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お嬢様は笑わない  作者: ゆなみ
後編
10/17

##1

「やあ、アイリス。来てくれて嬉しいよ」

「お招きいただきありがとうございます。カーマイン家の名代として参りました。お誕生日おめでとうございます、殿下」

「ずっと見ていたけど、それは初代の故郷の正装かい?」

「はい。トーヨーの島国の正装で、未婚の女性が着るものです。『フリソデ』と言います」

「とても似合っているよ」

「ありがとうございます」

 パーティー会場は、リュシアンの誕生日を祝うものなのだが、特に節目の年齢でもないので国を挙げて盛大に祝うほどの規模ではない。それでも城で開催される正式なものだ。既に贈り物はしていたので、ドレスがなく、仕立てる時間もないので断ろうとしたのだが、ロクドウの趣味で正装とも言える民族衣装があることがバレてしまったのだ。ただでさえもブルネットよりも黒いぬばたまの髪が目立つのに、民族衣装などさらに悪目立ちしてしまう。しかし断ろうにも、王様の命令はぜったーい(要約)なのである。仕方なく参加することになった。

 華やかに笑えれば悪目立ちもまだマシかと思うが、顔面がガチガチゆえに愛想の一つどころか、表情がそもそも出ないのアイリスであった。

「殿下、お飲み物、すっかり炭酸が抜けていますよ」

 リュシアンが持つ細身の脚付きグラスは、かすかに残る気泡が名残を思わせるが、立ち上る泡はなくなっていた。アイリスのそばで控えていたロクドウがさっとグラスを取り替える。

「いや、私は……」

「私まだお酒が飲めませんから、お揃いですね」

 リュシアンは下戸である。だが、格好がつかないため、酒を扱う時と同じグラスに発泡性のジュースを注いで持っているのだ。以前に茶の席でアイリスが聞いていたのである。リュシアンは渡されたグラスの中が酒でないことに、ほっとしたように微笑み、軽くグラスを掲げた。


「一応報告はしておいたが、俺が疑われそうだったよ」

「そうですね。城内に顔見知りの文官はいますが、こういう場にはいません。私たちを怪しいと思う人に託さざるを得ないかと」

「詳細に分析する時間はなかったが、おそらく睡眠薬だな。妨害や失態を期待してのことだろう。よく気づいたな」

「リュシアン様にグラスが渡された時点で、泡の勢いが弱かったので、何か混ぜられていると思いまして」

「なるほど。よく気がつくのはいいことだが、あまり気を張りすぎてもいけない。それに、これはアイリスの仕事ではないだろう」

「私に『弱きものを守れるだけの力を持っている』と言ったのは、ジジ様ですよ」

「今はその時ではないよ。パーティーを楽しみなさい」

「華やかなのは得意ではないです」

 王都は整然としているのに混沌としている。もうある程度は慣れたが、アイリスには常時うるさいようなものだ。この感覚は道士としてはよくあることだと、ロクドウは言う。研ぎ澄まされた感覚が開きっぱなしになるためだ、とのこと。村の中では自分が自然そこに溶け込むようで心地いいのだが、都では情報が多すぎるのである。修行でそれも制御できるようになるらしい。つまりアイリスもまだまだ未熟だということだ。

 今は村で隠居している祖父母は素朴な性格をしている。祖父母もよ良くも悪くも賑やかな生活に馴染めなかったのかもしれない。

「私も隠居したいです……」

「若い娘が何を言うか」

「年齢ではなく、向き不向きの話です」

「そういうものか? まあ、そうだろうな。ただ、仙人に至る過渡期の一つでもある。呪いを解除するために厳しい修行をつけてきたが、呪いも、呪った魔女も片付いた。俺は珊瑚の杖を継いで欲しいと思っているが、仙人を目指すのも目指さないのも、アイリスが決めることだ。アイリスは仙人になりたいかい?」

「はい」

「なぜ?」

「まだ分かりません。呪いに対抗する修行からの成り行きかもしれませんが、己の未熟さを実感するたびに、もっと、と思います」

「そうか。まあ、俺も仙人を目指した理由など忘れてしまったからな。いつでも相談しなさい。俺はお前の師匠であり、曾祖父ひいじいさんなんだからな」

「はい」

 なぜ仙人を目指すのか。途中までは、その道を強制的に歩かされてきたからだ。今はロクドウが次の一歩を簡単にするように整備してくれている。だから、今はもう少しだけ高みを目指したいと思っているのである。

 ふと、向こうにアデルが見えた。呼び止められ、話をしながら少しずつこちらに移動しているように見える。

「ジジ様。アデル様、私の方に来ようとしていますか?」

「そうだな。気がこっちに向いている」

 アイリスも見えないものを感じられるようになってきたが、ロクドウほどではない。

「迎えに行きましょう」

「お前、早くすませて帰りたいんだろう」

「心を読まないでください」

「読んでない」

「知っています」

 生まれ持ったものなのか、アデルは遠目でも輝いているような華やかさがあった。ふんわりしたラインのドレスはレースやビーズがふんだんに使われている。髪もほんの少しの隙もなく結い上げられ、きらめくアクセサリーがちりばめられている。何より微笑みが高貴で美しい。なぜかアイリスが加工したサンゴのイヤリングが耳についているのだが。イヤリングだけ浮いていないことが救いである。

 花がほころぶような微笑みには憧れすらあるが、同じような格好をしたいかと言うとそうでもない。あの美しいラインを出すためにコルセットでギチギチに締めるし、スカートにはたっぷりの布やボーンが使われている。アイリスとしてはそれ自体を否定するつもりはないが、フリソデの方がまだマシなのである。

「アイリスさん! ふふ。聞いていましたが、そんなドレスなのですね。不思議な形。とても素敵ですわ」

「アデル様もいつもに増して、お美しいです」

「でもそのドレスでは踊れそうにないですね」

「私、社交ダンスの成績は悪いですから、それでちょうどいいです」

 後はテンプレート通りの言葉を交わして終わり。アデルも立場上、引っ張りだこなのだ。

 アデルを見送り、無表情なまま息を吐く。

「ジジ様、これで義務は果たしましたよね?」

「名代の自覚を持ちなさい」

「……はい」

 大人しくそう返事はしたものの、結果的に早めに帰宅することになったのだった。

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