第7話 そいつは歌の上手い(推定)緑髪の美女(らしい)
「……で。その"凝灰岩のセイレーン"って何」
微かに香る潮風。
ここフロゥブフトは、ダンジョンを擁する辺境都市フェルスブリュッケから一番近い港町。
陽気な船乗りたちが集う、漁業の盛んな小都市である。
「俺も詳しくは知らねえんだよぉい……」
「詳しく知らないのに、あたしをセイレーンだと思い込んで襲ってきた訳?」
そのフロゥブフトの賑やかな市場の路地。
日陰の冷たい石畳に正座させられているのは、盗賊の親玉とその手下達。
エリィは散弾銃片手に、彼らの眼前で仁王立ちしていた。
「そ、そのぉ……歌がバチクソにうまくてよ、その歌を聴くと心を乱されて、狂って海に飛び込んじまうって噂の……ぜ、絶世の美女らしい、顔は見たこと無ェが緑色の髪の、オマエさんみたいな!」
──緑髪。
その特徴を聞くだけで、心臓が高鳴る。
自分と同じ緑色の髪、歌の上手い美女……聞けば聞くほど、姉に近づいている気がする。
「俺たちのナカマも、セイレーンにやられて死んじまった……船乗りのヤツらもだ、ここ数ヶ月で何人も死んでる!」
「呼び寄せられるんだ、あの歌声に!」
「一度聴いたらもう戻れないって……」
「おっかねえ魔物よォ、"凝灰岩のセイレーン"ってのは」
傷だらけの手下達が震える声で口々に言った。
相当恐れられている。見つけ次第殺したくなるほどに。
「凝灰岩ってのは?」
「知らねえ……」
「セイレーンはいつからいるの?」
「知らねえ……」
「フロゥブフトのどこらへんに出るの?」
「知らねえ……」
「被害は毎日出てんの? それとも、」
「知らねえ……」
「はぁー使えねぇー‼︎」
エリィは頭を抱えて叫んだ。
歌の上手い(推定)緑髪の美女(らしい?)以外の情報がなさすぎる。
エリィの怒鳴り声に、盗賊達は肩を震わせて小さくなった。
「……うん、わかった。じゃああたし、セイレーン探しに行くから。あんた達はもういいよ」
エリィはため息混じりに手にしていた散弾銃をくるりと回すと、リュックの脇に差し込んだ。
それを見て、盗賊達は肩の力を抜き、安堵の声を上げる。
エリィ達を襲った地点から丸一日──
フロゥブフトまでの道中、休むことなく馬車の後ろをついて走らせられ、街に着いた途端正座で尋問を受けた彼らの、初めての休息だ。
「じゃ、あとはお願いね」
エリィは、盗賊達の背後に音もなく控えていた、フロゥブフト自警団に声をかけた。
「え」
「よう、待ってたぜェ……俺たちが売った商品、散々横取りしやがって!」
自警団の気勢に、盗賊達は再度悲鳴を上げる。
自業自得なので彼らのことはどうでもいい。
自力で見つけ出さないと。
もしセイレーンが姉だったら。
記憶の中のリッケは、毎日のように小鳥と歌い、蝶と戯れ、子犬と共に歓声を上げながら駆け回る少女だった。
その歌声を武器に、人を惑わし殺していたら──
いや。
直接会って顔を見ないと、話をしないと、なにもわからない。
ボコボコにされていく盗賊達を尻目に踵を返した途端、誰かに肩を叩かれた。
「あ、あの」
「ん?」
振り向くと、自警団の腕章をつけた少女が立っていた。
フロゥブフトの街の紋章、口を開けて歌う錨をあしらった短剣を腰に差している。
「わたっ、私、私のお姉ちゃんも、"凝灰岩のセイレーン"に、さらわれちゃったの……」
お姉ちゃん。
その単語に眉がぴくりと動いた。
あたしと、同じ──
「……あなたも?」
ほとんど白に近いブロンドの髪を風に遊ばせながら、少女はエリィの目を覗き込んで、言った。
「でも私、セイレーンの居場所、知ってるよ」




