53 始まりの日
「───と言う感じで、アラールがまた失言してくれたよ」
「アラールの脳内のお花畑は綺麗に咲き誇っているのね」
「咲き誇る…………」
ここで笑ってしまうと不敬罪になるだろうから、笑ってしまいそうになるのを我慢する。
「笑っても不敬罪にはならないわ。寧ろ、セレーナは被害者だから怒っても良いのよ」
なんてロクサーヌ様は言うけど、流石に王子相手に怒れる訳がない。それに、今回の失言は、敢えて失言させる目的でジェラール様が行動した結果だから、ある意味失言してくれた王子様に感謝だ。
「本当に……お父様から話を聞いた時は驚いたわ」
「ロクサーヌは王太女だから、これから筆頭公爵家で起こるであろう事は把握しておく方が良いだろうと判断したんだ」
国王様に、魔法陣の読み取りができた報告をすると、これから起こるであろう事は簡単に済ませる事はできないだろうし、何よりも筆頭公爵家の問題にもなる為、次の国王となる王太女ロクサーヌ様も把握しておいた方が良い──と言う事で、今日のお茶会でジェラール様が話をする事になった。そして、このタイミングでナディーヌとカイリーさんも登城していると言う事で、早速ジェラール様が仕掛ける流れとなった。
「ナディーヌ嬢が、生存者が子供だと気付いたようだから、おそらく、カイリーの耳にも入るだろう」
それを聞いたカイリーさんなら、その生存者がナディーヌだと直ぐに気付くだろう。
「セレーナ、大丈夫?」
「怖くないとは言えませんけど、ジェラール様やエルトン様やアデールさんが居るので大丈夫です。あ、影さんも付いてくれているようなので、心強いです」
「“影さん”なんて聞くと、親近感が湧くわね……ふっ……」
どうやら“さん呼び”は可笑しいようだけど、他に呼びようがないから仕方無い事にする。
「叔父様、色々と気を付けて下さいね」
それからはまた、3人でお茶を飲みながら楽しい時間を過ごした。
*ジェイミー視点*
ピサンテでの暮らしは大変だった。ナディーヌの家に住むようになってからは、あの子のお陰で少しはマシになったけど、我慢をしなければいけない毎日に変わりはなかった。
それが一変したのは、私が学校に通い出してからだった。平民でありながら魔力持ちだった私に目を掛けてくれた貴族夫婦のお陰で私達は王都へ行く事になり、更には公爵家の孫娘にまでなれた。
『貴方は、今日から“ナディーヌ”よ。貴方の母親は“アリシア=パルティアーズ”で、父親は“ブライアン”よ』
と言われた時は戸惑ったけど、今では素直に受け入れられている。
気難しいと言われている祖父のパルティアーズ公爵は、孫娘の私にとても優しくて甘い。私が『欲しい』と言えば何でも買ってくれる。私を疑った侍女は、気が付けば邸から居なくなっていた。アリシアを『お母様』と呼ぶのは少し気に入らないけど、それさえ我慢すれば贅沢ができるのだから、取るに足らない問題だ。ピサンテの惨劇は、正直、ショックよりも『運が私達の味方をしてくれた』と言う思いの方が大きい。私が偽者のナディーヌだと知る人達が居なくなったから。これで、私が本物のナディーヌになれたのだから。
ーでも、どうして親子鑑定で90%が出たの?ー
それは私にも分からない。お母さんに訊いても教えてはくれなかった。私の髪を少し切って神官に渡しただけで、何も疑わしい事はしていない。それも、私がナディーヌになれたのだから、今では別にどうでも良い事だ───と思っていたのに。
『ピサンテに生存者が居た』
でも、私達の生活が変わる事は無かった。
『ピサンテ唯一の生存者が子供だった』
サッと血の気が引いた。有り得ないと思うけど、その生存者がナディーヌだったら?
殆どの人達は私達の事を信じて受け入れてくれているけど、王太女や大公は私達から距離を取っているように感じていた。その理由が、生存者がナディーヌだったなら説明がつく。でも、魔力も無いひとりぼっちの子供が、生き残れたとは考えられない。でも、もし生存者がナディーヌなら──
「何とかしないと……」
また平民の生活に戻るなんて嫌だ。私は今の公爵家での暮らしを手放すつもりはないし、私こそ貴族令嬢に相応しい。
「お母さんに……相談しないと…」
以前は口外禁止と言われて黙っていたけど、このままだと良く無いと本能が訴えかけている。
私は、アラール様とのお茶を終えてアリシア達と合流して家に帰って来ると、直ぐに理由をつけてカイリーの部屋に向かった。
「生存者が……居た?」
「うん。これは、極秘事項らしいけど、アラール様と大公様から聞いたから間違い無いわ。しかも、その生存者が子供だって。お母さん、大丈夫……だよね?」
「………大丈夫よ……私に、任せなさい」
そう言ったお母さんは、何故か嬉しそうに笑っていたから、私も安心してそれからもいつも通りの日々を過ごしていた。
その日が破滅への始まりだったとは知らずに───




