申し込み
十日後。
今日は王妃選抜試験参加の申し込み受付最終日。
タズハは試験にエントリーすべく、一人、王都の中を早歩きで進んでいた。
あの後、タズハは難民キャンプを歩き回り、十六から十八の女性に一人ずつ「一緒に参加しよう」と声をかけた。
人数が多ければ多いほど、自分たち猫人族の有用性が伝わりやすいと考えたからだ。
結果は見ての通り。
皆、もう今の生活から抜け出せる可能性を諦めてしまっていた。
さらに即位披露の場での出来事がトラウマになっているらしく、「もうあんな思いをしたくない」ということだった。
気持ちはわかる。
実際、今も侮蔑のこもった視線や嘲笑が絶えず寄せられていて、胸が締め付けられている。
本当に辛くて、もうテントに帰りたい。
(頑張れ、わたし! 負けるな、わたし!)
でも、それじゃあ何も変わらない。
これから先、何の希望も持てず、ただ生きているだけの人生はもう嫌だ。
だからタズハは挫けず、己を奮い立たせては前に進んでいく。
(あっ、あれだ)
広場に入ると、噴水の横に屋根部分にのみ布を貼った大きなテント――集会用テントがあった。
いくつもある受付会場のうちの一つだ。
その屋根の下にはたくさんの机と椅子が並べられており、若い女性が数人、紙に何か書いている。
きっと申し込み用紙だろう。
どうやら紙をもらって家で書いてくる形式ではなく、この場で記入してそのまま提出するタイプのようだ。
申し込み受付すぐは人がいっぱい集まりそうだからと、あえて最終日を選んでみたが、正解だった。
空いているし、これならすぐに書いて、すぐに帰れる。
タズハはさっそく集会用テントに近づくと、側に立っていた兵士のもとへ。
一度深呼吸してから、おずおずと話しかける。
「あの、す、すみません」
「はい」
「えっと、その、お、王妃選抜試験に参加したいんですけど……」
「そうですか。では、こちらをご記入ください」
獣人に対する偏見がないのか、それとも仕事として割り切っているのか。
どちらかはわからないが、その兵士は同じ人間族と接するように普通に対応してくれた。
嫌なことを言われなくてよかった、とタズハはほっと一息。
「はい!」
元気に返事をしてテントの中へ。
先客から離れた隅っこの椅子に腰を下ろし、受け取った紙に視線を落とす。
(えーっと)
まず記載されていたのは、王妃選抜試験の目的と概要について。
それに試験毎の大まかなスケジュールが続くと、氏名と生年月日、住所を記載する欄が現れた。
(住所かぁ……)
今のタズハには、ちゃんとした住所はない。
それでも敢えて言うのであれば、『王都城壁外の猫人族用一時的住居区域内、北西の水路に三番目に近いテント』といったところだろう。
果たしてこれでいいのだろうか。
タズハはむむむと考えた末、結局そのまま書いた。他に書きようがないのだから仕方ない。
(んん?)
『裏面に続く』という言葉に従い、紙を裏返すと、数字の計算問題が現れた。
これはどういうことだろう。
突然の出題に面食らい、タズハが目を瞬かせていると、
「――ちょ、すみませーん!」
突然大声が耳に届き、タズハはビクッと身体を震わせた。
耳と尾をピンとさせ、心臓をバクバクさせながら声のほうに顔を向ける。
斜め前にさっきはいなかった女性が座っており、顔は兵士に向けられていた。
「これ、記入しろって一体何を書けばいいんですかー?」
「そこに書かれている通りのことを」
「いや、あたし文字読めねーから聞いてるんですけど?」
「申し訳ありませんが、お答えできません」
「はぁ?」
「ご記入いただけないのなら、王妃選抜試験の参加はご遠慮ください」
女性がバンッと机を叩いて立ち上がる。
「じゃあ、最初から読み書きできる奴って言っとけよ。無駄な時間使わせやがって」
女性は小声でそう言うと、紙を握りつぶして去っていった。
(なるほど……)
一連のやり取りを見て、タズハは計算問題の意図を理解する。
読み書き計算ができない者はこの時点で振り落とされる。
つまりは一次試験も兼ねているのだと。
であれば、一つも間違えるわけにはいかない。
タズハは心の中で気合いを入れ、いざ問題に立ち向かう。
かつての祖国は教育制度が整っており、希望する子供は誰もが学校に通えた。
だからタズハも基本的な読み書き計算は学んでおり、これくらいの計算問題は何の問題もなく解くことができた。
(よし!)
念には念を入れての三回目の見直しもクリア。
ミスはない。
ふぅと息を吐いて立ち上がると、前に置かれた穴空きの箱に申し込み用紙を入れる。
そして兵士にペンを返し、ペコリと頭を下げると、周囲より寄せられる視線から逃げるように走ってその場を後にした。
☆
(まだかなー?)
自分の小さなテントの中、タズハは胸を弾ませながら試験の案内が来るのを待っていた。
未来に希望ができたからか、その顔は元気いっぱい。
四日後。
(だ、大丈夫だよね?)
申し込み用紙に不備がなければ、多分一週間くらいで次の試験に関する通知が来る。
そう思っていたが、受付終了から十日が過ぎても連絡はなく、タズハに若干の不安が生まれた。
(……いや、大丈夫!)
欄は全部埋めたし、計算問題も全部合っているはず。
連絡が来ないのは、参加者が多すぎて確認や連絡に時間がかかってるからに違いない。
タズハはそう前向きに考えることにした。
それから一週間が過ぎた。
未だ連絡はない。
(やっぱり人間族じゃないとダメってことかぁ……)
タズハはすっかり諦めモードだ。
期待していただけに落胆が大きく、昨日から溜め息が止まらない。
「寝よ……」
これからのことを想像すると胸が苦しくなる。
それを抑えるには夢の世界に旅立つ他なく、タズハは仰向けに倒れ込んだ。
と、その時。
「タズハちゃん、いるかい?」
外から聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
「あっ、はい、います」
返事をしつつテントを出ると、そこにいたのはよく面倒を見てくれていたあのおばさん。
タズハが挨拶する前に、おばさんは何か差し出してきた。
「兵士さんがタズハちゃんに渡すようにって」
それは丸められた紙だった。
「えっ!? これって!」
「確かに渡したからね」
会話する気力すらないのだろう。
驚くタズハに興味を示すこともなく、おばさんはそれだけ言って去っていった。
タズハはテントに戻ると、すぐさま紙の封蝋を剥がす。
これが試験に関するものであることは間違いないが、次の試験の案内であるかどうかはわからない。
落選の通知かもしれないのだ。
タズハは心臓をバクバクとさせながら、震える両手でいざ開封。
『二次試験のご案内』という文面が目に入り、耳と尾がピンッと立つ。
「やった……! やったやったやったー!」
これで二次試験に臨める。
タズハはひとしきり喜ぶと、一旦心を落ち着けてから続きをチェックする。
二次試験の内容は当日発表するとのこと。
日時は七日後の正午だ。
『あなたは〜』と書かれていることから、何グループかにわけて実施されるのだろう。
一番気になる試験内容はわからないが、何であれタズハがすることはたった一つ。
精一杯、力の限り頑張るだけだ。
「よし!」
タズハは胸の前で両手を握ると、ふんす! と気合いを入れた。




