25 寒期
エルトン様と街に買い物に行った。デミトリアに来てから初めての外出だった。しかも、ピサンテの商店街とは全く違っていて、大通りに面してズラリと沢山の店が並んでいて驚いた。屋台ではピサンテでは見た事がない美味しそうな物も売っていた。ガラス越しに見た動物型のクッキーは可愛くて、ついつい見惚れてしまっていた。他にも、花柄の可愛いハンカチや、可愛い飾りの付いた髪留めについつい目が引き寄せられてしまった。ただ、今回は家の準備をする為の買い物だから、自分の買い物は我慢した。お金は少しだけど持っているから、また改めて外出の許可をもらって買いに行こうと思っていた。
「買い物に付き合ってくれてありがとう。はい、これは付き合ってくれたお礼だよ」
「え?」
買い物が終わって邸に帰って来ると、エルトン様にお礼だと言われて手渡された物は、花柄のハンカチと可愛い飾りの付いた髪留めと、動物型のクッキーだった。
「え!?これは──」
私が目を奪われてしまっていた物だ。
「気に入ってもらえたかな?」
「勿論です!でも──」
「なら、そう言う時は『ありがとう』と言って受け取ってもらえると、贈り手としては嬉しいかな」
「あ……ありがとうございます!」
「うんうん」
貰って嬉しいのは私の方なのに、何故かエルトン様も嬉しそうに笑って私の頭を撫でてくれる。
エルトン様だけじゃなく、デミトリアの人達はよく私の頭を撫でてくれる。その手が温かくて優しくて、撫でてもらう度に私の心も温かくなる。すると、ふと気付く事がある。
ー私は、お母さんに頭を撫でてもらった事があったかなぁ?ー
******
ゼロクシア王国の最北に位置するデミトリア周辺の寒期は、ある日突然やって来る。毎年同じ辺りでやって来るから、前以ての冬支度はできる為困る事はない。ただ、数日前までは穏やかな天候だったのに、その数日後には雪が降り始め、それは止む事なくどんどんと積もっていき、そこから3ヶ月程は他領への行き来ができなくなってしまう。
そんな寒期が今年もやって来た。ピサンテに居た時は、窓が凍っていて部屋が寒くて目が覚めて、何よりも先に部屋を温める事からその日が始まる。カイリーさん達よりも早く起きてリビングを温めておかないと、その日は庭掃除をさせられたりもした。
それが、デミトリア邸では、魔法が作動して床が温かくなって部屋全体も温かい。
ただ、ルチア様は氷属性だからか、少し肌寒い位が1番過ごしやすいそうで、ルチア様の部屋だけは少し温度が低いんだそうだ。
『だから、その3ヶ月の間はエリックとも寝室は別にしてるの』
と、ルチア様は笑っていた。兎に角、これから3ヶ月は自由に外出する事もできないから、私はデミトリア邸でオリビアさんのお手伝いをしながら、エルトン様から魔法の指導を受けつつ、お父さんのノートで勉強をする日々を過ごしている。勿論、魔法陣を描く練習も続けている。特に、魔法陣を描く事は楽しい。最初の頃は歪だった円も、綺麗に描けるようになった──と思っている。そこに組み込まれる呪文の様な文字や模様は、簡単なモノから複雑なモノまで様々で、1日掛けても描ききれない魔法陣もある。
ーこんな複雑な魔法陣、一体誰が考えたんだろう?ー
そんな考えから
ーこれ、省略できないかな?ー
と言う思考になり、余裕がある時には魔法陣の組み方を変えてみたりもしている。
「それ、面白い発想だね」
勝手に魔法陣の組み方を変えたりしても、エルトン様が怒る事はなかった。
「魔法には無限の可能性があると思うから、色々と試して見る事は良い事だよ。危険を伴う可能性もあるから、魔法を扱う時は慎重にしないといけないけどね。だから、魔法陣の組み方を変えてみる事は良いけど、魔法を発動させる時は1人ではしない事」
「はい」
そう言って、エルトン様は私に自由に学ぶ事を許してくれる。そうすると、より一層学びたくなったり頑張ろうとする気持ちが大きくなるから不思議だ。
ー今迄は、言われた事だけをする毎日だったのにー
デミトリアに来てからの私は、嬉しい事や楽しい事が増えていく。ただ、嫌な事をされてばかりで良い思い出もなかったピサンテだけど、私だけ生き残って幸せになるのは、何となく後ろめたい気持ち?申し訳無い気持ち?があったりもする。
「あ、エルトン様、雪の積もる寒期にも魔獣が現れたりするんですか?」
ピサンテには魔獣が出現する事がなかったから知らなかったけど、魔獣は時々出現してはデミトリアの騎士団が討伐に向かう─と言う事があるらしい。
「寒さに強い魔獣も居るから、全く出現しないと言う事はないけど、寒期時の魔獣の出現率は他の時期よりも比較的低いのは確かだね。昨年は1回だけだったかな」
そうなると、親と縁を切ったお母さんや親の居ないお父さんのような人達にとって、魔獣が出現する辺境地の中では、ピサンテはある意味住みやすい所だったのかもしれない。




