70 捨てる側
『奪われたものは要りません』
私は、それが言いたかった。
“ナディーヌ”も“アリシア”も要らない。
夢か妄想かは分からないけど、お父さんが私の事を『セレーナ』と呼んでくれたから、奪われたナディーヌは必要無い。
私に“お母さん”が居なくても、私の言葉を聞いて護ってくれる人達が居る。それなら、その人達を大切にすれば良いだけ。
「ナディーヌの姿が元に戻って良かったですね。公女様と同じピンク色で、可愛らしくて魔力持ちだから安心ですね。もう二度と、我が子の手を払い除けるような事はしない事を願っています」
「………」
公女様は黙ったままだ。本当に娘の事が大切なら、ここで私を引き止めたりするだろうけど、引き止めるどころか言葉一つも出ないのだから、私も何の未練も無く切り捨てる事ができる。
「それでは、公女様、これで失礼します。もう二度と関わる事がないようにお願いします。ナディーヌも……」
「一応……助かったわ……」
ポツリと呟いたのはジェイミーだ。
「ロクサーヌ様、この場を設けていただいて、ありがとうございました」
「もう良いの?」
「はい」
公女様はやっぱり何も言わない。
あの優しかったお母さんは、私を置いて出て行った時に居なくなった。ただ、それだけ。
「アリシア様、女官にパルティアーズ公爵の元へ案内させるわ。最後に何か言いたい事はないかしら?」
「………」
ずっと無言を貫く公女様に、ロクサーヌ様が軽くため息を吐く。私も吐きたいぐらいだけど、ここでは我慢する。
「ジェイミー…じゃなくて、ナディーヌは、指示があるまで牢屋に居てもらうわ。数日で出れるでしょうけど、ここを出た後は、王都での滞在は難しいと思っていてちょうだい」
「はい………」
「少しだけ、公女様と話をしたいのだけど…」
そう言ったのは、今迄黙っていたアデールさん。
「良いわよ。それなら、私達は先に部屋に戻っているわ」
「ありがとうございます」
アデールさんが公女様に話とは?と気になりつつも、私はロクサーヌ様と一緒に先に地下牢から出た。
*アデール視点*
結局、ブライアンの嫁─アリシア公女は、セレーナに言葉を掛ける事はなかった。自分勝手な思いと言葉しか出て来なかった。これが、あのブライアンが愛して大切にしていた嫁なのか─と思うと、何ともやるせない気持ちになる。
勿論、全てセレーナに還元されていたから、決して無駄ではなかったけど。
「今の貴方を見て、ブライアンは何て言うかしらね」
「貴方に、ブライアンの何が分かると言うの?」
ーお前がな!ー
と、心の中で叫ぶ。
「貴方より分かってると思うわよ?ブライアンが、どれだけ貴方達を大切にしてたか知ってるから。特に、娘への愛情は大きかったわ。魔力が無くても愛していたし、魔力が無いからより大切にしていたわ。貴方みたいに、手を払い除けたり、自分のこれからの事と天秤にかけるような事はしなかったわ」
「ちがっ──私は記憶を失っていただけで…それに、カイリーのせいで!」
「はっ…いつまで被害者ぶるの?貴方には、いくらでも“知る”チャンスはあった筈よ。あの子が必死で手を伸ばした時。貴方が少しずつあのナディーヌに違和感を覚えるようになった時。国王陛下がチャンスを与えた時。それらを全て拒否したのは貴方よ。そして、最後の選択で、自ら貴方は娘とブライアンとの縁を完全に切ったのよ。自分の為、保身の為にね。全て自分で選んでおいて被害者面するのは止めなさい」
ー反吐が出るー
本当に、母親としてはカイリーの方が良き母親だ。した事は最悪だけど、迷う事なく自分の命より娘を選んだのだから。あの悪行も、結局は愛するブライアンの為だった。カイリーは、愛情の深い人間だったんだろう。進む路さえ間違えなければ、今頃は温かい家庭を築いていたのかもしれない──とは言え、赦される事は無い。ただ、カイリーは自分のした事は全て自分でちゃんと受け止めている。
公女は逃げてばかり。目を逸らしているばかり。悲劇のヒロインに酔っているだけ。
「魔力持ちの子供ができて良かったわね。親子鑑定が覆される事はないから、これからは安心して母娘2人で仲良く過ごすと良いわ。だから……今後、二度と、私達の前に姿を見せないで」
「赤の他人の貴方に言われる筋合いなんて………」
「ハッキリ言うわ。貴方は、捨てられたのよ。捨てられた者の気持ちが分かる?」
親に捨てられた子が生きて行くのは難しい。セレーナが生き抜けたのは、ブライアンのお陰だけど、カイリーのお陰でもある。ひょっとしたら、カイリーは独りになった幼いセレーナを、放っておく事ができなかったのかもしれない。
『自分の手で殺したかった』だけかもしれないけど。
「自分で捨てた者に『会いたい』なんて思う人は居ないわ。さようなら、公女様」
そうして私も地下牢から出た。




