16 視察団
視察当日は、朝早い時間から始まった。
視察の日程は5日。ピサンテ村を含めて、その周辺の視察もするらしく、視察メンバーはその間はデミトリア邸で過ごす事になっているそうだ。そのメンバーと言うのが凄かった。
「アラール殿下、グリンデルバルド様、ようこそいらっしゃいました」
「出迎えありがとう」
アラール殿下─ゼロクシア王国の第一王子様。
グリンデルバルド様─は、今の国王の弟で大公様だったっけ?ピサンテ村の視察とは言え、辺境伯領と関わりがあるから、王子様と大公様と言う高貴な人達が視察にやって来たのかもしれない。そんな人達に同行するのは……正直辛い………。何を言っても何をしても不敬になりそうで怖い。
「…………」
「大丈夫だよ」
「あ……ごめんなさい」
私にそっと声を掛けてくれたのはロイド様。ルチア様とエリック様の子息で、私にとても良くしてくれる“優しいお兄ちゃん”の様な人だ。王都の学園を卒業して、今はデミトリアで辺境騎士の訓練生として頑張っているロイド様。王子様とは同級生で、学園では友達として接していたそうだ。そう言う関係で、ピサンテに行く時は、ロイド様も一緒に来てくれる事になった。
視察メンバーの出迎えが終わると、ルチア様とエリック様はメンバーと一緒に応接室へと移動して、私はオリビアさんと調合室に向かった。
「ティニーのお父さんは、独学で薬草の知識を身に付けていたみたいだけど、お貴族様の名ばかりの薬師よりも素晴らしい薬師よ」
「そうなんですか?」
微かに残るお母さんから聞いたお父さんは、護衛のような仕事をしていた。だから『お父さんはとても強い人だったのよ』と言っていた。
それが、ピサンテの家から持ち帰って来たお父さんのノートには、薬草や調合についてビッシリと書かれていて、薬師のオリビアさんが驚く程の内容だった。
「臨床試験をしてみる価値のものまであるのよ。これが上手くいけば、副作用をかなり抑える事ができるわ」
そんなお父さんが流行り病で亡くなったのだから、少し複雑な気持ちにはなるけど、お父さんの事を知りたいと言う気持ちが強くなり、オリビアさんにお願いして、薬師のお手伝いをさせて欲しいとお願いすると、オリビアさんは快く受け入れてくれた。
『“何かをしたい”と言う気持ちは大事な事であり、大切にすべき事よ。知らなかった事を知ろうとする事も大切な事よ』
だから、私は今、週3日の魔力の訓練と、時間がある時にオリビアさんのお手伝いをするようになった。少し前の私は、1日の時間が足りない程忙しくて自分の時間なんてなかった。毎日必死で生きていただけだった。未だに自分の名前が思い出せないし、記憶が曖昧なところもあるけど、心は少しずつ元気になっている。
*ロイド視点*
視察の為に訪れたアラールと会うのは、学園を卒業して以来だ。アラールは、多少上から目線(目上の立場なのは事実だけど)な視線と物言いはあるが、根は優しい人だ。ただ単純過ぎるところが、王太子となれなかった理由の1つなんだろうと思う。
そのアラールと一緒に来たのは、まさかのグリンデルバルド大公だ。予定では内政官の1人が同行するとあったが、急遽大公が同行する事になったそうだ。元騎士団の副団長と言う事もあって、母と同じ様な威圧感がある。そのせいか、ティニーがフルフルと震えている。
「大丈夫だよ」
「あ……ごめんなさい」
俺が声を掛けると、少しだけ表情が和らいだように見えた。ティニーはあまり表情が変わらない─と言うより、表情や気持ちを表すのが苦手なようだ。それも仕方無い。今迄の環境が酷かったから。ティニーは今でも母親を待っているようだけど、正直、俺はその母親の事が気に食わない。幼い我が子を見捨てるなんて有り得ない。しかも、ティニーは可愛くて良い子だ。俺は、こんな可愛い妹が欲しかった。だから、いくらでも俺に甘えてくれたら良いのに。
「ロイド、貴方も応接室に来なさい」
「分かりました」
出迎えの挨拶が終わると母に呼ばれ、俺も応接室に行く事になった。
「それじゃあ、ティニー、また明日ね」
「はい。明日は宜しくお願いします」
微かに表情を緩めたティニーの頭をポンポンと叩くと、ティニーの顔が少しだけ赤くなる──のが可愛くて、ついつい頭を撫でてしまう。そんなティニーの去って行く背中をニコニコして見送っていると
「あの子が、ピサンテ村唯一の生存者?」
「そうです」
声を掛けて来たのはアラール。
「あんなにも幼い子が……不思議だね」
「一体何が言いたいんだ?」
「ただ、本当に運が良かったなと思っただけだよ」
と言いながらも、アラールの目はそうは言っていない。何を疑っているのか訊くまでもないし、思い違いも甚だしいところだが、相手は王子様だし、母も父も大公様も居るから口には出さない。
「兎に角、これから5日間、宜しく頼むよ」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
この5日間、平穏に過ごせるように祈るばかりだ。




