気合い充填
無人島から帰ってきた翌日。
「はっ、はっ、はっ」
三次試験前と同じように、タズハはトレーニングとして難民キャンプの周りを走っていた。
前までは夜にお腹が減りすぎてしまうことを避けるため、昼の二時を告げる鐘が鳴ったら終わりとしていた。
しかし、今日は三時の鐘が聞こえてもなお走り続けている。
そうやって頑張る理由はただ一つ。
お友達であるロロネの願いも背負っているからだ。
これまでの試験も一生懸命頑張ってきていたが、それ以上に頑張るぞと、タズハは意気込んでいた。
「はっ、はっ、はっ――」
「あっ、タズハお姉ちゃーん!」
「ん?」
聞こえてきた声に顔を向けると、幼い少女がこっちに向かってきていた。
ヌココ村の一員で、現在は共に難民キャンプで暮らしている同胞の一人だ。
村にいた時はいつも笑みを浮かべているような明るく元気な女の子だったが、ここに来てからはそんな笑顔もなくなっていた。
もっとも、それは村民全員に言えることだが。
それがどういうことだろう。
今、少女の顔にはかつての笑みがあった。
「やっと見つけた! 来てっ! みんな待ってるよ!」
「えっ、ま、待ってる?」
「うん、ほら、早くっ!」
「あ、うん、わかった」
少女はニコリと微笑んで走り出し。
その小さな背中をタズハは首を傾げながら追う。
難民キャンプで最も大きい、支給された食料や日用品の保管用テントの前に同胞が勢揃いしていた。
タズハが近づくと一斉に視線が寄せられた。
子供たちは目を輝かせ、一方で大人たちは申し訳なさそうな顔をする。
一体何があったのか。
疑問に思いながら、大きく開かれたテントの入り口を見て――タズハは目を真ん丸にした。
かと思えば思いっきり口角を上げて、急いで中に。
「ミスティちゃん、ロロネちゃん! どうしてここに!?」
昨日ぶりの再会だ。
二人が来るなんてことは全く聞いてなかったので、それはもうびっくり。
「こんにちは、タズハ。ちょっとこれを届けにね」
ミスティが両手を広げる。
それに釣られてタズハの視線も大きく動き、ようやくテントの中の異変に気付いた。
「これは……」
野菜や果物、干し肉に干物――テントの中はさまざまな食料で埋め尽くされていた。
その量はひと月に一度の配給よりも多いほど。
タズハの目にはそれが金銀財宝の山のように見え、口をぽかんと開けたまま、忙しなく目を動かす。
「タズハ、無人島でわたしのこと助けてくれたじゃない? そのお礼よ」
「えっ……と、もしかしてイノシシのこと?」
「そっ。わたし個人のお財布からだから、この程度のお返ししかできないんだけど」
「えっ、いやいや、この程度って! というか、そのお礼だったらもうもらったよ?」
「『単独行動はなしでみんなで協力しよう』ってやつでしょ? あんなのお礼にならないわよ」
ミスティは苦笑いすると、タズハの手を握った。
「助けてくれたこと、本当に感謝しているの。だからせめて、これくらいはお礼として贈らせて。ねっ?」
「……本当にいいの?」
「もちろん! むしろ受け取ってもらえないと困っちゃうわ」
あれだけのことで、こんなにもたくさんもらっちゃって本当にいいのかな。
そんな思いはありつつも、タズハは素直に受け取らせてもらうことにした。
もう既にここに置かれているし、何よりヌココ村の皆のことを考えたら受け取る以外の選択肢はなかった。
「じゃ、じゃあ、もらっちゃうね? ……ミスティちゃん、本当にありがと!」
「どういたしまして。こちらこそあの時はありがとう、タズハ!」
「うん、わたしもどういたしまして!」
タズハはミスティと笑みを向け合う。
二人の様子にロロネも微笑んでおり、テントは優しい空気に包まれた。
「……タズハ」
聞こえてきた声に振り返ると、テントの入り口に村長が申し訳なさそうな顔で立っていた。
「そちらのお嬢さん方から話は聞いた。お前が王妃選抜試験に参加していること。見事三次試験を通過したこと。……そして試験に参加した理由が、ワシらのことを思ってでもあるということを」
タズハは王妃選抜試験に参加していることを誰にも話していなかった。
理由は単純。皆、気力を失っている中で、話に付き合わせることに気が引けたからだ。
唯一、同年代の女子数名には申し込む前に『一緒に参加しよう』と声をかけたが、彼女らもまさかタズハが本当に試験に臨んでいるとは思ってもいなかっただろう。
「そっか。……ごめんね、まだ手応えはないんだ。これからもっともっと頑張って、猫人族の底力をアピールするからもうちょっと待っててね」
タズハが申し訳なさそうに言うと、村長はそれ以上に申し訳なさそうな顔をする。
そして頭を下げてきた。
「……すまない。本当はワシら大人がこの現状を変えるべく、行動を起こさねばならなかったが、何もできなかった。そんなワシらに代わってお前は一人で頑張って……。情けない大人ですまない」
「……村長」
タズハは村長の両肩に手を置いて頭を上げさせる。
「お父さんが死んじゃってから、わたしのこと、村長やおじさんおばさんはいーーーっぱい面倒見てくれた。そのおかげで今のわたしがあるんだもん。わたしはみんなにすごく感謝してるし、余所の家の子をあんなにも面倒見てくれるなんてすごく優しくて立派な人たちだって思ってる。……だから、そんなこと言わないで」
村長はしばしの間を置いて目を手で擦ると、穏やかに笑った。
それは父が亡くなったばかりの頃、塞ぎ込んでいた自分に何度も向けてきてくれていたのと同じだった。
「……ありがとう、タズハ」
「うんっ! みんなお仕事をもらえるように、わたし絶対に活躍するから! わたしに任せて!」
「わかった。でも無茶はしないように。それと、何か手伝えることがあったら必ずワシに言ってほしい。どんなことでも力になろう」
村長が言うと、「わたしも!」「俺も!」と他の者が続いた。
その顔は村長と同じく晴れやかで、失われていた気力を取り戻したようであった。
「四次試験、さらに頑張らないといけなくなったわね」
そう言ったミスティに頷いた直後、誰かに服を引っ張られた。
ん? っと顔を向けると、そこにいたのはヌココ村で最年少の幼い男の子。
「タズハお姉ちゃん、お願い。僕にもご飯わけてほしいの」
「えっ?」
タズハは目をぱちくりとさせる。
なぜそんなことを言うのか、見当もつかなかった。
ほどなく、耳元でミスティの声が聞こえてきた。
「ごめん。タズハへの感謝や労いの気持ちは持ってほしかったから、タズハへの贈り物って強調したんだけど、それがよくなかったみたい」
なるほど、とタズハは頷いた。
この子はここにある食料全部、タズハ一人のものだと思っているのだ。
タズハは膝を折って男の子と目線の高さを合わせる。
「これはみんなのだから、ラクル君も遠慮しないでいっぱい食べていいんだよ」
「ほんとっ?」
「うん! じゃあさっそく何か作ってもらおっか」
「わーい! 僕、お腹ぺっこぺこ!」
タズハは優しく微笑んで、テントの外を見る。
「任せときな!」
「久々に腕がなるねえ!」
いつも調理を担当してくれている女衆が答えてくれた。
「よろしくね」と返すと、タズハたち三人は彼女らと入れ替わるように外に出る。
「ねっ、二人ともまだ時間ある?」
「うん、わたしはいくらでも」
「わたしは一時間後くらいに迎えが来るから、それまでは」
「じゃあ、それまでよかったらわたしのテントでお喋りしない? 小さいし、あまり綺麗じゃないけど、それでもよかったら!」
「おっ、いいわね! お邪魔させてもらうわ」
「わたしもぜひ!」
「やった! じゃ、こっち!」
そうして歩き始めてすぐ、タズハは気になることがあったのを思い出した。
「そうそう、そういえばロロネちゃんはどうしてここに?」
尋ねると、ロロネは反対側を向いた。
その先には、寄せられるお礼の声に一つ一つ答えているミスティの姿があった。
ロロネは自分に向き直ると耳元で囁く。
「ミスティちゃん、実は貧民街にも来てくれたの。それで、わたしたちにも食べ物くれたんだ」
「あっ、そうだったんだ。……ってそうだよね、ミスティちゃんだもん」
自分たちにくれたのだから、当然ロロネたちにもあげている。
ミスティの性格を考えたら、驚くことでもなかった。
「うん。わたしには普通に寄付って形だったけどね。だから、さっき無人島で助けてもらったお礼って言ってたけど、本当はわたしたちのことを心配してくれてのことだと思う」
「なるほど……ミスティちゃんらしいね」
きっと自分が受け取りやすいように、お礼という名目にしたのだろう。
ミスティは本当に優しくて素敵な子だなと、タズハは改めて思う。
そんな子とお友達になれたことを心から喜びつつ、いつか必ずお返ししようと心に決めた。
☆
五日後。
難民キャンプの中央、タズハは多くの同胞たちに囲まれながら紙を眺めていた。
これは先ほど兵士が届けてくれたもの――四次試験の詳細について書かれた案内用紙だ。
「四次試験は兵士との模擬試合みたい」
「模擬試合って、それはまた……」
「王妃に腕っぷしの強さなんていらないだろうにな?」
「まあでも、あるに越したことはないだろ」
タズハが四次試験の内容を言うと、あちこちからそんな声が上がった。
「えーっとね、いざという時に自分と子供の身を守れるだけの力があるかを見るらしいよ。まあ、目的はなんであれ、身体を動かす系でよかった!」
対人戦闘の経験はからっきしだが、不安はなかった。
狩りで命の奪い合いには多少慣れているし、何より身体能力では他の参加者の誰にも劣らないという自負があるからだ。
「それは確かにそうだな。……で、タズハちゃん。四次試験が模擬試合ってわかったからには、その特訓をしようって考えてるんじゃないかい?」
「うん。たった八日でどこまでできるかはわからないけどね」
タズハが苦笑いすると、屈強な男たちが顔を見合わせて頷いた。
「よかったらその特訓、付き合わせてくれねえか?」
「俺たちは軍にいたから戦闘技術は教えられるぜ!」
その申し出にタズハは目を瞬いた。
「いいの?」
「あったりめえよ!」
「タズハちゃんは俺たちのために頑張ってくれてるんだ。むしろ、このくらいは手伝わせてほしい」
「わたしにも何かお手伝いさせて!」
「あたしも!」
男たちに続き、同年代の女子も手を上げてくれた。
その他の者も『戦いの特訓相手は無理だけど、他に何かできることがあったら言ってね』と全面的に協力してくれる態勢だ。
「みんな……ありがとう! よろしくお願いします!」
これまで一人で頑張ってきた。
それは別に辛くはなかったが、やはり期待してくれる人がいるほうがやる気は出るというもの。
タズハは「んっ!」と気合いを充填し。
ロロネのことで120%になっていた気合いゲージがさらに上昇し、130%のラインを超えたのだった。




