19章 喪失と再起
重賞勝利から数日、田中が体調を崩し入院する知らせが届いた。諸星は急いで病院へ向かうが、騎乗予定があり、病室に長く滞在できない。短い時間の中で、田中は諸星を見つめ、弱々しくも力強く言葉を残した。
「諸星……焦るな。お前とドーブルの絆は確実に育っている。俺はどこからでも見守っている」
諸星は頷き、手を握ったまま病室を後にする。心の奥に温かい想いを抱えつつ、調教に集中せざるを得なかった。
数日後、諸星が他の馬の騎乗中に病院から連絡が入る。田中は静かに息を引き取り、諸星は死に目に会えなかった。胸にぽっかりと穴が開き、言葉を失う。ドーブルはそっと諸星に寄り添いいつもの様に鼻を鳴らした。
田中の不在のまま迎えた次のレース。諸星とドーブルは全力を尽くすが、呼吸が合わず、最後の直線で伸びを欠き、大差で着外となった。
馬房でドーブルの首を抱きしめ、諸星は涙をこらえる。 「田中さんがいれば……」 言葉は喉で詰まり、悔しさと悲しみで胸が締め付けられた。
ドーブルは諦めず、首を擦り寄せる。諸星はその目を見て、まだ諦めるわけにはいかないと胸に決める。
惨敗の翌日、諸星は田中からの手紙を見つける。封を切ると、筆跡から田中の温かさが滲み、胸が熱くなる。
『諸星へ
この手紙を読んでいるということは、俺はもういないだろう。だが、君たちに伝えたいことがある。
俺はお前とドーブルがどれほど努力し、どれだけ互いを信じ合ってきたかを、ずっと見てきた。勝利も悔しさも、喜びも悲しみも、すべて君たちの成長の糧だ。
お前はまだ若く、経験も浅い。しかしドーブルと心を一つにして挑めば、どんな壁も越えられる。俺はそれを信じている。
これから先、辛いこともあるだろう。勝てないレースもあるだろう。しかし諦めるな。お前とドーブルの力を信じ、互いを信じろ。
グランプリはもうすぐだ。恐れず、迷わず、全力で挑め。俺はもう見守ることしかできないが、心はいつも君たちと共にある。
諸星、ドーブル……お前たちは絶対にできる。2人を信じた俺を信じろ。
田中』
諸星は手紙を胸に抱き、涙を止められなかった。ドーブルも静かに体を寄せ、二人の心に田中の存在が深く根を下ろす。
諸星は深く息を吸い込み、ドーブルの首を撫でながら誓う。 「田中さん……俺たちは必ず、次は勝つ。グランプリでも絶対に諦めない」
悲しみはある。しかし田中の最後の言葉と手紙の想いが、諸星とドーブルを前向きに進ませる力となった。




