2 私の日常
この国、ゼロクシア王国では、18歳で成人と見做される─のは殆どの場合が貴族で、平民では10歳にもなれば、親の手伝いや生活の為に働く事も珍しくない。私の場合もそうだった。
『5年も世話をしてあげたんだから、これからは私達に恩返しをしなさい』
私が10歳の誕生日を迎えると同時に、カイリーさんにそう告げられて、私の生活は更に一変する事になった。家中の掃除や料理、庭の手入れや家庭菜園の世話を、私1人でする事になった。流石に、10歳で直ぐに外に働かせるのは外聞が悪くなるからなのか、私を外で働かせる事はせず、カイリーさんは週5日の仕事は続けていた。
真っ先に外で働かされると思っていた私にとっては、意外な事だった。でも、家での仕事の方が大変だった。働いても働いてもお金が貰えないどころか、気に入らない事があれば、食事を抜かれたり部屋に閉じ込められたりしたから。
ー私は、“ただで雇った使用人”なんだー
私を外で働かせなかったのは、こう言う事だったのだと思い知る。私が倒れようとも、私を気にかけてくれる人も心配してくれる人も居ないから。
「おかあ……さん………」
今でも、お母さんの最後の顔を覚えている。泣きそうな顔だった。お母さんの笑顔は忘れてしまったのに、あの時の顔だけは未だに覚えている。お母さんは、あの時、既に私を捨てて帰って来るつもりがなかったのか。それとも、ただ単に病気の私を心配していただけだったのか。あれから5年。何の音沙汰も無い。それでも、まだ、お母さんが帰って来るかもしれないと言う淡い希望を持っている。『ごめんなさい』と言って、私を抱きしめてくれるお母さんを───
ある意味、カイリーさんには感謝している事もある。私に家事全般を押し付ける為だったとしても、私に料理や教養を身に付けてくれた事。新聞や本も読めるお陰で、田舎暮らしの私でもそれなりの世情を知る事ができている。流石に、王都からはかけ離れた領地に住んでいるから、流行りには疎いところはあるけど、貴族と関わる事のない私にとっては、取るに足らない事だ。“国王が〇〇した”“王太女が指名された”王都での情報は、それぐらいあれば十分だ。
この国には、双子の王子と王女が居る。この国は、基本的には第一子が性別関係無く嫡子となるけど、能力云々で、違う者が跡取りとなる事もよくある。双子の王女が姉だったから、王女が立太子した事は慣例に倣ったものだろう。
13歳になると、貴族平民関係無く学校に通う権利が与えられる──のは建前で、入学金や授業料を考えると、平民にとっては難しいところがある。それなりに潤っている領地では、領主からの援助を受けて入学する平民や、領地運営の学校に通う平民も居るけど、私の住んでいる領地にはそう言う制度は無い。学校に通うとなると、2つ離れた領地にある学校に行かなければならない。行けたとしても、寮生活になる為、金銭的な問題もあり、私がその学校に行く事はないだろうし、カイリーさんの娘も行けないだろうと思っていた。
「ジェイミー、貴方の入学が決まったわ」
「お母さん、本当に!?」
「………」
正直、驚いた。流石に、王都にある国立の学校ではないけど、2つ離れた領地の学校に行ける事になったカイリーさんの娘のジェイミー。彼女は、ピンク色の髪と瞳で可愛らしい女の子で、誰からも好かれている。しかも、平民では珍しく火属性の魔力を持っている。幼い頃は、同じピンク色の髪と瞳の私とは、よく姉妹か?と訊かれたりしていた。
ー性格は何とも言えないけどー
兎に角、一体どこにそんなお金があったのか。普段の金遣いを考えると、学校に行く為に貯金していたとは思えない。
「ジェイミーは魔力があるでしょう?だから、国からの援助を受けられる事になったのよ。お金が掛かるのは寮だけなのよ」
「なるほど」と思う反面、「それでも」とも思う。どちらにしろ、学校に行くのはジェイミーだけ。ジェイミーが寮生活をすると言うのなら、お世話をする人が減ると言う事で、私にとっては良い事なのかもしれない。ジェイミーからの嫌がらせを受けずにも済む。
ー少しはゆっくりできる時間ができるかもー
と、その時の私は楽観的になっていた。
*****
「お母さん、本当にお金は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。ジェイミーが気にする事はないわ。貴方を学校に通わせる為に、残りの宝石を売ったからね。貴方を学校に通わせても、まだまだ余裕があるわ」
ー“残りの宝石”?ー
夜に喉が渇いて水を飲みにキッチンに行った後、部屋に戻る途中で2人の会話が耳に入った。
「本当に、腹立たしい女だったけど、失踪してくれたお陰で良い生活ができたうえにジェイミーを学校に通わせる事ができるんだから、感謝はしなきゃね。ふふふっ……」
ーまさか……ー
私は、2人に気付かれないように急いで部屋に戻った。




