77 穏やかな日々
ピサンテでの生活は、比較的穏やかな日々だった。
私は週5日デミトリア邸に出勤。デミトリアの調合室でオリビアさんとポーションを作ったり、お父さんのノートに書かれている試験途中の薬を研究したりしている。中には、アデールさんが補足してくれたお陰で、実用向けに完成した物もある。
『平民でも手に入るように、簡単に手に入る薬草を使って作っていたわ』と、アデールさんが言っていたように、原材料が安い薬草を使っている物が多く、それらを一般向けに卸したりもしている。そのお陰で、デミトリアの領ではポーション不足が補えそうだとルチア様が言っていた。しかも、副作用も少ないそうで、他の領からも『売って欲しい』とお願いされているそうだ。
そんな訳で、ポーション作りで忙しくはあるけど、毎日が充実している。
ジェラール様との生活も、比較的穏やかだ。
ジェラール様は、引き続き、お父さんの魔法陣や、家に掛けられている魔法を調べている。
エルトン様も、時間があればやって来ては一緒になって調べている。
料理作りも楽しい。
朝食は一緒に食べて、昼食は作ってから保存魔法を掛けて置いておく。そして、夕食はまた一緒に食べる。ジェラール様は、いつも『美味しい』と言って食べてくれるから嬉しいけど、毎回褒められるから、『本当に?無理はしてない?』と、逆に不安になる時もある。
食後には、リビングでゆったりとお茶をする。
「明日の昼食後、ロイド様とマリッサ様と一緒にハイセン伯爵邸に行って来ますね」
「ああ、お祝いの日に約束していたやつだね」
「そうです。夕食迄には帰って来ますから」
「分かった」
******
ハイセン邸には、デミトリアの馬車に乗せてもらった。正直に言うと、馬車には馴れない。辻馬車よりも乗り心地は良かったけど、やっぱりお尻が痛い。
ー馬に乗れるようにしようー
と、1人心の中で決意した事は秘密だ。
同年代での集まりは楽しい。お互いの近況の話から始まり、今流行りの話になり、女性ならではの話も聞けるから勉強になったりもする。
貴族ならではの話になると、色々大変だなぁと思う。クロード様に関しては、次男と言う事もあり、嫡男のロイド様達より少し気は楽だと笑っていた。このクロード様には、婚約者は居ないそうだ。
「今は、騎士の訓練でいっぱいいっぱいだから、恋愛もいいかな…」
「それ、分かります。私も、今はポーション作りや研究が楽しくて……」
「研究……セレーナは頭も良いんだね」
と、クロード様が褒めてくれると
「セレーナは美人で頭が良くて性格も良いのよ」
と、マリッサ様が更に褒めてくれるのが、盛り過ぎていて気恥ずかしい。相変わらず、ロイド様とマリッサ様は私に甘い。
「まぁ……セレーナに恋人でもできようものなら……色々大変だろうけどね……」
と呟くのはロイド様。何が大変なのか?と訊きたいところだけど、敢えて訊かないようにしている。訊いたらいけない─と、本能が訴えかけている。
「兎に角、セレーナと結婚したら、毎日セレーナの手作りが食べられるって事だろう?それは羨ましいな」
クロード様が、そう言いながら私が作って持って来たミートパイを食べている。このミートパイも、味は大丈夫そうだ。だったら───
「そのミートパイも美味しそうだね」
「グ──リンデルバルド大公様!?」
ガタガタッ──と、皆が一斉に椅子から立ち上がった。
ーあ、本来なら立ち上がって挨拶をするんだー
と、私は遅れてソロソロと立ち上がった。
「あ…の…どうして……ここへ?」
「急に来て申し訳無い。セレーナを迎えに来たんだ」
「「「え?」」」
「え?何故セレーナも驚いているの?」
私に突っ込みを入れるのはマリッサ様。
「驚きますよ。迎えに来るなんて聞いてませんでしたから…」
ーそんな話した?ー
全く記憶に無い。家を出る時も何も言ってなかった。『気を付けて』と声を掛けられただけだった。デミトリアでの集まりに、ジェラール様が顔を出す事はあったけど、まさか迎えに来るとは思わなかった。
「近くに寄ったついでに来たからね。連れて帰っても大丈夫かな?」
「「「勿論です!どうぞ!」」」
「ありがとう」
スッと手を差し伸べられたら、その手を取るしかない。
「えっと……それじゃあ、お先に失礼します」
と、皆に挨拶をしてから、私はジェラール様と一緒に帰る事になった。
「馬?」
手を引かれたままハイセン邸の門迄来ると、そこには馬車ではなく、1頭の毛並みの綺麗な馬が居た。
「うん。馬車じゃなくて、馬なんだ。セレーナは、馬車が苦手だろう?」
「え?私、ジェラール様に言った事ありましたか?」
「聞いた事はないけど、馬車に乗り込む時はいつも憂鬱そうな顔をしていたから、そうだろうなと思ってね」
驚いた。自分で言うのもなんだけど、私はあまり表情か変わらないから、バレてないと思っていた。
「バレバレだったんですね……」
「私からすると、セレーナは分かり易いからね」
それは、貴族社会を渡り歩いて来て、得た能力なんだろうか?




