第5話 薄切りゴブリン100g
「「…………⁈」」
二人で顔を見合わせる。
声は明らかにあの小屋の中からで、断末魔と呼ぶにふさわしい絶叫。それを、布かなにかで覆い、押し殺すような音だった。
ゴブリンが斬られたか刺されたか、それとも焼かれたか。
なんにせよ、あの小屋の中では惨状が広がっているに違いなかった。
──姉じゃなくても、これは酷い。
無闇な殺生は禁じられている。相手が敵モブでも友好モブでもだ。
いたずらに痛めつけるのも同罪である。
エリィは散弾銃を地面に置いてその場にしゃがみ込み、足首を握って小さく口を開いた。
「<<静かに、狩りの前のように>>」
無音魔法、対象物は足首から下に触れるものすべて。
発生した音を打ち消す消音魔法の、上位に位置づけられる魔法である。
「何故そんな魔法を……」
使えるんだ、と口には出さず、ハイネが目を剥いた。
「……お屋敷から脱走したい時だってあるでしょ?」
エリィはニヤリと笑うと、散弾銃を拾い上げて走り出した。
衣擦れの音と髪が揺れる音が、後方に流れていく。いくら草むらを蹴り上げても音がしない。
エリィは勢いのまま、小屋のドアを蹴破った。
薄い板を貼り合わせたドアは粉々になり、しかしそれすらも無音。足で蹴りつけたものは、全てが無音だ。
飛び散った木片が床や壁にあたり、初めてけたたましい音が鳴る。
絶命したゴブリンの肉を包丁で薄切りにしていた人物が、はっと顔を上げる。ランタンの光に刃物が煌めいた。
細くしなやかな四肢。
透き通るような白い素肌。
髪は緑色で──
ヒゲを生やした中年男性が、そこにいた。
「だだだだだれェ⁈ わァ髪が緑ぃぃぃ‼︎」
男がわめいて包丁を振り上げる。
エリィは片手突きの要領で散弾銃を前に繰り出し、先端の銃剣で包丁を一瞬で叩き落とした。
「あんたこそ誰⁈」
「ボクを知らないのか⁈ 隔世遺伝研究の権威と呼ばれたボクを──」
丸腰になった男が、ぎゃあぎゃあ言いながら後ずさる。床に広がった血の海に足を突っ込んで、びちゃっと音がした。
「知らない、こんなところで何してんの?」
「これだから未開の野蛮人は……いいかい、このゴブリンはボクの作品なんだ! 洗練されたボディと艶のある毛並みを造るのにどれだけ心血を注いだか──」
男が唾を飛ばしながらずっと喋っている。
コイツが姉じゃなくてよかった、と心底思った。ずっと構えていた散弾銃をゆっくりと下ろす。
髪だってよく見たら、緑色の粉で雑に染めているだけのようだ。
地毛は金髪の、細身の中年男性。
小屋の中には数体のゴブリンが、身を寄せ合って震えていた。
「上流階級では、容姿のいいゴブリンを飼うのがちょっとしたブームらしい」
いつの間にかハイネが近くに歩み寄っていた。
「すぐ飽きられるだろうがね」
「趣味悪ぅ……」
すっかり解体されたゴブリン達の亡骸を横目で見て、エリィは嘆息する。
造る方も買う方もどうかしてる。さすがに見過ごせない。
「それで、出来の悪いゴブリンは処理してたって訳? そこの一体が街まで脱走した、ってこと?」
「あぁあそうさ‼︎」
声を上擦らせて男が言った。
「醜いゴブリンは売れないからねェ‼︎ 大体このボクが、こんなクソ前時代的な世界で電子顕微鏡もない中、どれほど苦労して──」
「……最ッ低」
下ろした銃口を、もう一度構え直す。
エリィの相棒、銃剣付き散弾銃。初弾はとっくに装填済み。
延々と喋り続けていた男が、ようやく黙った。口だけはあんぐりと開けたまま、氷魔法を喰らったように硬直している。
「あッ、エリィお前、殺してはいかんぞ!」
「はいはい」
低く言って、エリィは迷わず引き金を引いた。
鼓膜を揺さぶる射撃音、腕から全身を突き抜ける衝撃。
発射炎と共に銃口から放たれたのは、一粒弾。火の玉が一瞬で男の頬を掠め、掘立て小屋の薄い壁を易々とブチ抜いた。
その大穴を見て、ゴブリン達が悲鳴を上げて、一斉に小屋の外へ飛び出した。
「さぁ行けー、帰れぇー、街は駄目だよーっ」
エリィは言いながら、流れるように次弾を装填。間髪入れず空中に向けて散弾を放った。
屋根が吹き飛び、木片が舞い上がる。
驚いたゴブリン達は更に走る速度を上げて、あっという間に闇夜の森に消えていった。
腰を抜かしてへたり込んだ男の腕を、どこか楽しげなハイネはがっしりと掴んだ。
「さァて、隠し財産と販売ルート、残さず吐いてもらいますよ」
──このオッサン、それが目的か。
エリィは腹の底からため息を吐いた。
結局姉の手がかりはなし、ただ胸糞悪い光景を見せられただけの骨折り損だ。
「……じゃあ、あたし帰って酒飲んで寝ますね。明日も仕事なんで」
男を一瞥して、エリィは散弾銃をリュックに突っ込んだ。
「あ、思い出したその髪ッ!」
不意に、両腕を背中で縛られた男が大声を出した。
髪、と言われてぴくりと身体が反応する。
「緑色の髪、お前まさかッ、"凝灰岩のセイレーン"の親戚かなんかか⁈」
「凝灰岩の……? なにそれ?」
「ボクは一度だけ見たことがある、港町を転々とする緑色の髪の乙女! 歌で漁師達を誘惑し、どんな屈強な海の男でも骨抜きにしてしまうというあの!」
骨を抜いたらタコか、いやイカか⁈ などと、男はぶつくさ言っている。
緑色の髪の乙女、凝灰岩のセイレーン。
そんなものは初耳だ。だが、姉の髪は綺麗な緑色で、歌も軽やかで上手だった──
「リッケ……」
エリィは遠い月夜を見上げながら、姉の姿を思い描いた。
「……海、行くか」
不定期投稿という名の数ヶ月放置案件でしたが、明日からのんびり週一ペースで更新していきます!
作品の愛称は「散ダン」!読者様との相性もいいといいな!うふふ!




