お花摘み
ニードヘレン王国の王都は港湾都市だ。
海に面している南側以外は、外敵の侵入を阻むため、分厚い石の壁で囲まれている。
猫人族たちの集落があるのは、北東門を出て少し南に下ったところ。
まだ暗いうちにそこを出発したタズハは今、革袋を背に城壁の外周をひたすら歩いていた。
今日は待ちに待った二次試験当日。
先日受け取った案内によると、西門前に集合とのことで、向かっている最中だ。
王都の中に入らず、遠回りしてまで城壁の外を歩いている理由は言うまでもないだろう。
「わっ」
西門までそろそろというところで、タズハの視界に大勢の人影が映った。
ざっと五十人前後、その全員が自分と同世代の若い女性だった。
まず間違いなく、二次試験の受験者だろう。
「……よしっ」
タズハは気合いを入れると、集団に近づいていく。
いくつもの視線を感じる。
思わず顔を向けると、ニヤニヤしながら話している二人組だったり、『うわ』と顔をしかめる女性だったりが目に入った。
やはり何度経験しても慣れないが、覚悟はしてきた。
(大丈夫!)
タズハは胸の前で両手を握ると、集団から少しだけ離れたところで立ち止まる。
そして寄せられる視線に負けないように、口を「んっ!」と引き結んだ。
時間の経過と共に、一人、また一人と同年代の女の子がやってきて、集団が百人近くまで膨れ上がったところで。
西門から兵士とメイドがぞろぞろと出てきた。
彼らは自分たちと向き合うように、綺麗に横並びになる。
それから遅れてやってきた、兵士たちの上官であろうひときわ立派な鎧を着た壮年の兵士が、彼らの真ん中に立った。
ほどなく、正午を告げる鐘が鳴り響き。
止むと同時、上官兵士が一歩前に出る。
「これより、皆様Eグループの王妃選抜試験二次試験を開始いたします。それに先立って、お渡しする物がございます。名前を呼ばれたら前に出てきてください」
そう言うと、上官兵士は後ろに下がり、入れ替わるようにメイドと一般兵士が前へ。
そしてメイドたちが各々、参加者の名前を読み上げていく。
もしも呼ばれなかったらどうしよう。
そんな不安が芽を出し始めたところで、
「タズハ・キャッティ様」
一番右のメイドさんが名前を呼んでくれた。
タズハはほっと息を吐くと、彼女のもとに。
「タズハ・キャッティ様でいらっしゃいますか?」
「はいっ!」
「では、生年月日と住所をお願いいたします」
メイドは両手で持った紙に視線を落とした。
裏に計算問題が書いてあることから、それは申し込み用紙に違いない。
恐らく、代理での参加を防ぐため、本人であるかどうかの確認を行っているのだろう。
タズハはもちろん本人なので問題ないが、それでもなぜか緊張はするもので、ドキドキしながら答えた。
「えっ、と、たっ、大陸歴354年の12月6日です。じゅ、住所は、王都城壁外の猫人族用一時的住居区域の中の、北西の水路に三番目に近いテント、です!」
「ありがとうございます、確認できました」
「では、こちらを」
メイドが言うと、隣に立っていた兵士が懐中時計を差し出してきた。
「あ、ありがとうございます!」
恐る恐る受け取ると、タズハは元の場所へ。
それから五分ほど経ったところで、全員に行き渡ったようで、再び上官兵士が前に出てきた。
「ではこれより、二次試験の詳細について説明します。試験の内容は花摘みです」
(お花摘み……?)
予想外の試験内容にタズハは目を丸くした。
他の参加者も驚いているようで、ざわめきが起きている。
「皆様には、これからハカナイという花を摘んできていただきます。ハカナイというのは、花弁が青色で半透明の花です。まあ、見ればすぐにわかるでしょう」
「えとえと、花びらが青くて半透明のお花、花びらが青くて半透明のお花、花びらが――」
頭に定着させようと、タズハは小声で何度も呟く。
緊張からか、『見たらすぐにわかる』という言葉は耳に入っていなかった。
「ハカナイは街道に沿って、西へずっと行った丘に生えています。それを二時間以内に私に提出できれば二次試験突破。参考までに伝えておくと、ここにいる兵士たちであれば往復一時間前後といったところです」
これから走らされるという事実。
それも、日々鍛錬している兵士が片道約三十分もかかるほどの長い距離。
さらに制限時間まで設けられている。
突然告げられた過酷な試練内容に、あちこちから困惑の声が上がる。
「馬鹿馬鹿しい。なぜ、このわたくしがそんなことをしなければなりませんの?」
「そうですわ。これが王妃を選ぶのに、本当に必要なことなんですの?」
そして、煌びやかなドレスを身に纏った貴族のご令嬢たちからは不満の声が。
「王妃の一番の仕事は、母子ともに無事出産を終えること。この二次試験では、その役目を果たせるだけの健康な身体や体力があるかを確かめるそうです。これは陛下がお決めになられたこと。ご不満があるなら、どうぞご辞退ください」
上官兵士が勝ち誇った顔で告げた。
視線が先ほどの令嬢たちに向けられていることから、日頃から鬱憤があったのかもしれない。
それでざわめきはピタリとやんだ。
ゼイナスが決めたことならば、文句を言うわけにはいかないからだろう。
それでもやはり試験の内容に不満はあるようで、皆、渋い顔をしていた。
そんな中でただ一人、タズハだけは心の底から喜んでいた。
タズハの目的は、自分たち猫人族の身体能力の高さをその目で見てもらい、有用だと思ってもらうこと。
この二次試験の内容は、身体能力をアピールするのに絶好の機会だからだ。
「何か質問がある方は?」
上官兵士がぐるりと見回す。
「いらっしゃらないようなので……十分後。12時30分から二次試験を始めさせていただきます。怪我などされませんよう、それまでに各自で柔軟体操を行っておいてください」
それを受け、皆、渋々といった様子で身体を動かし始める。
「いっち、にー、さん、しっ。にー、にー、さん、しっ」
もちろんタズハも。
身体を捻ったり、思いっきり伸びをしたりして、しっかりと身体をほぐしていく。
「――そこまで! 時間になりましたので、これより皆様Eグループの二次試験を開始いたします。制限時間は二時間後の14時30分です」
タズハは大きく深呼吸すると、ぐっと身体を屈める。
「では、王妃選抜試験二次試験――始めっ!」
上官兵士が言い終わると同時、タズハは足に貯めていた力を解き放った。
ザッ! と地面を蹴り抜く音に続いたのは、ビュンッ! と風を切る音。
勢いを殺さぬよう、必死に足を素早く入れ替えていると、前を走っていた少女たちが後ろへ流れていく。
「うわっ、ととっ……!」
足がもつれそうになりながらも、タズハの身体はぐんぐん前に。
身体と心の栄養が足りないことで、この国に来てからはろくに運動できず、身体は鈍りに鈍ってしまっていた。
その上、試験の開始時刻の都合上、今日は朝食をとっておらず、お腹は空っぽ。
それでも彼女の身体能力は同年代の人間族とは比べ物にならず。
「わっ! わたし、一番だ!」
気付けば、もう前に人の姿はなかった。
(よーし! このまま一番でゴールするぞ!)
タズハは足の回転を速めると、後続との差をさらに広げていく。
その遥か後ろ。
一部の貴族令嬢たちは、焦るどころか落ち着いており、歩きと変わらないほどの速度でゆっくり走っていた。
視線はタズハを含む先頭集団に向けられており――その口元は愉快そうに吊り上がっていた。




