55 束の間の一時
『カイリーが動き出した』
と言う報せを受けてから、私はピサンテの家で1人で過ごしている。表向きは。私には全く分からないけど、影さんが常に何処かで私を見守ってくれているそうだ。だから、お礼にと作ったクッキーを『良かったら食べて下さい』と言いながら玄関横に置いておくと、いつの間にか無くなっていた。
家では、お父さんのノートを見て薬草の勉強をしたり、庭に出て家庭菜園をしたりしている。
ー静かだなぁー
1人で居るのには慣れていた筈なのに、デミトリアに来てからは、いつも誰かが側に居てお喋りをしながらご飯を食べたりしているから、今、1人で居る事を寂しいと思ってしまっている自分が居る。
「贅沢な悩み……だよね?」
「セレーナの言う『贅沢な悩み』とは何だ?」
「うわっ!なっ……ジェラール様!?」
家に居ない筈のジェラール様が現れて、驚いて思わず大きな声が出た。
「ははっ…元気そうで良かった」
「どっどっどうしてここに?」
「あー……うん。正直に言うと、セレーナのお菓子が食べたくなってね」
「お菓子?私が作った?」
「お菓子じゃなくても良いんだけどね。ここ最近、ずっとセレーナの作ってくれたご飯やお菓子を食べていたからか、我が家のご飯やお菓子を食べても『何となく違う』と思ってしまってね…いや、アレはアレで美味しいんだけどね?」
ははっ──と、少し困ったように笑うジェラール様は、やっぱり可愛いなと思ってしまうから不思議だ。それに、そんな風に思ってもらえるのは嬉しい。
「それなら、丁度クッキーを焼いたので食べますか?暇だったので、ブレンドティーも作ってみたんですけど淹れますか?」
「両方ともお願いしたい」
「分かりました。そこに座って待ってて下さい。直ぐに用意しますね」
「ありがとう」
私は、急いでキッチンに行って、お茶の用意を始めた。
「クッキーは勿論美味しいが、このブレンドティーも美味しいな」
「一応、ジェラール様の好みに合わせてブレンドしたもので、お口に合って良かったです」
「え?」
自分用のブレンドは以前からやっていた。最近、皆の好みが分かって来たから、時間がある時に少しずつブレンドをしていた。
「ジェラール様やエルトン様やアデールさん達にはお世話になっているので、お礼を兼ねて作っていたんです」
「皆に……」
皆お疲れのようだから、そのあたりも考えてブレンドした。少しでもリラックスできれば良いけど。
「せめて、お手伝いができる間だけでも、いつでも飲めるようにしておくので、希望があったら言って下さいね」
「ありがとう………」
と言いながら、ジェラール様は少し浮かないような顔をしている。ブレンドティーの味がイマイチだった?と気にはなったけど、それ以降はいつも通りの優しい顔だったから、気のせいだったのかもしれない。
*ジェラール視点*
ロクサーヌとお茶をしてからは、色々な準備でバタバタしていて王城で寝泊まりをしていた。そんな中『カイリーが動き出した』と報告を受けた。その報告をエルトンとアデールとデミトリア辺境伯に伝えて、今後の対策を練っていった。
「……物足りないな…………」
「おかわりでもいたしますか?」
「あ、いや、大丈夫だ。後で執務室に紅茶を持って来てくれ」
「承知しました」
食事を終えてそれだけを頼んでから、執務室に戻った。
王城で出される食事は、腕の良い料理人が良い材料で作るのだから、いつ食べても美味しい。美味しいのは美味しいが、何故か物足りない──何かが違う。さっき持って来てくれた紅茶も、俺の好きな茶葉なのに、何かが違う。
「どうかした?」
「え?いや……あー……何だか紅茶の味がいつもと違うなぁ…と」
部屋で一緒にお茶を飲んでいるのはアデール。エルトンは今、兄上に呼ばれて席を外している。
「そう?昨日飲んだものと同じだと思うけど……セレーナが淹れてくれる紅茶とは違うわね。セレーナは、料理上手でお茶も美味しいわね」
ーあぁ、そうかー
セレーナの作ったご飯やお菓子を食べて、セレーナの淹れてくれたお茶を飲む事が当たり前になっていて、その味に慣れてしまっているのか。確かに、セレーナの作る物は何でも美味しい。
「セレーナは、良い嫁になるだろうな。嫁に出すにはまだまだ早いけど」
「『まだまだ』ねぇ……どうかしら?特に人間の女性はあっと言う間に大人になるわよ。それにセレーナは──」
コンコン
「グリンデルバルド大公殿下、入ってもよろしいでしょうか?」
「大丈夫だ」
アデールの話の途中だったが、声の主が兄上の侍従だった為に入室の許可をすると、エルトンが兄上と話を詰めると言う事で、今日は戻って来れないと言う事を伝えられた。
「それじゃあ、私達は今日はお開きにしましょうか。良ければ、久し振りに王都で買い物をしたいのだけど」
「分かった。それじゃあ、また明日」
と言って、アデールは街に出掛けて行き、俺は──
ー久し振りにセレーナに会いに行くかー
セレーナの居るピサンテの家に転移した。
******
セレーナの淹れてくれた、俺の為のブレンドティーは美味しかった。“嫁ランク”が上がる一方だ。成人して外に出る機会も増えれば、出会いも増えるだろう。出会いが増えれば、恋愛にも結婚にも発展するかもしれない。セレーナにも、家族ができれば───
「そろそろ晩ご飯を作ろうかと思うんですけど、どうしますか?食べて……行きますか?」
「もし良かったら、お願いしても良いだろうか?」
「勿論です」
そう言って微笑むセレーナは、いつもよりも可愛らしく見えた。




