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それを弊害というほど困ったことは起こっていないが、少し面倒なことは起こった。
以前にアイリスの珊瑚のかんざしを何本もとりあげて問題になったサフィーという元同級生がいる。宝石商を営む商家の娘であるにもかかわらず、珊瑚の価値を知らなかったと、その方向からもこっぴどく叱られたらしい。アイリスには関係のないことなので詳細は知らない。
宝石商とは文字通り、宝石を扱う商人である。
さて、アイリスが先日参加したパーティーは、リュシアンの誕生日パーティーなのだが、参加者にとっては情報交換の場という側面もある。流行りもそういうパーティーから始まることが多い。今回のパーティーでは、リュシアンがサンゴのカフスを、アデルがサンゴのイヤリングを身につけていた。注目される理由には十分なのである。
その二点が揃うとどうなるか。
「娘のことにつきましては、我々の不徳のいたすところです。あれからしっかり言い聞かせています。本当に申し訳ありませんでした」
サフィーの両親、ロベルトとカトリーヌは頭を下げる。
「そうですか。各方面でご配慮いただき、サフィーさんの最近のご様子は存じませんが、素敵な淑女になられていることを願っています。子どものしたことですし、もう終わったことですから、その話は結構ですよ」
蒸し返されるのも面倒なのだが、サフィーの両親も何食わぬ顔で商談を進めるわけにもいかないのだろう。
宝石を扱う商人の商談は言うまでもなく、宝石に関するものだ。アイリスもいつも身につけている、リュシアンとアデルも身につけていた珊瑚についてである。なお、リュシアンの誕生日パーティーから二日後である。耳が早い。
この国は海に面していない。珊瑚の希少性が高いというより、あまり知られていないという方が正しい。ロクドウの珊瑚の杖も有名ではあるが、どのようなものか想像できないものも多い。
そんな中でリュシアンとアデルの珊瑚である。流行りのタネとなるものだ。流通がほとんどないにも関わらず、早速需要が爆発しているのである。
「珊瑚を扱っている方を紹介していただけないでしょうか?」
宝石商は恥を忍んで頭も下げる。
「私のかんざしは、曽祖父からもらったというだけのものです。正直に申しますと、曽祖父の趣味です。ジジ様、お任せしてもよろしいですか?」
「ああ、任せなさい」
後ろに控えていたロクドウがわしゃっとアイリスの頭をなでた。
「すぐにサンプルを持ってきますから、少々お待ちください」
ロクドウはにこやかに部屋を飛び出して行った。「珊瑚の杖の魔法使い」は、実はまず、趣味で珊瑚が好きだということから始まっているのである。
「あの『ジジ様』とおっしゃる方は?」
「申し遅れました。私、カーマイン家を代々守ってまいりました、ロック・ジジと申します」
ロクドウは本当に一瞬で戻ってきた。ロクドウを名乗ると面倒なことになるのは分かりきっているので、まだ「ロック・ジジ」を貫くようである。今の一瞬は人外じみていると思うのだが。
「ジジ様、意地悪はしないでくださいね。これ以上こじれるのはごめんですよ」
「気に入らなかったら商談を打ち切るまでだ。珊瑚が売れなくても困らんからな。さて、お二方。カーマイン家の名代もこう言っていることですから、気持ちよく商談しましょう。適正価格での取引が何より健全です」
ロベルトとカトリーヌは少し頬が引きつっていた。ロクドウの圧に押されているにしても、商人としての胆力が足りない。アイリスは思ったのだった。
ご子息ご令嬢が通う王立学園では、珊瑚の流行りの話が出るのも早かった。商談の結果、ロクドウの名を出さないことを条件にまとまったサンゴを卸したものの、需要をまかなえるほどではなかった。学生の中では、憧れのアクセサリーとして語られているのがせいぜいだ。元をたどれば発端ともいえるアイリスを除けば。
また、珊瑚の盗難が発生したのである。
ロクドウが宝石商と繋がりを持ったことで、アクセサリーのデザインを学んだ。コームやバレッタの金具を買い付け、それに磨いたサンゴをはめ込んで、かんざし以外のアクセサリーも作るようになった。ちなみに髪はマルグリッドが結ってくれている。
それまで注目されてこなかったのだが、初等部での事件も含めて珊瑚であることが知られるようになったのだ。
アイリスは、紛失に関して届出はしなかった。
「曽祖父は『強い者は弱い者を守る生き方をしなさい』と言っています。それを拾った(あるいはそれを手にして心が弱く我が物にしようとした)者でも守る対象でしょう。『曽祖父の加護が他の人にも広がればいい』と。私にとって珊瑚は、高価なアクセサリーではなく、曽祖父から頂いたお守りですから」
バレッタ金具から外されたもの、かんざしの軸から外され真っ二つに割られたもの、加工すればバレないと思ったのか中途半端に削られたもの。サフィーの時は物が無傷で戻ってきただけまだマシだったのかもしれない。破損があれどもアイリスはそもそも歯牙にもかけていなかったが。
突然泣いて許しを請われたのだ。クラスメイトが三人、「髪飾りを壊してしまった」と。あまりの騒がしさに教師が呼ばれ、別室に連れてこられることになってしまった。そして、アイリスの言葉である。
「ご家族の方への報告のみで、弁償は結構ですよ。曽祖父も私のためを思ってのプレゼントが人との軋轢になることは望みませんから。ここに出されたものに関しては、正直に話していただけたのですからね」
破損した珊瑚を一番悲壮感を漂わせて見ているのは、騒ぎの収拾をしようとしてくれている教師ガライルだ。ガライルは高等部でも授業を持っていた。アイリスのクラスの担当ではないが、たまたま通りがかったのである。ロクドウの象徴である珊瑚の破損が、よっぽどショックらしい。
「ところで、これを持って行ったのはもう十日ほど前のことだと思いますが、なぜ今更?」
「わ、わかんないけど、急に怖くなって……」
他の二人もこくこくと頷いている。一人だけでなく三人同時。偶然と言っていいものだろうか。
「ジジ様、何か仕込んでいたのでしょうか」
以前に珊瑚のかんざしを取り上げられた時は、ロクドウは「もう少し愛着を持ってほしい」と拗ねていた。どのような仕込みを施したのか想像もつかないが、ロクドウであればできるだろうという確信はあった。
「ロクドウの!? 君たち、大丈夫なのかい!?」
ガライルは鬼気迫る勢いで生徒たちに迫る。わざわざ言ってまわっていないので、アイリスの曽祖父が国を守った英雄であることを知るものは少ない。おそらく知らないであろう三人は、ガライルの勢いに困惑するばかりだ。
「知らんのか! ロクドウ・カーマインを! 歴史で習うだろう! 先の大戦でまずその名が挙がる、珊瑚の杖の魔法使いだぞ!」
「ガライル先生、やめてください。面倒くさ……曽祖父のことは敬愛していますが、自慢したいわけではないのです」
「しかし、ロクドウが何か仕込んでいたとなると……」
「不届き者を懲らしめてやろうという思いはあっても、人を殺すほどのものは仕込みませんよ。できるかできないかで言えば、できるんでしょうけど」
口にして、言葉の選び方を間違えたと思った。生徒たちは、今にも泣き出しそうな青ざめた顔をしている。
「できますけど、しませんから大丈夫です。他人のものを破損したという点は悪いことですから、保護者への報告はしてください。あなた方も反省してください。紛失した珊瑚八個のうちの半分はこの場にあるので、私はもう構いません」
「待ちなさい、アイリス君。八個と言ったね。それを見過ごしていたのかい?」
「あっ」
今度は完全に口が滑った。
「アイリス君、そもそもなぜ言わなかったのかな?」
「人のものを我がものとするような人と関わりたくないからです……」
「八個の半分ということは、もう一つこの場にあると分かっているということかい?」
「……はい」
崩れ落ちた一人が顔を手で覆うが、嗚咽が抑え込めていなかった。
「残りの四つがどこにあるのかは分かっているのかい?」
アイリスは生徒を見やる。聞かせるわけにはいかない。手帳を取り出し、一枚破ってさらさらと書き込んだものをガライルに渡した。
「人のものを盗るということは、まず悪いことだという前提はあるけどね、アイリス君。何も言わない君の態度も、増長させているところもある。気をつけなさい」
「……はい」
曽祖父のような飄々とした態度も難しいものである。




