62 あの子が居なければ
*エルトン視点*
「痛い!お願い!薬…ちょうだい!」
目を両手で押さえながら叫んでいるのは、ジェイミー。呪詛返しをくらって、目が痛みに襲われている上、視力も失い掛けている。
「薬は用意できるが、呪詛返しの痛みは薬では治らない」
「そんな──なんで…わたしっ何も知らなかったのに!」
それは本当の事なんだろう。全てはカイリーが自分勝手にした事だ。でも、知らなかったとは言え、自分も『ナディーヌ=パルティアーズ』と名乗って暮らしていたのだから、『何も知らなかった』とは言わせない。
「年齢に関しては同情はするけど、結局は君もナディーヌの名を騙って美味しい思いをした事には変わりない。その報いを受けただけだ」
カイリーに関しては猶予される事は無いが、ジェイミーに関してはセレーナ次第で対処が変わって来る──と言う事は、取り敢えずはジェイミー本人にも内緒にしている。
ーこれから、ジェイミーがどう出るかー
「治る事は無いし、効き目があるかどうかは分からないけど、鎮痛薬を持って来るよ」
そう言ってから、私は地下牢から出た。
*ジェイミー視点*
痛い!痛い!!どうして私がこんな目に!?
私はただ、自分が『ナディーヌ』だと名乗っただけ。違う名前を名乗るだけで罪になるの?貴族なんて、偽りの名前で遊ぶなんて事はしょっちゅうあるのに、何故私は駄目なの!?
アリシアは、娘が魔力持ちになって喜んでいた。パルティアーズ公爵も、孫が可愛くて魔力持ちで、第一王子と歳が近いから婚約者にもなれるかもしれないと喜んでいた。私が欲しい物は何だって与えてくれた。
ー私が悪いんじゃない。私はただ選ばれただけー
魔力無しでグズで何の取り柄も無いあの子より、魔力持ちの私の方が公爵家の令嬢に相応しい。アラール様も、あの子よりも私を信じてくれた。それなのに───
『ジェイミー………』
「おかあ……さん?」
今、地下牢に居るのは私1人の筈なのに、どこからかカイリーの声が聞こえる。
「お母さん!助けて!私──」
『ジェイミー、静かに……聞いてちょうだい……私が必ず……助けてあげるから……だから……1つだけ、私に教えて欲しい事かあるの……』
「本当に!?この痛いのも目も治るの!?」
『そうよ。だから………教えてちょうだい──』
お母さんから訊かれた事は簡単な事で、私は直ぐに答える事ができた。何度も聞いた事だから間違い無い。
『必ず…助けるから……それ迄はおとなしく……しているのよ』
「分かったわ」
どうしてお母さんと会話ができたのか。それ以降は呼び掛けても、お母さんの声を聞く事はなかった。
未だに目は痛いし、視界がボヤケていて殆ど見えない。地下牢だからか、常に薄暗くて少し肌寒い。幸いな事に、食事は平民レベルで普通に食べられるし、ベッドも少し硬いけど問題無い。
ただ、鎮痛薬を飲んでも目の痛みが治まる事はなかった。常にジクジクピリピリと目の奥が痛み、眠気はあるのに眠れず、私の体力と精神は疲弊していく一方だった。
ーお母さんは、いつ私を助けてくれるの?ー
『必ず助ける』と言ったのに。お母さんも、アリシアと同じように私を捨てたの?
「あの子が生き残ったから………」
あの子が、あの日に死んでいたら、こんな事にはならなかったのに。あの子が居なかったら、私は今も公爵の家で美味しい物を食べて、温かいベッドで寝て、アラール様とお茶をしていたのに。
あの子が居なければ、私はアラール様と結婚して王族になれるのに。そうしたら、もっと贅沢で楽しい毎日が送れるのに。そんな私が、どうして地下牢に入れられないといけないの?
あの子が居なければ───
「あんな子は……消えて居なくなれば良いのに」
誰か、あの子を────
消してくれないかな?───
*セレーナ視点*
熱い
苦しい
『大丈夫だ。側に居るから』
体は熱いし重いし苦しいのに、安心している自分が居る。それは、手を伸ばせば誰かが手を握ってくれるからだ。苦しくて涙が流れているのが分かると、それと同時に誰かが私の顔に触れる。その手がひんやりと冷たくて気持ちいい。
「きもち……い………」
「ぐ─────っ」
ガタンッ──
何か呻くような声と、何かが倒れる音がしたけど、重くなった目蓋を持ち上げる気力は無い。何かあったかもしれないけど、私の手を握ってくれているままだから、誰かが倒れたと言う事ではないんだろう。
私が倒れてからどれぐらい経ったのか。あの2人はどうなったのか。知りたい事や訊きたい事や、したい事は色々あるのに、体が思うように動かない。早く元気にならないと、皆にも心配や迷惑を掛けてしまうのに。
「ごめ……なさい……早く元気に……」
「謝る必要は無いから、今はゆっくり休むんだ。元気になったら───」
その言葉にまた安心して、私はまた眠りに落ちていった。




