第66話 神の強要
「…………ここは」
意識を取り戻した俺はゆっくりと眼を開け周囲を見渡しながらそう漏らす。
周囲は辺り一面真っ白の世界で、どこか既視感の感じる空間だ。
「目を覚ましたかい?」
聞き覚えのある声に俺は視線を上にやる。
するとそこには真っ白な祭服のような服を着た幼い少年が足を組み、ティーカップを傾けながらプカプカと宙に浮いていた。
「あなたは……」
「そう。君の言う所の自称神ってやつだ」
そう言いながら横目でチラッと俺の方を少年は見る。
どこか既視感を感じると思ったら、人狼の居たダンジョンに入る前に連れてこられた場所か。
というか俺、確か真紅のリザードマンと戦ってたはずなのに何でこんな場所に居るんだ?
そう思いながら体を起こそうとして、体が動かないことに気付く。
「あぁ、言うのを忘れてたけど動けないよ、君」
「はい?」
「そんなまるで僕が何かしたみたいな表情で言われると困るな。僕は君を助けてあげようとしてるんだよ?」
「それはどういう?」
「説明するよりも先に状況を見せた方が分かりやすいだろうね」
少年はそう言いながら左手の指を弾き音を鳴らす。
すると青白いウィンドウが現れ映像が映し出される。
そこには洞窟の中で仰向けに倒れる俺の姿が写っていた。
「これは……」
「アレが今君自身が置かれている状況だよ」
「なら今ここに居る自分は一体?」
「そうだね。停止世界において無理やり私の世界に引き込み、意思疎通を可能にした思念体……君達の世界流にいうと魂と言ったところかな」
停止世界? 魂?
言葉の意味が分からないわけじゃない。
余りにも次元が違い過ぎて本当にそんな事が可能なのか疑ってしまう。
「疑念を持つのは最もだろうけど、今の君はそんな事を考えている余裕は無いよ。何せこのままなら君、死ぬよ?」
「はい? もしや、あのリザードマンをやりきれなかったと……」
「いや、アレに関しては全てにおいて君は本当に運が良かったし、選択自体も驚愕するレベルで正解を選んでいた」
少年はそう言いながら俺の隣に宙に浮きながら移動してくる。
そして再度左手の指を鳴らすと、映像が切り替わり俺が先程まで戦っていたリザードマンが映る。
映し出されたリザードマンは氷の杭のようなものに体を貫かれており、苦しそうな表情を浮かべていた。
「見て分かるように君の渾身の攻撃はアレに致命傷を与えた。本来崩壊したダンジョンのボスは一人で戦って勝てるような奴じゃないんだけど……奴がボスとしてではなく名持ちとして進化しようとしている所だったのと、君が奴に対して有効な攻撃を有していたのが最たる理由だろうね。とはいえ直前の魔力上昇が無ければ意味は無かっただろうけど」
待て。
ボス? あの真紅のリザードマンが?
それに名持ってまさかネームドモンスターの事を言ってるのか?
「そう。アイツがあのダンジョンのボス。本来ならもっと下の階層に居たんだけど、ダンジョンの崩壊に伴い奴はあそこまで進んできてたんだよ」
「ボス自ら……」
「ダンジョンの崩壊とは詰まるところルールの崩壊と同義。本来ダンジョンの外に出る事の出来ない魔物が外に出れるようになるように、ボスがボス部屋に居るとも限らないというだけの話さ」
少年はそう言うと右手に持つティーカップの中の紅茶らしきものを一気に飲み干し、ティーカップをあらぬ方向に投げる。
投げられたティーカップはボロボロと崩れ、やがて粒子状になったかと思うと消えてなくなった。
「さて、そろそろ本題のこのままだと君が死んでしまうという事について話をしようじゃないか。とはいっても何も難しい話じゃない。このままだと君は崩壊するダンジョン内に囚われるという話だ」
「……ダンジョンから出れなくなるって事ですか?」
「間違いではないが正しくも無いって感じだな。より正確には空間自体が崩壊するのに伴い、内部の存在も同時に消え去る、と言ったところかな?」
「はい!?」
「お! いいね!! その表情! ただ勿論即座にってわけじゃない。大体ボスを倒してから2~3時間と言ったところかな? 勿論ダンジョン内の崩壊度によって時間は前後するから確かな事は言えないけどね。因みにダンジョンを攻略した事のある君は知っているだろうが、攻略後に現れる脱出用のゲート。あれがダンジョンに入った者の前に現れる」
つまりあれか!
意識を失っている俺はこのままだとダンジョン内が崩壊するのに巻き込まれて元の世界に帰れずに死ぬって事か?
「物分かりがいいね! まさにその通り!!」
「それは……」
「勿論困るよね! だから僕から一つ提案があるんだ」
「提案……内容は?」
「そんなに怪しむことは無いよ。ただ僕が助けてあげるってだけの話。具体的には君をダンジョンの外に出してあげる」
「……対価は?」
「察しがいいね! 勿論対価は貰う。それは今回のダンジョンブレイクしたダンジョンの攻略報酬の見送り。ただボス討伐報酬は含まないものとする」
「……拒否権は?」
「無い」
少年は笑顔でありながら、どこか圧を感じる表情でそう言う。
苦労して倒したんだから報酬は欲しいところだが、命には変えられない。
勿論この少年が言っている事を全面的に信用しているわけではないが、今の俺がどうこうできる内容でなければ、そんな力もない。
つまりは最初から従う事の決まっていた話を、あたかも俺が賛同したかのように取り繕っただけの事だ……
「……わかりました」
「本当に物分かりが良くて助かるよ! 一応本人の許可は必要だったんだ。それじゃこれからも頑張ってね? 期待してるよ」
少年がそう言って指を鳴らすと、俺は眠るように意識が遠のいていった。
ーーー
「これは君の為でもあるんだ」
真っ白な祭服のような服を着た幼い少年は意識を失った青年を見つめながらそう呟く。
「今回のダンジョンブレイクはダンジョンのシステムの移行によって生じた不具合だった。もし仮にアイツがあのままネームドになって外に出ていれば、今の人間のレベルでは太刀打ちできなかっただろう」
少年はそう言いながら視線を上にあげる。
「それを一人で倒し阻止したとなると、与えられる報酬は今の君の器を遥かに超えるものになってしまう。そんなものを付与されれば恐らく君は精神の形を維持できず崩壊していただろう。それは僕としても望まない。故に今回は多少強引ではあったが介入させてもらった」
少年はそう言って腕を後ろに回し、歩き始める。
「何せ久遠 宗太君。君には一番期待しているんだ。こんなところで壊れられては困るんだよ」
少年はそう言って不敵な笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間にはその場から姿が消えてなくなっていた。




