7 恐怖の夜
*時間は少し遡っての主人公視点*
『アンタには、生きてもらってては困るのよ』
ーそれから、カイリーさんは何と言っていただろう?ー
何を言ったのか訊こうとしても声が出せず、体も重くなって──気を失っていたようで、次に目を覚ました時には既にカイリーさんは居なくなっていた。お昼過ぎだった筈が、夜中になっていた。それから、珍しく外が騒がしくて、何事か?と思って窓から外を見ると、魔獣が暴れている姿が目に入った。
「ま……じゅう??」
魔獣が存在する事は知っていたけど、絵本でしか見た事がなかった。ピサンテ村は、良くも悪くも閉鎖的な集落で、辺境地にありながらも、他国の人間が来る事もなければ、魔獣が押し寄せると言う事もなく平和な村だった。
ー逃げないと!ー
「──っ!?何で………」
机の上の巾着袋を手に取って扉を開けようとすると、外から鍵が掛けられていて開ける事ができなかった。
『生きてもらってては困る』とは、本当にそのままの意味だったのか。この家は、他の家とは少し離れた所にあって、私が大声で叫んだとしても、誰かに私の声が届く事は無い。それに、叫んだところで、外に居る魔獣が私の存在に気付くだけで、気付かれてしまえば私なんて───私が今できる事は、息を殺して何処かに身を隠して耐え忍ぶだけだ。幸い、ここは屋根裏部屋で、ベッドの床下に小さな隠し収納スペースがある。
『グワァァァァァー』
「っ!?」
外で魔獣の咆哮が響き渡り、それと同時に窓の外が真っ赤になった。
ー今は夜中になのに……何故こんなにも明るいの?ー
恐る恐る、もう一度窓の外を見ると、目の前には炎が広がっていた。
ヘルハウンド
全身に炎を纏った大きい犬のような魔獣。ヘルハウンドが歩みを進める度に炎が広がって行き、その炎は周りの木や草花を燃やしていく。魔獣に見付からなかったとしても、家ごと炎に包まれたら、それでお終いだ。
ー私は、どうすれば良い?ー
今のところ、この家が燃えている様子はないし、魔獣が私の存在に気付いている様子も無い。助けは呼べないし、他の人達や場所がどうなっているかも分からない。何も分からないのなら、兎に角、今は魔獣に見付からないようにする事だけを考えよう。
ーあ、そう言えば!ー
クローゼットの引き出しを開けてマントを取り出す。
『もし、何か危険な事があった時は、これを身に纏うと良いわ』
今迄使った事はないけど、生前、お父さんが着用していた“護り”の魔法が掛かったマント。お父さんは昔は騎士のような仕事をしていたそうで、騎士になったお祝いにと育ての親から貰ったそうで、結婚してからは、お母さんや私に何か危険が迫った時に──と、いつも家に置いていた物だ。このマントが、どんな範囲で護ってくれるかは分からないけど、今はこのマントに頼るしかない。私はマントを羽織った後、巾着袋と、机の上に残っていたお菓子を持って、ベッドの下の収納スペースに身を隠した。
それからも、魔獣の咆哮や走る足音が聞こえ、何度も家が揺れ、恐ろしさに声を上げそうになるのを我慢した。幸いな事に、家が崩れたり燃えてはいないようだった。でも、この様子だと、外からの助けは期待しない方が良いのかもしれない。ピサンテにはマトモな警備兵なんて居ない。マトモに剣を持って戦える人も、攻撃魔法を使える人も居ない。誰か1人でも、生き残っていればラッキー……ぐらいな状況だと思う。
「おとう……さん……」
私はこの時初めて、“お父さん”と口にした。
お母さんは帰って来なかったし、迎えにも来てくれなかった。効果は分からないけど、私を今護ってくれているのは、記憶すらないお父さんのマントだ。そのマントの裾をギュッと握りしめて、地響きのする恐怖が去って行くことを願い続けた。
こんな時にでも寝てしまっていたのか、恐怖で気を失ってしまっていたのか、気が付けば辺りは静まり返っていた。
ー魔獣達は、居なくなった?ー
確信はないから、それからも暫くは外に出ず、手に持っていたお菓子を少しだけ食べた。耳を澄ましても、何の音も聞こえない。家が揺れる事もない。
ー確認してみようー
マントは着用したまま、収納スペースから出て、ゆっくりと窓に近付いて外を確認すると、家の前にあった大きな木はパチパチと燃えていたけど、家には火が燃え移ってはいなかった。魔獣の姿は無い。
ー助かった?ー
と、安堵している場合でもない。あの燃えている火が、いつ家に燃え移るのか分からないし、魔獣が再び現れる可能性だってある。だから、今のうちに何としてでもここから出て助けを求めないといけない。それなのに、部屋には外から鍵が掛けられている。ドアノブをいくらひねっても、扉に体当たりしても扉が開く気配がない。
ーどうしたら良い?やっぱり、だめなのかな?ー
「お父さん……どうしたら良い?」
その言葉と共に、涙が溢れた。




