3 3つの指輪
部屋にあるクローゼットの引き出しを開けて、仕掛け細工になっている底板を開ける。
「良かった………」
そこには、3つの指輪が入った小さな箱がある。
『これはね、私達の結婚指輪なの』
そう言って、嬉しそうに微笑みながら私に見せてくれたお母さん。お父さんが亡くなった後、身に着ける事はせず、2つ一緒の箱に入れて保管していた。父が平民だったから、高価な物ではないんだろうけど、お母さんはとても大切にしていた。そのうちの1つの指輪を手に取る。水色の宝石が付いたお母さんの指輪。お父さんの指輪にはピンク色の宝石が付いている。
『お互いの瞳の色なの』
記憶にはないけど、お父さんの瞳の色は水色だったらしい。そして、残りの1つの指輪は、お母さんが唯一実家から持って来た物で、家を出る時にお母さん─私にとってはお祖母さんから手渡された物だったそうだ。
『お母さまが生きていれば、何かが変わっていたかもしれないわ』
と、寂しそうに言っていたから、そのお母さまは亡くなってしまっているのかもしれない。ただ、まだ生きているかもしれないお祖父さんにも会った事はないし、これからも会う可能性は低いと思う。そもそも、お母さんにまた会えるかどうかすら分からない。あれから5年。
「本当に……捨てられた……のかな………」
捨てられたと受け入れたくはなくて、お母さんの事をあまり考えないようにしていたけど、それももう──
「そんな所に宝石を隠していたのね」
「っ!カイリーさん!?」
「それを寄越しなさい!」
「やめ────っ!」
パンッ──と、頬を叩かれてよろめいたところで、手に持っていた箱を取り上げられた。
「ピンクの指輪……へぇ…それなりに良い石じゃない。それと、この指輪は………」
「お願い、返して!それは、お父さんの───」
「お父さんの指輪?それなら、私が貰ってあげるわ。あの女と同じピンク色なのは気に入らないけど。アンタを育ててあげたのは私よ。私には貰う権利があるわ。まだ他に隠している物は無いでしょうね?あったら、今のうちに出しなさい。ここから放り出されたくなかったら」
「ありま……せん………」
ギュッと、お母さんの指輪を握りしめる。
ーせめて、この指輪だけは……ー
「こそこそ隠していたなんてね。罰として、明日は食事無しよ。明日は1日家事もしなくていいわ」
「はい………」
「ふんっ」
そう言ってから、カイリーさんが部屋を出た後、外側から鍵が閉まる音がした。もともと物置部屋だった部屋で鍵は外側にしか付いていないから、鍵を掛けられると中から外に出る事ができない。部屋には窓があるけど、小さいから抜け出す事はできないし、抜け出せたとしても2階にあるから出る事はできない。過去にも、何度も閉じ込められた。流石に、3日閉じ込められた時は空腹で死ぬかと思った。
「今回は、本当に1日で済めば良いけど」
私も学習能力はあるから、日持ちのする物を隠し持つようにしていて、1日2日の食事抜きなら問題は無い。ただ、1日2日家事をしないだけで、とんでもない量の片付けや掃除が待ち受けていることの方が大変だったりする。それも、カイリーさんによる嫌がらせだろうけど。
手の平にあるお母さんの指輪を見つめる。2つの指輪は取られてしまったけど、手元に残った指輪がお母さんの指輪で良かった。お父さんとの思い出は無いし、記憶もないから。
ー取り敢えずは、ジェイミーが居なくなる迄の半年は大人しく過ごそうー
そう思いながら、私は隠し持っていたクッキーを食べた。
******
それからの半年はあっと言う間だった。
2人は学校に通う為の準備で忙しいようで、家に居ない事が多く、私に構う暇もないようで、私も平和な時間を過ごす事ができた。
そして、いよいよ入学に向けて出発すると言う日の前日になった。夕食は、ジェイミーの好きな物ばかりで、食後にデザートも作ったお陰で、ジェイミーもカイリーさんも上機嫌だった。
「あ、お母さん、この指輪、私が持って行っても良い?」
「勿論良いわよ」
「やったー!ありがとう!」
ジェイミーが嬉しそうに指に嵌めているのは、あの箱に入っていた3つ目の指輪だった。薄いピンク色の宝石が付いた小さ目の指輪。その宝石は少し不思議な石で、時々色がゆらゆらと揺らめいているように見える。ジェイミーも、それが気に入ったのかもしれない。
ーお母さんの指輪なのにー
『返して』と言えない自分が情けないし腹立たしい。こうやって、カイリーさんとジェイミーは、私から色んな物を奪っていく。
「明日から私も3ヶ月程留守にするけど、家事は怠らないようにね。庭も綺麗にしておきなさい」
「はい」
カイリーさんも、ジェイミーと一緒に学校のある領地に向かい、そのまま暫くそこで過ごしてから帰って来るそうで、私も暫くはゆっくりできそうだ。と、内心密かに喜んだ。




