第4話 貴女の緑髪は、どこから?
ダンジョンに近い夜の森にはモンスターが多い。
幼子でも知る常識である。
だからエリィは、ハイネがなぜ丸腰で来たのか理解ができない。
「大変失礼なんですが、バカなんですかハイネさんは」
「本当に失礼だなッ!」
「大声出すとまた寄ってきますよモンスター、ほら」
言ったそばからスライムが跳ねてきて、エリィは無言のまま、散弾銃の銃床で殴り殺す。
べちょ、とスライムだった液体が、足元の草を濡らした。
「さっきから手の焼ける……剣とかないんですか?」
「儀式用のものなら自宅にあるが……あッ、後ろからモンスターだぁ!」
腰を抜かしてわめくハイネを無視して、エリィは振り向き様に銃剣を一閃。飛びかかってきた化け猫の胴体に深い切り傷を負わせる。
「ンギ……」
小さく悲鳴を上げるケットシーの手には、短剣が握られている。
ぼたぼたと赤黒い血を腹から流しながら、ケットシーはもう一度飛びかかってきた。
「ケットシーは攻撃力の低い、いわゆる低レベル敵モブですが、身軽で動きが速いので、初心者には少し厄介な相手ですよねぇ」
ひょいひょいとケットシーの斬撃を避けながら、エリィは解説した。
「あ、この短剣は冒険者から奪ったものですね。あとで回収して、遺失届が出てないか──」
「ほほほほら前前ッ‼︎」
ハイネがわめく。
ケットシーが飛び掛かる。
エリィは散弾銃を構え直し、フルスイングでケットシーを打ち返した。
どさり、と重い音が遠くで響き、再び静寂が訪れる。
風が草を撫で、羽虫がさえずる、ダンジョン近くの森の中。
「な、んで、撃たないんだ?」
べったり地面に座り込んだハイネが、震える声を出した。
「撃ったら大きな音出るじゃないですか……それに、弾だって無限じゃないんですよ」
エリィはため息混じりに銃剣についた血を布で拭き取り、銃身が曲がっていないか軽くチェックする。
銃剣付き散弾銃。相棒であり愛銃、近接戦なら信頼しかない高火力武器。
こんなところで壊すわけにはいかない。
無惨に横たわるケットシーの遺体を一瞥してから、エリィはハイネを向き直った。
「この先ですか? 異世界転生者が住んでる小屋とやらは」
「い、いや、今回のは転生ではなく転移らしい」
「どっちでもいいですよ。異世界からきた人なんて、みんな都会に出て、持ち前のスキル活かして無双してるじゃないですか。なんでこんなところに?」
「変わり者もいるんだろう、お前みたいに」
「は? あたしのどこが変人だって言うんですか」
ぶぉん、と散弾銃を振った。立ちあがろうとしていたハイネが、小さな悲鳴をあげてまた地面に転がる。
「異世界の武器持ってる人だって、あたし以外にもたくさんいますよ」
遠くの人間と話ができる板、とか。高速回転する風車で空を飛ぶ、とか。
数え出したらきりがない。
しかしハイネは、ゆっくりと立ち上がりながら首を横に振った。
「生まれ持った地位も才覚も捨てて、ダンジョンの街で働く変わり者」
「──っ」
ハイネの目が光る。
この街古くからのハイネは、エリィの出自を知っている。
ぱんぱんと上等なローブについた土を手で払って、ハイネはジトっとした目をエリィに向けた。
「でしょう、エリザベート・フォン・アーデルハイト・リヒトベルク嬢?」
ぞわり、と鳥肌が立った。
「……本名で呼ばないでください」
「アーデルハイト・リヒトベルク家の次女、王位継承第二位のお方が、火の杖を持ってダンジョン管財係などと。どんなお戯れですかな」
「やめてくださいその話し方ネットリして気持ち悪い」
「きも……っ、失礼だな!」
「気持ち悪いんだからしょーがないでしょ! 行きますよ!」
ふん、と鼻を鳴らしてエリィは歩き出す。
本名も出自も、フェルスブリュッケのみんなには秘密にしている。
せっかく友達として接してくれているのに、急に姫様だなんて呼ばれたくない。
知っているのは、フェルスブリュッケ評議会議員のハイネと、上司で総務部長のレアンだけだ。
「言ってる間に……あれじゃないですか、小屋」
木々の隙間から、うっすらと漏れる光。
石と木材を繋ぎ合わせたように造った、粗末な小屋が見えてきた。
「んー……あぁ、場所も形も一致するな」
「ちなみに誰からのタレコミなんですか?この情報って」
「そりゃデワレン酒場の──」
さらりと言いかけて、ハイネは慌てて口を覆った。
もう遅い。
デワレン酒場といえば、ボインでナイスバディなお姉さんや獣人たちが、身体を密着させてお酌してくれる紳士向けの店である。
「ふぅーん」
「いやっ、評議会の付き合いで仕方なく……」
「あたしに言い訳されても」
言いながら、散弾銃を握りしめる。
小屋の窓辺に人影が見えた。逆光で顔や髪の色までは確認できない。
もし、相手が緑の髪の女性だったら。
自分と同じく、アーデルハイト・リヒトベルク家が代々引き継ぐ、緑色の髪だったら──
「つ、妻には内密に……」
「うるさいってば、もういいんですよその話ッ」
意識があっちこっち飛ばされて、エリィはイラついた声を出した。おじさんの夜遊びの話は心底どうでもいい。
「あの人があたしの姉か、姉だったらこんなところで何をしてるのか、あたしはそれしか知りたくないんですっ」
エリィがそう言い切ったのと、ゴブリンのくぐもった叫び声が聞こえたのは同時だった。
2026.02.10 構成を変えて再投稿中です!
散弾銃片手に異世界を駆けながら、生き別れた姉を探す元皇女のお仕事系ハートフル撲殺カモ撃ちストーリー、ぜひお楽しみくださいませ!




