一致団結
「いっち、にー……いっち、にー」
タズハの掛け声を合図に、四人は歩幅を合わせて森の中を進んでいた。
彼女らの両手には太い枝。
一本の枝を二人が前後に分かれて持っており、隣の枝との間に張られた革の上には黒い獣が横たわっている。
ロロネとミスティの紐つき革袋をバラし、二本の枝に取り付けることでこしらえた即席の担架であった。
なお、二人の荷物は、それぞれタズハとランラの革袋にまとめられている。
「も、もう限界……」
「わ、わたしも……」
「頑張ってください、恐らくもう少しですから」
「そだね、間違ってなければそろそろ――あ、ほら、あそこ!」
タズハが木々の間を指差す。
その先にあったのは、自分たちが乗ってきた船。
方向が間違っていなかったことに心からほっとする。
「ほら、行くよ! いっち、にー……いっち、にー」
そうして森を抜け、砂浜を歩き、船のもとまで来たところで、タズハたちはイノシシを乗せた担架を落とすようにして置いた。
それと同時、ミスティとロロネが座り込む。
「もう力入らないわ……」
ミスティは顔の前で両手を震わせていた。
その隣ではロロネが両膝の間に顔を埋め、全身で呼吸している。
一方、ランラは見た目以上に体力があるようで平気そうだった。
それはもちろんタズハも同じ。
疲れを感じてはいるが、まだまだ動ける。
「すみませーん!」
タズハは口に両手を添え、大きな声で言った。
『はーい』と返事があり、少ししてデッキに現れたのは試験官の女性兵士。
「どうかされまし――」
こちらを見た瞬間、彼女は目を大きく見開いた。
一瞬の間を置いて顔がみるみるうちに青くなっていき、転がるようにしてタラップを降りてくる。
「これはどういうことですか?」
ランラの問いに兵士は肩を跳ねさせた。
イノシシを見て、ランラを見て、もう一度イノシシを見てからタズハたちを見ると、直角に腰を折る。
「ももっ、申し訳ございません!! その、お怪我などは!?」
「こちらのタズハさんが仕留めてくださったおかげで誰も」
兵士はほっと息を吐いた。
万が一にも怪我人が出てしまっていたら、試験どころではないからだろう。
「それで? なぜ、ここにイノシシがいるのですか? あなた方が事前に駆除しているから安全ということでしたが」
「あ、えっ、も、申し訳ございません」
「わたしは謝罪を求めているのではなく、理由を聞いているのですが」
口調こそ淡々としているが、ランラの目は鋭く、怒っているのが見て取れた。
タズハは彼女に優しそうなほんわかお姉さんという印象を抱いていたため、そのギャップに少し怖くなった。
「申し訳ございません……そ、その、駆除に漏れがあったようで」
ランラは大きく溜め息を吐くと、兵士を見下ろす。
「そうですか。獣の駆除すら満足にできないとは……あなたたちにはがっかりです」
キツい物言いに兵士はビクッと身体を震わせると、俯いてしまった。
落ち度は兵士にあり、危険な目に遭うかもしれなかったランラには彼女を責める権利はあるのだが、それをわかっていても少しかわいそうだと感じた。
「まあ、それくらいにしておきなさい。別に彼女一人の責任ではないでしょうし、タズハのおかげで何事もなく済んだんだから。それにわたしたちはミスを責めにきたわけじゃないでしょ」
自分と同じように思ったのだろう、ミスティがランラを宥めた。
危険な目に遭ったのはミスティであり、そんな彼女がそう言うなら従うしかないというもの。
ランラは不満を吐き出すように息を吐くと、「そうですね」と答え、タズハとロロネはほっと胸を撫で下ろす。
「聞きたいことがあるのですが」
「は、はい」
「以前ここに駆除に来られた際、どのような動物を駆除したか覚えてますか?」
「えっ、あ、はい。この島ではイノシシだけです」
「ということは肉食獣のような、積極的に人を襲う動物はそもそもいなかったと?」
「はい、一匹も確認しておりません」
「それは何より。では、わたしたちはこのままこの島で試験を続けさせてもらいたいのですが、構いませんか?」
獣が出てしまった以上、この島に危険がないとは言えず、安全性の観点から自分たちは一旦王都に帰されることになる。
その後は、他の島で試験を受けているグループに一人ずつ混じることになるだろう――と、イノシシを倒した後にランラが今後の予想を口にした。
せっかくミスティとも仲良くなれて、一致団結できたばかり。
そんな事態を避けたかったタズハは三人に提案した。
――他にイノシシがいたとしても、本来は積極的に人間を襲う動物じゃないし、火を灯せば動物は寄ってこない。だからそんなに危険じゃないし、このままこの島で、この四人で試験を続けよう。
タズハに恩を感じているからか、それとも一緒にいたいと思ってくれているからか、ロロネとミスティはすぐに。
ランラは『獰猛な獣が生息していないことが確認できた上で、兵士から許可をもらえたら』と条件つきで頷いてくれていた。
「えっ、と、それは……」
兵士は顔を引き攣らせた。
いくら本人たちが望んだとしても、その身にもしものことがあったら責任は免れないからだろう。
兵士からすれば、一刻も早く王都に連れ戻したいに決まっている。
そんな彼女にランラがずいっと身を寄せ、何かを伝えたかと思うと、ほどなく兵士は渋々と言った様子で頷いた。
「……では、万が一の時のためにせめてこちらを」
「わかりました。お借りします」
ランラは兵士から剣を受け取った。
もしもまたイノシシと遭遇したら、これで何とかしろということだろう。
何にせよ、これで試験は続行できる。
「よし、じゃあ行こっ!」
タズハは先ほどと同様、担架の右前に当たる部分の枝を持つ。
それに他の三人も続き、「せーの」で担架を持ち上げる。
「じゃあ、失礼します」
タズハは兵士に軽く頭を下げると、「いっち、にー」と掛け声を上げ、それを合図に一行は海岸を進んでいった。
☆
一時間ほどかけて、タズハたちは見つけた小川に戻ってきた。
乾いた喉を潤し、乱れた呼吸を整えたところで、ミスティは地図を広げ、ランラは腰に剣を提げる。
「――じゃ、行ってくるわ」
「うん。何かあったら大声で知らせてね」
「ええ、そちらも」
そして二人は小川を上っていった。
拠点用の洞穴を探すためである。
船の中でした作戦会議にて、雨対策に屋根は必須という考えに至り、ランラがそれを探す担当だった。
先ほどミスティにそれを伝えると、「ならわたしも」と手を挙げてくれたので、二人にお任せしたというわけだ。
またイノシシと遭遇するかもしれないことを考えると、本当は対処できる自分が行くのが一番よかったのだが、タズハには自分にしかできない重大な任務があった。
そう、皆で運んできたイノシシの解体だ。
ちなみにロロネは火担当で、今は近くで薪を拾っている。
「よーし!」
タズハはイノシシの前に両膝を突くと、慣れた手つきでナイフを入れていく。
その目にはもう食料にしか見えておらず、タズハの胸は高鳴っていた。
☆
お日様と入れ替わるように、お星様がその顔を見せ始めた頃。
ランラとミスティが見つけた洞穴に移動したタズハたちは焚き火を囲んでいた。
「はい、ミスティちゃん」
タズハはお皿代わりの大きな葉っぱ、焼きキノコの隣にイノシシ肉の串焼きを置くと、ミスティに差し出す。
味付けは両方とも海水から抽出した塩だけである。
「あ、うん、ありがとう」
それをミスティは何とも微妙な表情で受け取った。
彼女は貴族。
家では毎日、熟練の料理人による繊細で上品な料理を口にしていたはずで、このような粗雑な料理は見ることすらほとんど初めてだろう。
抵抗感を示すのも無理はない。
そんなミスティとは対照的に、タズハとロロネの顔は光に照らされたかのように輝いていた。
「じゃ、食べよう!」
言うが早いか、タズハはイノシシの心臓を頬張った。
ちなみに内臓以外の肉は保存のため、焚き火の上に吊るし、煙で燻している。
「んー!」
ほどよい弾力で、噛むたびに濃厚な旨味が溢れる。
下処理をしっかりしていたおかげで獣臭さはほとんどない。
豚や鶏と比べると多少の野生味は感じるが、それが却ってクセになる。
干し肉じゃないお肉なんていつぶりだろうか。
そのジューシーさにタズハの頬は緩み切っていた。
そしてそれは隣のロロネも同様。
「あら、思ったより全然?」
「ええ、むしろ美味しいわ」
ランラとミスティは口に手を当て、目を丸くしていた。
自分が仕留め、解体し、調理まで行った料理を褒めてもらえた。
美味しいやら嬉しいやらで、喜びでいっぱいになったタズハはニマニマしながらお肉にかぶりついた。
「――それで二人はどうして王妃選抜試験に参加を?」
ある程度、お腹が膨れたのだろう。
それまで食べることに集中していたミスティが、対面に座っているタズハとロロネに問いかけた。
ランラが含まれていないのは、きっと洞穴を探している最中に本人から聞いたのだろう。
ちなみにランラが参加した理由は、お金や権力に惹かれてだと船の中で聞いており、タズハたちも自分が参加した理由を話していた。
タズハはお肉をもぐもぐごっくんとして、串をお皿代わりの葉っぱに置く。
「うんとね、わたしは――」




