タズハの訴え
数日後。
タズハは再び王城の客間にやってきていた。
そう、ゼイナスとの二回目の面談である。
「――なるほど、そうか」
「はい!」
話が一段落したところで、タズハは紅茶を口にする。
そしてちらっとゼイナスの袖を見た。
右の手首には変わらず、黄と水色のビーズで作られたブレスレットがあった。
タズハは「よし」と心の中で気合いを入れると、グイッと紅茶を飲み干す。
「陛下、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ」
「陛下はセシリアさんのことが好きなんじゃないですか?」
「ああ、そうだ」
「えっ……」
何てこともないように即答したゼイナスに、タズハは目を瞬く。
「じゃ、じゃあ、何でセシリアさんに選ばないって言ったんですか?」
ゼイナスは溜め息を吐いた。
それにタズハは一瞬怯むも、すぐに前のめりになる。
「彼女と結婚するわけにはいかないからだ」
「ど、どうしてですか?」
立場の違いからではないだろう。
であれば、そもそもこの王妃選抜試験にタズハは参加できていない。
タズハにはなぜゼイナスがセシリアを拒むのか、皆目見当もつかなかった。
「……私は王という者は、国と民のことを一番に考え、私情は切り捨てるべきだと考えている。それは民も同じように思っているだろう」
ゼイナスは紅茶を飲むと、続ける。
「だから王は民がするような恋愛結婚はできない。故に私はセシリアを選べない。もしも選べば民から反感を買い、国は傾くかもしれない。それに民衆から寄せられる声にセシリアは心を病んでしまうだろう。そうなっては、王妃として最も重要な健康な子を成すという責務も果たせない」
そこまで言うと、ゼイナスは悲しそうに笑った。
「まったく。あの時、出会っていなければよかったのだがな」
「陛下……」
タズハは顔を伏せる。
そして考える。
ただの予想を口にしていいのだろうか。
そもそも自分如きが、一国の王に意見していいのか。
タズハは悩んだ末、「んっ!」と拳を握る。
そんなの知ったこっちゃない、と言わせてもらうことにした。
だって、そんな考えは悲しすぎるから。
「陛下がセシリアさんと恋愛結婚をしたら、そのことに文句を言う人はいっぱいいると思います。でも、その人たちより、お祝いしてくれる人のほうがずっと多いと思うんです。だってみんな、この国や陛下のことが大好きですから」
家やお店の前で立ち話をしていた人たち。試験会場に集まった少女たち。
王妃選抜試験が始まってからというもの、タズハは多くの会話を耳にした。
その中に、ニードヘレン王国やゼイナスに対する不安や不満の声は当然いくつもあった。
でも、国やゼイナスを憎んだり、嫌っていたりする声は一度たりとて聞いたことがない。
国に恨みを持っていてもおかしくない、貧民街の住人であるロロネからもだ。
「それに王妃選抜試験でここまで残ってるってことは、それだけ優秀ってことですよね? そんな女の子が王妃になってくれるんだったら、国民の皆さんは安心して、反感を買うどころか喜ぶと思います」
視界の端でランラが頷いたのが見えた。
彼女も同じことを思ってくれたのだろう。
「あとあと、それでもし国民の皆さんから嫌なことを言われても、セシリアさんなら大丈夫です! だって侍女の人に悪口を言われてもへっちゃらだったんですから。そもそも、それを確認するテストだったんですよね?」
「……ああ、そうだな」
タズハの訴えに思うところがあったのだろう。
ゼイナスはタズハの言葉を嚙み締めるように、静かに目を閉じた。
でも、タズハの言葉はそれだけじゃない。
「それともう一つ言わせてください」
「何だ」
「陛下は国民の皆さんの幸せを願ってるんですよね?」
「ああ、当然だ」
「だったらそのためにも、陛下は好きな女の子と結婚しないとダメだと思います」
「なぜだ?」
「だって陛下はこの国で一番偉い人だから、その分影響力も強いじゃないですか? もし陛下が暗い顔をしてたら国全体が暗くなっちゃうし、反対に明るくしてたらみんな明るくなる。だからみんなを幸せにしたいなら、まず陛下が幸せになって、その姿をみんなに見せてあげないといけないと思うんです。そう、道しるべみたいに!」
ゼイナスがはっとする。
しばし、タズハを見つめたかと思うと、顎に手を当てた。
「道しるべ、か。……ふむ、一理ある」
「じゃあ!」
「……ああ。少し考えてみよう」
タズハはぱぁっと顔を明るくさせる。
部屋ではランラとノノイも満足そうに頷いていた。
☆
屋敷に戻ったタズハは、そのままセシリアの部屋に直行した。
「あ、お帰りなさい。面談、どうでした?」
タズハに気付いたセシリアが口角を上げる。
しかし、その目は笑っていない。
作られた、偽物の笑顔だった。
タズハはずんずんと進み、セシリアの目の前で止まると、彼女の両肩に手を置いた。
「ごめんなさい、セシリアさん。わたし、やっぱり王妃にはなれません。だってわたし、陛下のこと全然好きじゃないですし、子供を産みたいとも思わないですから」
そう言うと、セシリアはわずかに眉間に皺を寄せる。
はじめて見せた怒りの感情だった。
だが、それはすぐに消え失せ、悲しそうな顔に。
「そう、ですか……」
「はい。だから、王妃にはセシリアさんがなってください」
「えっ? ……いや、ですから、わたしは――」
「『選ばない』って言われただけで諦めちゃうんですか? セシリアさんの気持ちってその程度だったんですか?」
タズハの遠慮のない言葉に、セシリアは目を見開く。
少しして唇を噛み、手を握り込んだ。
その拳は震えている。
「わたしだって諦めたくありません! ……でもっ! あの人に迷惑をかけたくないから――」
涙を滲ませたセシリアをタズハはそっと抱き締める。
そして頭を優しく撫でた。
「大丈夫、大丈夫です。陛下は優しい人ですから、そんなことで迷惑だなんて絶対に思わないです。それにセシリアさんはまだ、陛下に想いを伝えていないですよね?」
腕の中でセシリアは小さく頷いた。
「なら伝えないと。セシリアさんがどれだけ陛下のことが大好きかをちゃんと。そうしたらきっと届くから。わたしを信じてください」
ゼイナスの『君を選ぶことはない』という言葉に、彼女は深く傷ついたのだろう。
何も返事はなかった。
でも、タズハは知っている――セシリアが強い女の子だということを。
タズハは知っている――セシリアがゼイナスを心の底から愛していることを。
だから心配はまったくしていない。
頭を撫でて、その時を待つ。
それから三十分ほど経ち――
「わたし、ゼイナス様に気持ちを伝えます!」
タズハから離れたセシリアの顔は凛々しかった。
タズハはぱっと顔を明るくして、言う。
「うん! それでもダメだったら、わたしが怒ってあげます! 陛下は間違ってますよって!」
「はい、お願いします!」
セシリアは笑った。
今度は偽物じゃない、本物の笑顔だった。
☆
一週間後。
タズハは王城の客間にやってきていた。
扉が開く音が聞こえてソファから立ち上がると、いつものようにカーテシーを。
「待たせたな。さあ、かけてくれ」
「はい、失礼します!」
タズハは腰を下ろすと、ゼイナスと共に、ランラが淹れてくれた紅茶で喉を潤す。
「さて、君に報告がある」
「はい!」
「色々考えた結果、私はセシリアを王妃に迎えることにした」
タズハは「わぁ!」と顔を輝かせた。
セシリアの願いが叶ったことが、自分のことのように嬉しかった。
「私がこの選択をできたのは、セシリアの言葉や家臣からの後押しも大きいが、やはり一番の決め手は君の言葉だ。だから、ありがとう」
「いえ! おめでとうございます!」
「ああ。……ふっ、悪いな、君を選んでやれなくて」
タズハは目をぱちぱちとさせると、満面の笑みを浮かべた。
「はい、本当に残念です! 代わりに、セシリアさんといっぱい幸せになってくださいね!」
「ああ」
その後、タズハが屋敷に戻ったタイミングで、眼鏡の男性から王妃選抜試験の終了が告げられた。
そうして結果が発表されると、セシリアがタズハに抱き着いた。
「ありがとう、タズハさん……! これも全部、タズハさんのおかげです」
「いえいえ。頑張ったのはセシリアさんですから。それより、おめでとうございます! いっぱい幸せになってくださいね」
「はい! 幸せになって、ゼイナス様を支えます! そして王妃として、タズハさんにこの国を好きになってもらえるように頑張ります!」
「うん! 期待してますね!」
セシリアは大きく頷くと、多くの侍女や兵士たちと屋敷を出ていった。
そして、その数時間後。
セシリアが妃となることが大々的に発表されたのだった。




