69 要らないもの
地下牢からパルティアーズ公爵が出て行ったのを確認してから、私はアデールさんと一緒に地下牢に入った。
すると、ロクサーヌ様が訝しげな顔で私を見ている。それを、アデールさんが愉しそうな顔をして見ている。
「ブライアン!?」
そう呼ぶのは公女様だ。どうやら、お父さんの事は覚えていたようだ。
「私の事は分からなくても、お父さん──ブライアンの事は覚えていたんですね」
「『お父さん』?もしかして……貴方が本物のナディーヌなの!?あぁ!やっと会えたのね!私のナディーヌ!!」
公女様が一瞬で笑顔になり、私の方へと抱きつく勢いで手を伸ばす。それを私が一歩下がって回避すると、公女様はショックを受けたように立ち止まった。
「どうして……」
「『どうして』とは、私のセリフです。公女様の娘は、そこに居る彼女ですよね?」
「違うわ!あの子は偽者よ!本物は、貴方なんでしょう!?だから、私に会いに──」
「いいえ。私が公女様の娘では無いと、公女様自身が言った事です。それに、私はナディーヌではありませんから」
「私が?そんな事を言った覚えはないわ。だって、貴方とは今会ったばかり………まさか……デミトリアで会った子なの?」
「そうです。公女様が、伸ばした手を払い除けた子です」
ヒュッと息を呑む音が聞こえた。
「え?どうして……また容姿が???」
ロクサーヌ様が目をパチパチさせている。
ージェラールとロクサーヌは似るのかな?ー
その質問にはアデールさんが答えた。
「名前と歳を取り戻したから、本来の姿に戻れたのよ。だから、この姿が本当の姿なのよ。驚いたでしょう?」
「驚き……しかないわ……一体、何歳だったの?」
「私は………公女様は、自分の娘の歳を覚えていますか?」
「歳は……もうすぐ14歳で………あれ?」
そこでようやく思い出したのか、また一段と顔色が悪くなった。覚えていなかったのは、事故に遭ったせいか、それとも呪術の影響を受けたからかは分からない。
「私は、もうすぐ19歳になります」
「まさかの同い年!?」
そう。私もロクサーヌ様と同様に、本当に驚いた。
『それから、セレーナは本当は、今は18歳で次の誕生日で19歳になる』
と、あの夢でお父さんから聞いて、本当に驚いた。私は、カイリーさんに5歳も奪われていた。
「おそらく、2人の歳の差が5つだったんでしょうね。5つも差があると流石に無理が出て来るから、それを無くすのと、母親の記憶も曖昧にする為に歳を奪っていたんだと思うわ」
そのたった5歳を奪ったせいで、呪詛返しを食らった2人は5歳以上の歳を取ってしまったんだけど、倍以上どころではない歳を取ったように老けてしまっている。
「だから、私もナディーヌが分からなかったのね。私のせいじゃなかったのね」
ホッとする公女様。
「これで…赦してもらえるかしら?これからは、私と一緒に──」
「私は、魔力無しですよ?」
「え?」
「あの子と違って、私は魔力無しです」
「…………」
ハッとしてから口を噤む公女様。
ー単純な人だなー
本当は無属性の魔力持ちだけど、特殊な魔力だから、たとえ魔力持ちの公女様でも、私が本当は魔力持ちだと言う事には気付けない。
公女様が、魔力無しでも直ぐに受け入れると言えば、私も少しは考えたかもしれない。でも、そうじゃなかった。私が『本物だ』と言いながら、結局は自分にとって『何が得になるのか』しか考えていないのだ。魔力無しの私を、パルティアーズ公爵が受け入れなければ、自分もどうなるのか分からないから、直ぐに返事をする事ができないんだろう。
ー本当に、カイリーさんの方が良い母親だと言えるよねー
「私には、口だけ、見せかけだけの母親は必要ありません。私の話を聞かず、私の手を払い除けた母親も要りません。それと──」
私は公女様に背を向けて、今度は鉄格子の向こう側で苦しんでいるジェイミーに近付く。
「“ナディーヌ”の名前も要らない。お父さんが付けてくれた名前で、自分を取り戻す為だけに名前を取り戻したけど、私には新しい名前がある。だから、“ナディーヌ”の名前は、貴方にあげるわ。ジェイミー、貴方が今日から“ナディーヌ”よ」
と、私が魔力を込めて言葉にすると、ジェイミーの体から真っ黒な煙が溢れ出した。その煙が大きい玉になると、今度はキラキラと輝きながら霧散して行った。私の赦しを得た事で、食らっていた呪詛返しが解呪されたのだ。解呪されたジェイミーは、以前の容姿に戻っていた。
「わたし……元に戻れた?お母さんは?」
「元に戻れたのはジェイミーだけ。カイリーさんを赦す事はできない。人の命を奪い過ぎてるから。それに、私は貴方も赦した訳じゃない。カイリーさんの母親としての気持ちだけを汲み取ったのと、せめて、ジェイミーには生きて罪を償って欲しかったから」
公爵令嬢でありながら、公爵令嬢として生きて行く事は無い。自由すら無いのかもしれない。
「これで、私と貴方達とは完全に縁が切れました。これで、私もスッキリしました」
「そんな……ナディーヌ………私は……」
公女様が、悲痛な顔をして私にまた手を伸ばす。その伸ばされた手を、私は今度は払い除けた。
「私は、奪われたものは要りません。私を切り捨てた人も要りません。私には、“ナディーヌ”も“母親”も必要ありません」
そう言い切ってから、私は笑顔を浮かべた。




