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第6話 海は遠く、胸は平ら

 

 ゴトゴトと音を立てて、馬車が揺れる。


 

 辺境都市フェルスブリュッケから一番近い港町までは、普通の馬車で4日。高速移動の加護を付与した馬車でも2日と少しかかる。


 

「はぁーあ」


 

 さすがに退屈になってきた3日目。

 持ってきた冒険ものの小説は読み終えてしまった。


 エリィは大きなあくびをしながら、丸めた外套に頭を預ける。


 フェルスブリュッケ産の宝飾具を運ぶ場所の荷台、その隅。足を伸ばせるほどの広さはない。

 故に──


 

「邪魔なんだけど……」

 


 ()()()の反感を買う。



「……今邪魔っつった? この美少女に向かって邪魔って?」


二十歳(ハタチ)過ぎのくたびれた勤め人が調子乗んなよ」



 3日間、寝食を共にした同乗者、ニコが寝転がったまま蹴りを入れてきた。

 



「蹴んなし!乙女の華奢なつるすべ生脚をッ!」


「黙れつるぺた」


「おぉぉいなんつった今⁈」



 エリィがスッカスカの胸元を押さえながら怒鳴り返した瞬間、ゴトン、と馬車が大きく揺れながら急ブレーキをかけた。

 

 その衝撃で、高く積み上げていた宝飾具の箱がずり落ち、エリィの頭上へ。


 

「──っ!」

 


 数キロある箱を片手で受け止めたのは、ニコだった。

 寝っ転がった体勢のまま片腕を伸ばし、長い金髪のポニーテールを僅かに揺らして。


 

 はっ、と息が止まる。

 

 気怠げな表情の中に、獣を仕留める直前のような鋭い眼差しがふたつ。

 

 その双眸が、細くなった。



「気をつけろよ、お前より積荷の方が高価なんだから。 ……何事っすか?」


 

 ニコはずり落ちた箱を戻しながら、馬車の前方に目を向けた。


 ほんの一瞬でもドキッとしてしまった三秒前の自分に散弾銃を叩き込みたい気持ちだ。



「……(ぞく)か」



 ニコが低く呟いて、荷台に放り投げてあった短剣を手に取る。



「賊?」


「この辺はよく出るんだよ、特にこういう高価なモン積んでる馬車は狙われやすい」



 ニコの言葉を聞き流しながら、エリィも前方に視線をやった。

 

 御者は完全にホールドアップしていて、その高く掲げた両腕の隙間から、武装した数人の男たちがちらほら見えた。


 そういえばなんでこの馬車は丸腰なんだ、とエリィは溜息をついた。



「護衛雇えばよかったのに。暇してる勇者とか冒険者見習いとかいたんじゃないの?」


「俺に言うなよ、運び屋の懐事情なんて知らねえし……」


「全員出て来ぉい! さもなくばブッ殺すぞぉい!」



 鼓膜を震わせる野太い声が響き渡った。

 複数の足音が、荷台の方に左右から回り込んできたのが聞こえる。



「……撃っていいと思う?」


「俺に当てなきゃいいよ」


「ふふ、当たったらごめんねっ」



 言うが早いか、エリィは散弾銃片手に荷台から飛び降りた。

 銃剣付き散弾銃(フェルゲーヴン)──近距離、最強。



「なッ──」


 驚いて足を止めた盗賊の剣を、一瞬のうちに銃剣で弾き飛ばす。

 すぐさま振り向いて、駆け寄ってきた斧を持っていた男の足元に射撃。


 真っ黒い煙、周囲を照らす発射炎(マズルフラッシュ)、鼓膜を突き破る爆音。


 一粒(スラッグ)弾が地面を抉り、すぐ傍に立っていた男は斧を放り投げて、その場にへたり込んだ。



「び、ビビってんじゃねぇぞぉい!」



 一際ガタイのいい盗賊、おそらく親玉が唾を飛ばしながら怒鳴った。

 その巨体の正面に躍り出て、額に照準を合わせた。



「ぎょ──」



 親玉の目が見開かれる。

 微かに震えながら、親玉は持っていた斧を構え直した。



「"凝灰岩(ぎょうかいがん)のセイレーン"じゃねェかよぉい⁈」


「出た……ねぇ、あたしセイレーンじゃなくて、そのセイレーンを探しに来たんだけど。何か知らない?」


「とぼけるなよぉい! その緑髪、忘れるわけ無ぇだろぉい!」



 ……会話にならない。

 


 親玉は叫びながら道の脇へと走ると、生えていた立派な木に向かって斧を一閃。



「嘘……」



 エリィは思わず呟いた。

 たった一撃で、その巨木は根本から泣き別れていた。馬の胴ほどの太い幹を、親玉は軽々と担ぎ上げる。


 

 筋力向上魔法か、ただの怪力か──


 どのみち、あんなものを投げつけられたら、死ぬ。

 


 エリィは親玉から視線を外さずに、ローディングポートへ00(ダブルオー)バックショット弾を叩き込んだ。



「ここで会ったが100年目、避けられるモンなら避けてみろぉいッ‼︎」



 親玉が巨木を振り上げた瞬間、射撃。


 放たれた9粒の鉛玉は、発射炎に炙られて全身を真っ赤に染めながら、振り下ろされる直前の巨木を文字通り、木っ端微塵にした。

 

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