決意
人間族による人間族のための国――ニードヘレン王国。
その王都を囲む城壁の外に、猫の耳と尾を生やした獣人たちによる集落があった。
彼らは猫人族。
祖国で起きた内乱により、身の危険を感じた彼らは故郷のヌココ村を捨て、隣国であるこの国に逃げてきた。
すなわち難民である。
「はぁ」
いくつも張られているテントのうちの一つ。
その中で、耳をペタンとさせた猫人族の少女は、今日も大きな溜め息を吐く。
彼女の名は、タズハ・キャッティ。
肩の辺りで切り揃えられた桃色の髪は、脂やホコリで汚れてしまっている。
服装はほつれや穴が目立つ粗末な貫頭衣で、実にみすぼらしい。
かつてはぷにぷにだった頬っぺたは、今ではすっかりこけてしまっており、女性らしい膨らみもまるでない。
歳は十六になったばかり。
母は物心つく前に、父は八つの頃に病で命を落とし、家族はいない。
ここに来たのは約二年前。
この国に来てからいくつもの街を経由し、ようやく王都に辿り着いたヌココ村の猫人族たちは、ニードヘレン王にダメ元で救いを求めた。
すると、王はこう言った。
『そなたらを民として受け入れる。今からその体勢を整える故、それまでは城壁の外で暮らしてくれ』、と。
人間族は排他的であり、他種族を拒絶している。
それが獣人を含む亜人たちの共通認識であり、だからこそ猫人族の彼らは受け入れてもらえなくて当然だと考えていた。
だから、王にそう言ってもらえた時は本当に嬉しくて、皆で涙を流して喜び合った。
しかし、いざ蓋を開けてみれば、進展は何もなかった。
一応、食料や日用品は定期的に支給してくれているが、特に食料は人数に対して量が全く足りない。
その不足分を補おうにも、狩りや採取は禁じられている。
ならば働いて、得た金で食料を買おうと考えたが、働き口は一切用意してもらえなかった。
そこでタズハたちは気付いた。
あの時の王の言葉や日々の支給は、善意によるものなんかではない。
自分たちが自暴自棄になって暴れ回る――そんな可能性を未然に防ぐためだと。
だからこれから先も状況は変わらず、ずっとひもじい思いをする羽目になる。
「ん?」
突然、壁の向こう側から、わあわあきゃあきゃあと人々の楽しそうな声が聞こえてきた。
(お祭りでも始まったのかな?)
まあ、自分には関係のないこと。
タズハは自分の境遇に再び溜め息を吐くと、薄い布団に横になった。
まだ日は高く、眠気は全くなかったけれど、起きていたってやることなんてないし、ネガティブなことばかり考えて気が滅入ってしまうから。
翌朝。
タズハはテントを出ると、集落の中央に設けられた広場に向かった。
そこでは二人の猫人族が大きな鍋の横に立っており、その前に二十名あまりの男女が椀を持って並んでいた。
食事の配給だ。
タズハも椀を両手に列へ加わると、前に並んでいた恰幅がいい女に声をかける。
「おはようございます」
「ああ、タズハちゃん。おはよう」
中年の女はそれだけ言って、前に向き直った。
ヌココ村では、幼くして両親を亡くしたタズハを気遣い、村民たちは進んで世話を焼いていた。
中でもよくタズハの面倒を見ていたのが、隣の家に住んでいたこの女性だ。
とにかく明るく、お喋りが大好きな快活な女性だったが、その顔も今は暗く、話を続けようともしない。
それだけ精神的に参っているという証拠であり、それは他の者も同じ。
広場はまたシンと静まり返り、暗く重い空気に包まれた。
その後、順番が回ってくるのを大人しく待っていると、耳がガチャンガチャンと聞き慣れない音を捉えた。
反射的に振り返ると、鎧を纏った兵士が近づいてきていた。
(どうしたんだろ?)
ここに兵士が来るのは配給の時だけ。
その僅かな時間すらも自分たちと接したくないのか、いつも嫌そうな顔をしている。
そんな兵士が、なぜ配給日でもないのにわざわざやってきたのだろう。
タズハは不思議に思って首を傾げる。
ほどなく、広場の中央で立ち止まった彼は「静聴!」と一喝。
その場にいた全員の耳を自分に向けさせたところで、話を始める。
「昨日、戴冠式が行われ、ゼイナス様が王位を継がれた」
(へー、王様変わったんだー。あ、昨日の騒ぎはそれかぁ)
タズハの反応はその程度。
王様が変わったなら、自分たちの扱いも変わるかも――そう思えるだけの気力はもうなかった。
「ついては、本日昼の三時に即位披露が行われる。それに諸君も参加するように」
あちこちから「えっ?」と驚きの声が上がる。
「わ、私たちもですか?」
代表してヌココ村の村長だった老人が尋ねると、兵士は面倒そうに頷いた。
「陛下からご用命があったのだ。王都に住む者をできるだけ多く集めるようにな。そこに諸君も含まれているらしい」
「そ、そうですか……」
「ああ。なので、全員必ず時間前に城の前へ来るように」
そう言い残して、兵士は足早に去っていった。
猫人族たちは互いに顔を見合わせると、村長に視線を向ける。
「……二時にここを皆で出発する。ここにいない者にもそう伝えなさい」
その言葉にタズハを含む猫人族たちは小さく頷いた。
時刻は十四時過ぎ。
門番に許しを得た猫人族たちは、王都を囲む分厚い門をくぐった。
「わぁ!」
見上げるほど高い建物。カラフルでかわいいお家の屋根。石畳で整備された歩きやすい道。
絵本でしか見たことがなかった都市の光景に、タズハは目を輝かせた。
それは他の猫人族も同じで、表情にはいつ振りかの笑みが浮かぶ。
しかし、それも束の間。
お城の前に来ると、数え切れないほど多くの人間族が集まっており――
「おい、あれ」
「うわ」
「なんでこんなところに獣人が」
近くにいた多くの者が、鼻をつまんだり、汚物を見るような目を向けたりしてきていた。
それに対し、難民という立場であるタズハたちにできるのは、そんな目を見なくていいように、声を聞かなくて済むように。
ただ俯いて、耳を伏せることだけだった。
涙をこらえながら待つこと数分。
「うおおおお!」
「きゃあああ!」
「ゼイナス様―!」
「陛下―!」
突然、前方から耳をつんざくような大歓声が聞こえてきた。
新しい王様が出てきたようだ。
タズハも目を凝らしてバルコニーの辺りを見てみるが、あまりにも遠すぎて顔はわからなかった。
『我が民よ――』
後ろから若い男の声が聞こえてきて、タズハは振り返る。
お城を囲む壁に取り付けられた大きな筒、声はそこから聞こえてきていた。
(すごー。こんなものあるんだ)
ちなみにこれは、管を通じて会話ができる伝声管と呼ばれるものだ。
緊急時に王と兵士がそれぞれ連絡を取り合えるように、と先代の王が用意させていた。
それから筒を通じて、新王ゼイナスから先王である父への感謝、民への労い、これからの抱負が語られていく。
輝かしい未来に人間族は熱狂していたが、その一方でタズハは『自分には関係ない』とスピーチに興味を持てなかった。
――この時までは。
『そう、私がこのニードヘレン王国という大きな国を治める裏で、妻は家庭という小さな国を支えることになる。それは極めて重要な務めであり、だからこそ妻は私が認める優秀な女性でなければならない』
「その通りだー!」
「違いねえ!」
『故に私は古いしきたりを捨て、王妃として相応しい女性を民衆の中から広く選び出すことにした』
瞬間、人間族たちの声がピタリと止んだ。
あまりの衝撃に固まってしまったのだろう。
それはタズハも同じだった。
貴族社会にはとんと詳しくないが、王様の結婚相手は貴族であることくらいはさすがに知っていたから。
そんな民衆には構わず、ゼイナスは続ける。
『そのための選抜試験を近々行い、最後に残った心身ともに強き女性を妃に迎える。選抜の条件は――』
難民キャンプに戻ったタズハは、テントの中で考えていた。
ゼイナスが出した条件は十六から十八歳までの女性、これだけだ。
身分や家柄は一切問わないらしい。
ということは、自分にも参加資格があるということだ。
王妃になど興味はない。
そもそも猫人族の自分が王妃に選ばれるなんてことは、天と地がひっくり返っても起こり得ないだろう。
(それでも……)
ゼイナスは心身ともに強き女性を求めているらしい。
ということは当然、試験の中で身体能力を確かめる場面もあるだろう。
自分たちは人間族よりも遥かに身体能力が高い。
試験を通じて、そのことを王様や偉い人たちに直接アピールすれば、見る目を変えてもらえるかもしれない。
もしかしたら仕事を与えてくれるかも。
そうなる可能性はとっても低いけれど、やってみなくちゃ結果はわからない。
もう、ただ時が過ぎるのを待つだけなのは嫌だ。
「よし!」
タズハは王妃選抜試験に参加することを決意した。
新連載始めました!
どうか応援のほど、よろしくお願いいたします!




