88 補充
**セレーナ視点**
『お互い少しずつ慣れていこうか』
と言ったのは誰だったか──
あれから婚約が調ったのは、あっと言う間だった。噂が広まっても、概ね良好な反応だとは聞いていたけど、一代限りの大公とは言え、ジェラール様を狙っている令嬢は居るだろうから、婚約が調う迄には色んな問題が出て来るかも?と覚悟をしていたけど、何の問題も無く国王様とロクサーヌ様からも『ジェラール(叔父様)を受け入れてくれてありがとう』とお礼を言われた。
国王様と王太女様が『よし』と言ったのだから、他の誰かが反対するような事はなく、ジェラール様との婚約は直ぐに調った。しかも、それと同時に大公の爵位の返納の話も進み、これは色んな手続きや引き継ぎがあるから、正式に爵位を返納するのは1ヶ月後となった。
「その手続きや引き継ぎやらで、その1ヶ月間は王城に滞在する事になった」
「それは仕方無いですね。私の時間がある時は、差し入れを持って行きますから、1ヶ月間頑張って下さいね」
「ありがとう、セレーナ。でも、1ヶ月も離れて過ごすのは寂しいから、少しセレーナを補充させてもらおうかな」
「補充?」
“私を補充する”とは一体どう言う意味なのか?全く意味が分からなくて首を傾げていると、ジェラール様に抱き寄せられた。
ーこれが……補充?ー
確かに、抱きしめられるのは恥ずかしいけど、ジェラール様は温かいし、その温かさは安心するし心も満たされる。だから、私もジェラール様の背中に腕を回して抱きつくと、ジェラール様の体がピクリッと反応した。抱きつかれるのは嫌だったのか?と焦っていると──
「これだけで済ませようかと思ったけど、受け入れてくれるならもう少しだけ──」
と言って、ジェラール様が私の頬に手を添えて顔を上に向けさせると、そのまま軽くキスをされた。
**ジェラール視点**
「何故1ヶ月も王城に縛り付けられないといけないんだ!?」
「諸々の手続きがあるからだと言っただろう」
「魔法陣があるから、通いでも良いですよね?」
「浮かれている叔父様から、セレーナを守る為です」
「…………」
兄上ではなく、ロクサーヌにピシャリと言われて、口を噤む。
確かに、俺は浮かれている。もう毎日セレーナが可愛くて仕方無い。昨日も正直、危なかった。抱きしめるだけで終わるつもりが、まさか腕を回してもらえるとは思わず──
「ロクサーヌ、ありがとう」
「理解してもらえて良かったです」
1ヶ月も離れるのは辛いかもしれないが、気持ちを落ち着かせるには丁度良いのかもしれない。そんな事を思いながら、久し振りの王城での生活が始まった。
王城生活5日目
『叔父様、今日の昼食は私の庭のガゼボに来て下さい』とロクサーヌから誘いを受けた。なんでも、アラールが王城に戻って来ているそうで、一緒に昼食を食べる事になった。ナディーヌについての報告を兼ねてなのかもしれない。
「叔父上、お久し振りですね」
「元気そうだな」
久し振りに会ったアラールは、以前よりも逞しくなったようだ。報告では、騎士としてはまだまだひよっこも同然だが、真面目に訓練を受けて力も付いてきているようで、パルティアーズの騎士達とも上手くいっているようだ。
「父上にも報告しましたけど、先代のパルティアーズ公爵が亡くなりました」
「そうか……」
森の巡回中に行方が分からなくなり、捜索をした結果、その翌日に片足が無い状態で発見されたそうだ。魔獣にやられたのだろう。
「その先代の葬儀は、現当主の意向で密葬に近い形で執り行われました」
“パルティアーズの恥晒し”
先代はパルティアーズの当主でありながら、剣すら持てなかったから、パルティアーズの騎士達からは陰ではそう呼ばれていた。だから、密葬と聞いても驚きはない。
「何と言うか……アリシア公女は少しホッとした感じでした」
最後の最後にようやく母親らしい事ができた公女。実父が亡くなった悲しみより、もうセレーナに害を及ぼす者が居なくなった事に安心したのかもしれない。もっと早くに気付いていれば、セレーナを失わずに済んだのに。
「ナディーヌですが……彼女はおとなしくなってはいるけど、相変わらずと言ったところですね」
罪の意識があるのか無いのか。世間には“本物の公女の娘”となっているから、貴族からのお茶会の誘いもあり、それにも普通に参加しているそうだ。ジェイミーはもともと外面は良く、外でトラブルを起こす事も傲慢な態度を取る事もなかったから、評判も良い方なのかもしれない。
そんなジェイミーに、俺は全く納得はいっていないが、セレーナが名を渡して生かしたのだから、俺から何かを言ったりする事は無い。
多分────
「あ、遅くなりましたけど、婚約おめでとうございます。彼女は元気ですか?」
「ありがとう。元気にしている。アラールの事も気にしていたから、元気にやっていると伝えておくよ」
「叔父上の都合で良いので、一度謝罪の場を設けてもらえたらと思ってます」
「分かった」
アラールは、パルティアーズでの生活でマトモになったようだ。
「アラールのお花畑も、ようやく無くなったのね。これから、どうしたいのか……決まったの?」
「うん。私は、これからは騎士として父上やロクサーヌや国を護っていきたいと思っている。だから、もう暫くの間はパルティアーズで過ごしながら、力を付けていきたい」
「分かったわ。私からもお父様にお願いしておくわ」
これで、兄上も一安心と言ったところだろう。




