二次試験の行方
青々とした草が一面に広がる広野の中。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
王都から西へ伸びる街道を、タズハは七割ほどの速さで走っていた。
後ろに人の姿は見えない。まさに独走である。
「わぁ!」
緩やかな坂を上がると、街道から少し逸れたところに色とりどりの花が群生していた。
その光景はとても綺麗で胸が弾んだ。
しかし、花に心を奪われるほど、タズハは乙女ではない。
「んぐっ、んぐっ、ぷはーっ!」
水筒で水分を補給すると、さっそく目当ての花を探し始める。
「あった! これだ!」
ほどなく、花弁が青く透き通っている花――ハカナイを見つけたタズハは、遠慮なく摘み取った。
次いで懐中時計を確認すると、スタートから25分が経っていた。
余力を残してこれなので、帰りは飛ばせば15分で戻れる。
計40分でぶっちぎりの一位。
鍛錬を積んだ兵士よりも20分も速いとなれば、見る目を変えてくれるに違いない。
「これだけ運動が得意な猫人族たちを使わないのはもったいない! 彼らに仕事を与えよ!」
ゼイナスの声を真似たつもりの低い声で、そうなったらいいなと願望を口にすると――
「いっそげ、いっそげ!」
それを現実にするためにも、タズハは気合いを入れ、来た道を全力で戻っていった。
☆
遠くに王都を囲む城壁が見えてきた頃。
「ん?」
街道の真ん中で立ち尽くす、身なりからして貴族の少女が目に入った。
そんな彼女を真似るかのように、その後方では数人の令嬢がお互いに距離を取りながら立っている。
皆、試験開始前に西門にいた娘たちだ。
すなわち王妃選抜試験の参加者ということになる。
(あんなことしてて間に合うのかな?)
まあ、通過者が減れば減るほど自分が注目してもらいやすくなるし、そのほうがいいか。
そんなことを考えながら、タズハは整備された街道から少し逸れた。
真正面からすれ違おうものなら、何かイチャモンをつけられると思ったからだ。
「――ご機嫌よう、獣人さん」
予期せぬ声に、タズハの身体がビクッと跳ね、尻尾と耳がピンと立つ。
反射的に顔を向けると、街道にいたはずの貴族の少女が笑顔で立っていた。
高そうな靴は泥で汚れてしまっている。
「あ、は、はい、こここっ、こんにちは」
そうまでして言いたいことがあるらしい。
タズハは浴びせられるだろう暴言に怯えつつも、礼儀として挨拶を返した。
すると、少女の目線は下に向かう。
「そのお花、とってもお美しいですわね」
それを聞いて、タズハははっとした。
摘んできた花を急いで背中に隠したが、そんなことをしても無駄で。
「それ、わたくしにくださらない?」
少女はニコリと微笑みながら、ストレートに寄越せと言ってきた。
「え。い、嫌です……」
取りに行くのは嫌だが、花は必要だ。
ならば花を取ってきた者から奪ってしまえばいい。
実に貴族らしい考え方だが、奪われる者からしたらたまらない。
当然のように要求を拒むと、少女は腕を組んで視線を斜め上に。
「そう言えば、あの獣人たち、いつまであそこに居座るつもりなのかしら。いい加減、目障りなのですけれど」
そうしてそんな突拍子もないことを言い出した。
独り言というていなのだろう。
タズハの返事を待つことなく、「そうですわ!」と一人で話を続ける。
「王位が引き継がれ、今は改革の時。手始めに、放置していた獣人たちをいい加減追い出すよう、お父様からゼイナス様に言ってもらいましょう。ええ、それがいいですわ!」
「えっ……」
胸がバクバクと音を立てる。
これはただの脅しだとわかっている。
でも、もしも本気だったら?
彼女の父が、ゼイナスに意見できるレベルの階級だったら?
「……あの、これ、どうぞ」
タズハはハカナイの花を差し出した。
間違っても、同胞のみんなに迷惑をかけるわけにはいかなかった。
それに制限時間まではまだまだ余裕がある。
花はもう一度取りにいけばいい。
ゴールが遅くなる分、身体能力の高さには気付いてもらえなくなってしまうが、それは今後の試験でアピールすればいいのだから。
「まあ、くださるの? ありがとうございますわ!」
少女はひったくるように花を取ると。
「それではご機嫌よう」
用は済んだと言わんばかりに、さっさと去っていった。
「はぁ……」
大きな溜め息を一つ。
そうして不満を吐き出すと、顔をぶんぶんと左右に振った。
「さて!」
へにょんとしていた耳がピンと立つ。
気合い充填完了――タズハ号、発進!
☆
時刻は13時50分過ぎ。
今さら急いだところで評価は変わらないだろうと、もう一度ハカナイを摘んだタズハは、ゆったりとしたペースで西門に向かっていた。
「ん?」
その時、こちらに向かってきている黒髪の少女が目に入った。
疲れ切っているのだろう、その足取りはふらふらと頼りない。
(大丈夫かな?)
いつ倒れてもおかしくなさそうで、少し心配に思っていると――
「えっ!?」
その女の子は本当に倒れ込んでしまった。
大変だ! と、タズハは彼女のもとに。
「だ、大丈夫ですか!?」
「はぁはぁ……は、はい」
意識があることにほっとしつつ、タズハは手を貸して少女を座らせた。
そこではじめて少女の姿が明らかになる。
胸元まで伸びた黒い髪はボサボサ。
倒れたせいで土まみれの七分袖のシャツと長ズボンには穴やほつれが目立つ。
頬は瘦せこけており、身体は服の上からでもわかるほどやせ細っている。
その貧相さは難民であるタズハといい勝負だった。
そんな彼女は肩を上下させて、荒い呼吸を繰り返している。
顔も青白い。
「あ、あの、これ、わたしが口つけちゃってるけど、それでもよかったら」
タズハはリュックから取り出した水筒を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
少女は抵抗を示すことなく、水筒を傾けた。
よほど喉が渇いていたのか、見た目に見合わず豪快な飲みっぷりだ。
「はぁはぁ……ありがとうございます。助かりました」
少女はタズハに水筒を返すと、よろよろと立ち上がる。
「このお礼はまたいつか必ずします。ごめんなさい、わたし急いでるのでこれで」
「ちょ、ちょっと!」
タズハは走り出した少女の手を慌てて掴んだ。
今から花を取りにいっても間に合わないし、何より走れる状態ではない。
「な、なんですか?」
「あの、もう諦めたほうが……。無理したら、また倒れちゃいますよ?」
「心配してくれてありがとうございます。でも、ここで諦めるわけにはいかなくて」
「ど、どうして?」
タズハがギュッと掴んでいるからだろう。
少女は抵抗を諦め、こちらに向き直った。
「わたし、貧民街に住んでるんです。そこにいる人たちはみんな働きたいと思ってるんですけど、たまにしかお仕事を回してもらえなくて……。だからみんなお金がなくて、いつもお腹を空かせてて」
「……それを何とかするために?」
「はい。この王妃選抜試験で最後のほうまで残れれば、陛下と直接お話しできるんじゃないかって。そこで、どうかお仕事をくれませんかって一生懸命お願いすれば、もしかしたらって思って」
タズハは驚きに目を見開いた。
自分と境遇がそっくりだったからだ。
これまでの彼女の辛さが、そしてこの試験にかける思いが、痛いほどわかった。
タズハは懐中時計を見る。
目を閉じて計算する。
「こっちへ」
「えっ?」
タズハは少女を連れ、街道から大きく外れた。
そうして人の目がなくなったところで、ハカナイを差し出した。
「これ、あげます」
「はっ? えっ? ど、どうして?」
「わたしもあなたと一緒だから、放っておけなくて!」
「一緒って……あっ」
少女の視線はタズハの耳を向いていた。
猫人族が置かれている状況を知っていたのだろう。
「だから、ほら!」
「で、でも、それだとあなたが……」
タズハは強引に花を握らせると、笑みを浮かべる。
「大丈夫です! まだ時間はあるので、もう一度取ってきます!」
残り時間は約30分。
死ぬ気で走れば、ここから花の群生地までは10分。そこから西門までは20分でいける。
かなりギリギリだが、多分間に合う。
――いや、間に合わせる。
「……本当に、いいんですか?」
「うん、どうぞ! お互い、頑張りましょうね!」
「あ、あり、がと、ございます」
涙交じりのお礼に笑顔で頷くと、タズハはすぐに走り出した。
☆
14時28分。
制限時間の二分前。
「はっ、はっ、こひゅー、こひゅー……」
王都の西門前、そこに立つ右から二番目のメイドの前で、タズハは浅い呼吸を繰り返していた。
メイドの手には、花弁が青く透き通った花が。
「おめでとうございます。タズハ・キャッティ様、二次試験突破です」
「あ、ありがとうございます!」
「では、懐中時計のご返却を」
「えっ、は、はい」
(これ、くれるんじゃないんだ)
少しがっかりしつつ、タズハは懐中時計を差し出す。
「三次試験の詳細につきましては、また後日にお知らせいたします。本日はこれにて終了です。ご参加いただきありがとうございました」
「ああ、いえ、こちらこそありがとうございました!」
タズハはペコリと頭を下げると、城壁に沿って歩き出した。
と、その瞬間――
「認めませんわ!」
耳をつんざく金切り声が聞こえてきた。
見れば、自分を恐喝したあの貴族の少女が、目の前のメイドに突っかかっていた。
お行儀が悪いのは承知で、タズハは耳をそちらに向ける。
「いくら喚かれても結果は覆りません」
「時間内に花を渡したのに、なぜ失格ですの!」
「ですから、花はご自身で取りに行かれたものでないと」
「キィーッ!!」
どうやらあの娘は自分から花を奪ったことがバレて、通過できなかったようだ。
しかし、どうしてあのメイドはそれを知っているのか。
タズハはあの時の様子をほわほわほわ~と思い浮かべ、やがて耳と尾をピンッ!
彼女の後ろには同じことを企んでいたであろう、貴族の少女がたくさんいた。
きっと、あの中に試験官が紛れていたのだ。
そうとしか考えられない。
(ベー、だ!)
タズハは気付かれないよう、貴族の少女に向かって少しだけ舌を出した。
そうしてスッキリしたのも束の間、貧民街の少女のことが気にかかった。
もしもあの場面を見られていたら、あの子も落とされちゃうんじゃないか、と。
(いや、お花を渡した時、近くに誰もいなかった! だからあの子は大丈夫!)
タズハはうんと頷くと、るんるん気分で帰路に就いたのだった。




