レディへの道
四次試験から三日後。
タズハはテントの中で、今しがた兵士から受け取った紙を広げていた。
その両隣にはミスティとロロネが座っており、頬っぺたをくっつけるようにして一緒に紙を覗き込んでいる。
ミスティはもうすっかり元気そうだが、とはいえ快復したばかり。
『馬車での長時間の移動はまだ不安が残る』と侍女に言われ、確かに急いで帰る必要もないかと判断して、王都に留まることにしたそうだ。
そして昨日に引き続き、今日もタズハに会いに難民キャンプにやってきていた。
ロロネがいるのは、そんなミスティに誘われたからで、もちろん昨日も来ている。
連日お友達が遊びに来てくれて、タズハは嬉しい気持ちでいっぱいになり、ニコニコであった。
「――お屋敷で何するんだろう」
案内用紙によると、五次試験は十一日後。
王城近くの屋敷で、他の参加者とひと月ほど暮らすことになるらしい。
場合によってはさらに長引くこともあるそうだ。
書かれているのはそれだけ、何をするかはさっぱりである。
「ダンスとか? あっ、あと、淑女らしい振る舞いができるか確かめたりとかじゃないかな」
「そんなところでしょうね。ま、何にしてもドレスを用意したほうがいいわね」
タズハは目をぱちくりとした。
聞き間違えたかなと、ミスティの言葉を脳内でリピートする。
やっぱり間違いなんかじゃなく、タズハはあわあわする。
「ど、ドレスなんて、わたし持ってないよ!」
当然、買うお金もない。
「ああ、大丈夫よ。わたしのあげるから」
「えっ? そ、それはさすがにわる――」
「はい、そこまで」
さすがに悪いよ、と言おうとしていたら、ミスティに人差し指と親指で唇をつままれた。
「んぇっ?」
「わたしの分まで頑張ってくれるんでしょ?」
タズハはすぐに首を縦に振る。
「じゃあ、わたしもあなたにできる限りのことはしてあげたいわ。何せ、わたしのためにもなるからね。だから遠慮しなくていいの。わかった?」
少し考えて、もう一度頷く。
それでようやく、タズハの唇は解放された。
「ミスティちゃん、ありがとう!」
「それはこっちのセリフよ。ねっ?」
「うん! タズハちゃん、ありがとう!」
「ありがとう、タズハ」
笑みを向けてくるミスティとロロネに、タズハも「えへへ」と笑った。
「後は礼儀作法とかダンスとかだね」
「ええ、それもわたしが教えるわ。……ただ」
ロロネに答えると、ミスティは腕を組み、ごろんと後ろに寝転んだ。
「そのための場所がないのよねえ。わたしが泊まっているところはそんなスペースないし」
「ここじゃダメなの?」
「テーブルマナーはやっぱり机と椅子で教えたいし、ダンスにしても家の中の床と外じゃ全然感覚違うからね」
「へえ、なるほどー」
ミスティとロロネのやり取りに、タズハは首を傾げた。
はて、テーブルマナーってなんだ?
「うーん……」
考え事をしているようで、ミスティは目を閉じて唸り声をあげた。
タズハはそんなミスティの顔をじっと眺め、
(まつ毛長くていいなぁ)
などと考えていると、パチっとその目が開かれ、ミスティは身体を起こした。
「わたし、これから試験が始まるまで家を借りるわ」
「えっ、お家を?」
「そっ。だからタズハはそこでわたしと寝泊まり。付きっきりで礼儀作法やダンスを教えるわ」
タズハはぱっと笑みを浮かべる。
これからしばらくの間、ミスティとずっと一緒にいられるとなれば、嬉しくないわけがない。
「それでね、ロロネにお願いがあるんだけど」
「ん? なになに?」
「家を借りるとなると、金銭的にメイドは雇えないの。で、ティティルにはドレスの仕立て直しをお願いしたいから、家事とかする人がいなくって」
ティティルはミスティの侍女だ。
二十代中盤のお淑やかなお姉さんで、ミスティが食料を寄付してくれた日、彼女を迎えに来ていたので二人とも面識がある。
タズハにおいては、先日ミスティが倒れた時にも少し話した。
元から獣人に対する差別意識がないのか、それともミスティの友達だからか。
いずれにせよ普通に接してくれるので、タズハはいい人だという認識だった。
「そういうことならわたしに任せて!」
「ほんと? 悪いんだけど、お願いできる?」
「もっちろん! わたし、タズハちゃんのお手伝いしたいってずっと思ってたんだけど、何もできなかったから。力になれるなら、すごく嬉しい!」
心からの言葉なのだろう。
ロロネは花が咲いたような笑みを浮かべた。
「ロロネちゃん、ありがとう!」
そんな風に言ってくれたのが嬉しくて、タズハもまた笑顔でいっぱいに。
それにミスティも釣られ、テントの中には幸せが溢れていた。
「よし! じゃあ、これから借りられる家探してくるわ! 今日は手続きとかがあるだろうから、明日……そうね、昼の一時頃に迎えに来るから、それまでに色々準備しといてくれる?」
「わかった!」
「で、ロロネのところはその後行くわ。だから大体二時くらいになると思う」
「了解! 待ってるね」
「じゃ、わたしはもう行くわね。ロロネは?」
「あ、わたしも帰ろうかな。今日中に色々しときたいし」
「そっか、じゃあまた明日!」
そうしてこの日はお開きとなった。
☆
翌日、昼過ぎ。
「――ほ、本当にここ? わたし、これからこんなすごいお家で暮らすの?」
ミスティに案内された先にあったのは、二階建てで庭付きの邸宅。
想像していたよりも遥かに大きく立派で、タズハはビビり散らかしていた。
なお、貴族街の中では最小クラスであり、これよりも大きな平民の家はいくらでもあるレベルだ。
なので、一般的にはそこまで大きいわけでも、すごいわけでもないのだが、何せタズハは村育ちなので。
「そうよ。まあ、あなた、十日後にはこの何倍も大きい屋敷で暮らすことになるんだけど。さ、入るわよ」
苦笑していたミスティはタズハの手を取って、一緒に家の中へ。
そのまま中を案内してもらい、大量の布を手に何やら作業していたミスティの侍女――ティティルにも挨拶を済ませたところで。
「――さて」
ミスティはベッドの上に置かれていたドレス――真っ赤なドレスと淡い水色のドレスを手に取ると、タズハの身体に順に合わせた。
(すごーい、本物のドレスだ!)
タズハもやはり女の子。
ドレスには憧れがあった。
「あなたはどっち?」
「わたしは水色のほうがいいかと」
「やっぱそうよね」
ミスティはティティルに頷くと、タズハに向き直る。
「わたしたちは水色のほうが似合うと思うんだけど、タズハはどっちがいい?」
「あ、え、えっと……じゃあ、水色で!」
赤いほうは綺麗で、水色のほうはかわいい。
どっちも同じくらい素敵で、自分がこれを着るなんて畏れ多くて仕方がなく、選ぶに選べなかったので、二人の意見に乗っておいた。
「よし、決まりね。じゃ、わたし、ロロネを迎えに行ってくるから。ティティル、後はよろしくね」
「かしこまりました」
「あ、いってらっしゃーい!」
そうしてタズハはティティルと二人きりになった。
「では、まずは湯浴みを致しましょうか」
「あっ」
タズハは自分の身体を見回す。
服はボロボロ、髪はギシギシ。
一応、ミスティが迎えに来る前に水浴びはしてきたが、それでもこの立派な家には不相応な見た目だった。
タズハは少し恥ずかしくなりながら、頭を軽く下げる。
「……はい、すみません」
「いえ、謝ることでは。では、こちらへ」
「はい!」
そしてお風呂へ。
「ひっろーい!」
寝転がれそうなほど大きな浴槽に、タズハは目を輝かせていた。
こんなに大きなお風呂、ヌココ村どころか、近くにあった町でも見たことがない。
久しぶりのお風呂にワクワクしながら服を脱ぐと、身体を洗うために椅子へ腰を下ろす。
すると、真後ろに同じく裸になったティティルが立った。
「では、髪から失礼しますね」
「えっ? い、いや、そんな! 自分でやるから大丈夫ですよ!」
「いえ、そういうわけには。お嬢様と同じ対応をするよう申しつかっておりますので。それに試験の最中は毎日侍女に洗われることになるでしょうから、今のうちに慣れておいたほうがいいかと」
「え、と……じゃあ、お願いします」
「はい」
申し訳なく思いつつも、タズハは身を任せる。
毎日ミスティの髪や身体を洗っているからか、ティティルはとても手慣れている様子。
「お耳は触ってもよろしいですか?」
「は、はいぃ〜」
洗い方も上手で、そのあまりの気持ちよさにタズハは顔を蕩けさせた。
そうして至福の時間が終わると、ティティルから採寸をすると言われ。
下着だけ身につけて、タズハは身体のあちこちを測られた。
「――はい、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「あ、こちらこそありがとうございます! よろしくお願いします!」
ティティルはこれから、水色のドレスをタズハの背丈や体型に合わせて仕立て直してくれるのだ。
「ええ、お任せください。さて、ではこちらをお召しください」
タズハは首を傾げた。
ティティルが差し出してきたのは、赤色のドレス。
「え、と、これを今から着るんですか?」
「はい。これから試験までは毎日、ドレスで生活していただきます。ドレスは慣れるまで大変なので、少しでも慣れてもらいたいとお嬢様が」
「な、なるほど」
「全体的に大きくて着づらいかと思いますが、こちらは調整できないので、申し訳ありませんがご辛抱ください」
「あ、はい、わかりました!」
というわけで、赤いドレスを着せてもらったタズハは鏡の前へ。
「わぁ……!」
まるで絵本に出てくるお姫様のようだった。
そこに映っているのは間違いなく自分なのに、自分とは思えないほど素敵で。
タズハは顔を輝かせながら、身体を捻ったり、くるっと回ってみちゃったりして、さまざまな角度から鏡の中の自分を観察する。
「――えー! かわいいー!」
「おお、いいじゃない! 綺麗よ、タズハ!」
その時、ちょうどミスティがロロネを連れて戻ってきた。
二人はタズハのドレス姿を大絶賛し、それを受けてタズハもニマニマと。
嬉しくて楽しくて。
タズハは幸せの真ん中にいた。
「――では、わたしたちは行きましょうか」
「はい!」
その後、家事を教えるため、ティティルがロロネを連れて部屋を出る。
そうしてタズハはミスティと二人っきりに。
「さて、じゃあわたしたちも始めましょうか。まずは挨拶の仕方からね。ビシバシいくわよ!」
「うん、よろしく!」
笑顔で答える。
この時は知らなかった。
レディへの道がこんなにも過酷なものだとは。
「――足はこうだって言ってるでしょ!」
「――ステップが違う!」
「――ちがーう! ナイフはこう! もうっ! これで四回目よ!?」
「――また背中丸まってる! シャキッとしなさい、シャキッと!」
「ひいぃぃ! ご、ごめんなさーい!」




