔に表情が出過ぎているリュシアンである。
「私としては、大事にはなって欲しくなかったですね。曽祖父の話も出回ってしまって、ロクドウの加護を受けた珊瑚が欲しい、と迫ってくる方が少なからず現れましたから」
家まで追いかけてくるものはロクドウが片付けてくれるが、学校ではそうもいかない。はっきりと断るのだが、小柄で幼い顔立ちのアイリスを舐めてかかっているようで、乱暴なまでに食いついてくるものもいた。アイリスだけでもどうにかできるが、面倒な手合いであることに変わりはない。
アイリスがつけているものを取り上げようとするものもいた。気配が丸わかりなので捌けるが、面倒な手合い(略)。
だが、珊瑚を身につけないという手はない。アイリスにとって、それは高価なアクセサリーではなく、曽祖父からもらったお守りなのである。
アイリスは面倒ながら軽くいなしているので大きな問題にはなっていないが、ガライルから軽く注意を受ける程度に、教師間では問題視されているようである。
「全員が全員ではなく個人の話ではあるのですが、教育の行き届いていないご子息ご令嬢が案外いらっしゃるようで、嘆かわしいです」
「ああ……。一時のやんちゃですめばいいが、そのまま大人になっているものもいる。嘆かわしい、わかるよ……」
そういうものを相手にしているのだろう。リュシアンは何か思い出したのか、ため息をついていた。
「お疲れのようですが、そんなにお忙しいのですか?」
「ああ。以前に孤児院への金の流れが怪しいと教えてくれただろう。第三セレナ孤児院は優先的に調べて対処したが、そこだけというわけにもいかないから、福祉周りの調査をしている。よくない調査結果も多くてね。孤児院の運営は国からも予算は出ているが、寄付で賄っている部分も大きい。税金対策としての寄付はいいが、運営に一枚噛んで寄付金をすべてではないが戻している。それが孤児院の運営を圧迫するのであれば、是正が必要だ。資金の流れの可視化、監査の強化、孤児院の現状調査、やるべきことはたくさんある」
孤児院の、と言っているが、福祉とも言っているので範囲はもっと広いのだろう。
「私も各所の訪問をしているのですが、報告以上に現状が良くないことを目の当たりにするばかりです。そういう点に目を向けることも流行って欲しいのですが」
「楽しくないことは、流行る、流行らない以前の問題ですね」
「強き者は弱き者のために力を使うべきである。それは持つものが負うべきことだ。寄付をする側は、そういう者であるべきにもかかわらず、己の都合のいいように利用しているのだろう。福祉の調査を始めてから、どうも嫌がらせ程度だが妨害が増えているんだよ」
嫌がらせ程度ならば、深刻な妨害でもないのだろう。だからこそ対策もできず手をこまねいている。パーティーでの睡眠薬混入もそれだろう。分かりやすく毒であるならば殺意ありとみなされるが、睡眠薬であれば犯人の特定までできたとして言い逃れはできる。「毒を自分で飲むために用意した」という話は無理があるが、睡眠薬であれば「自分で飲むために持っていた」という話は通るのだ。
「リュシアン様、私に政策の機密を漏らさないでください」
何気ない雑談を装っているが、公開されていない情報だ。アイリスが聞いていい話ではない。
「アイリスはどこにも漏らさないし、情報を利用したりはしないだろう」
「利があると判断すればいくらでも利用しますよ」
「利があるとは、金か? 権威か?」
「どちらにも興味はありません。実家が農家ですから、食べるに困ることはありません」
「あら、お兄様の強みが全く効かないのですね」
「アデル、人を金と権威の権化のように言うのはやめなさい」
「本当のことでしょう?」
「アデル様、事実であっても誹謗は名誉毀損になりますよ」
「加担しない!」
やり込められてしょんぼりしているリュシアンだが、アイリスは「金と権威の権化」は悪いことではないと思っていた。言葉で単純化してしまっているが、リュシアンは相応の責任を持って国庫を動かす権威を持っている。アイリスはそれを桁外れの父性だと思っている。一つ間違えれば国民の明日を左右しかねない政策を実施するのだ。並大抵の胆力で動かせる規模ではない。もちろん、今までの政策の全てが成功しているわけではない。失敗も何度もあった。それでもなお国民に愛される王子様であり続けるリュシアンは、まずリュシアンが国民を愛しているからだ。大らかな父のように。なぜか今のようなプライベートが強い場では抜けているようにも見えるのだが。
「責任を持って計画立て、個人では扱えないお金を動かせることは、生半可な覚悟でできることではないと思います。金と権威の権化にしかできないことでしょう。尊敬に値します」
リュシアンは持つ者としてなすべきことをしているのだ。淫蕩にふけるでもなく、至極真面目に真っ当に。密かに淫蕩に耽っている可能性もあるが、隠しおおせているならばないのと変わらないのである。
「国民の幸福が最大であるように運営することが、我々の仕事、いや義務だからな」
誇らしげな顔とはこのような表情を言うのだろう。アイリスは思った。アデルはあきれ顔である。
「今度は私の誕生日をお祝いしてくれるのですよね?」
「それはもちろんです。しかし、パーティーの参加は難しいかもしれません」
「あら、何かご予定がすでにあるのかしら?」
「ちょうど収穫がピークになりますからね」
「収穫……? するのですか? アイリスさんが?」
「はい。私、農家の娘ですから」




