71 温かい人達
地下牢を出た後、ロクサーヌ様の案内でやって来たのは庭園だった。
「一緒にランチをしようと思って、庭園に用意させているの。花を見ながら食べるのは気持良いでしょう?」
「ありがとうございます」
「セレーナの作った料理も美味しいけど、ウチの料理も美味しいから楽しみにしてて」
きっと、色々と気遣ってくれているんだろう。全く落ち込んでは無い。これでスッキリした──と言いたいところだけど、少しだけ悲しい気持ちが残っている。後悔も未練も無いけど、最後に“お母さん”の言葉が聞きたかった。
「あら…やっぱり来てたのね」
「やっぱり来てた?誰が──」
と、ロクサーヌ様の方を見ると、その先にジェラール様が居た。
「ジェラール様?」
「セレーナ、お疲れ様。大丈夫?」
「はい…言いたい事は全部言えました」
「そうか……」
ぽんぽんと優しく頭を撫でるジェラール様の手が温かくて──
「結局、最後迄あの人は、私自身を認めてはくれませんでした……」
「そうか……」
「だから、私から………捨てて来ました……」
「うん……頑張ったんだな……」
「はい……」
「泣きたければ泣けば良い。誰も見てないから」
どうやら、涙が出ているようだ。
そう言われて周りを見ると、ロクサーヌ様の姿もなく、私とジェラール様だけになっていた。ロクサーヌ様は、何処に行ったのか?
「でも……ジェラール様に見られてます」
「なら……こうすれば見えない」
「え?」
そう言うと、ジェラール様は私の顔を自分の胸に引き寄せてから、私を抱き寄せた。
「これで私も見えないし、セレーナの顔も隠せるだろう?ここで、思い切り泣けば良い」
ーどんな理屈なの?ー
と思いながらも、やっぱりジェラール様は何もかもが温かくて優しくて──
「ありがとうございます」
と言って、暫くそのままジェラール様に身を預けた。
今の自分が、本来の姿に戻っていた事をスッカリ忘れていた。傍から見て、どう見えていたか──なんて事は、その時の私は全く気付いていなかった。
暫く泣いて、落ち着いた頃に、ロクサーヌ様とアデールさんが戻って来た。
「さぁ、泣いた後は美味しい物を食べましょう」
「はい……」
やっぱり、私が泣いていた事はバレバレだった。恥ずかしいけど、スッキリしたのも確かだ。
「まさか、私と同い年とは思わなかったわ」
「私自身も驚きました」
学生生活をすっ飛ばして成人してしまった。平民は、家族でお祝いをするぐらいで、貴族のようなデビュタントの為のパーティーはない。
「遅くなったけど、お祝いをしないとね」
「別に───」
「アデールの言う通りだな。成人のお祝いは一生に一度の事だからね」
こうやって、私の事を思ってくれている人達が居る。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「そのお祝いには、私も呼んでね。勿論、アラールは呼ばなくても良いから」
「「呼ばない(わ)」」
「ふふっ………」
それから4人で、ランチを食べながら楽しい時間を過ごした後、ジェラール様とアデールさんと私がデミトリア邸に帰ったのは夕方だった。
久し振りのデミトリア邸でも、“お疲れ様会”と称して沢山の料理が用意されていた。私が好きな物がズラリと並んでいる。『好きです』と言った事はなくても、私が好きな物を分かってくれているのかと思うと、本当に私は幸せ者だなと実感する。きっと、公女様は私の好きな物なんて知らないだろう。
その日の夕食は、久し振りにエルトン様とロイド様とマリッサ様も居て、大人数での夕食になった。皆が色んな話をしてくれて、ここでも楽しい時間を過ごす事ができた。あまりにも楽しくて、時間を忘れていたせいか、疲れていた事もあったようで、私はそのまま机に突っ伏して眠ってしまった。
*ジェラール視点*
「寝てしまったな」
「今日は色々あったから……」
地下牢でどんなやり取りがあったのかは、アデールから聞いていた。まさか、名前を取り戻した後、ジェイミーにあげるとは思わなかった。
「このままだと可哀想だから、マーロンにでも運ばせて──」
「私が運ぶよ。ピサンテの家の部屋に」
「グリンデルバルド大公様が?ピサンテに?」
「今日は…ピサンテの家の方が良いだろう」
デミトリア辺境伯は『どうして?』と言う顔をしているが、アデールは『そうね』と呟いた。
あんな母親でも、切り捨てた事に全く傷付いていないと言う事ではないだろう。だから、せめて父親の思いが詰まった家でゆっくり寝た方が、セレーナの心も落ち着くかもしれない。
「それじゃあ、私が連れて行くから、皆はゆっくりしてくれ」
「明日、そっちにセレーナの様子を見に行くから」
と言ったのはエルトン。
「ジェラール、セレーナの事、よろしくね。また明日……ふふっ………」
と、何故か笑うアデール。
何故アデールが笑ったのかはわからないが、俺はセレーナを抱き上げてピサンテの家へと転移した。




