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第3話 流星のニコ

 

 太い千年大樹の丸太と、石造りの融合。

 華美すぎず剛質すぎずの建物は、フェルスブリュッケ冒険者ギルド協会。

 

 その2階の奥がダンジョン総務部だ。

 

 とはいえ総務部はギルド協会の部署ではなく、単に部屋を間借りしているだけの独立した機関である。


 

「どうしてくれるんだぁ管財係ィ……」


 

 濃い緑色に染めた藁で編んだカーペットの上で、ハイネは腕を組みながら嘆息している。


 

「いや、撃ち殺せってハイネさんが仰るから……」

 

()()()()と言ったんだ、私はッ‼︎」


 

 額に青筋を浮かばせるハイネの口から、ねばっこい唾が飛ぶ。


 

「申し訳ありません、ハインリッヒ・ヴィルヘルム・ホーエンベルク卿」


 

 ハイネの正面に立って唾を浴びながら、長身細身の男性はしかし、顔色ひとつ変えずに言った。

 ちなみにエリィは床に正座させられている。


 

「困るよレアン総務部長! 監督責任を問いますよ!」


 

 レアン部長、と呼ばれた男は、静かに肩をすくませる。


 

「きちんと(しつ)けておきますので」

 

「あたしゃ犬か」

 

「犬だって"ステイ"と言えば止まるじゃないか」

 

「知りませんよ飼ったことないし」


 

 つん、とそっぽを向いて答えた。

 そもそもこの小太りハゲ、ハイネことハインリッヒ・ヴィルヘルム・ホーエンベルクの説明不足が原因である。

 

 殺すなと言われれば殺さずに無力化したのに。それに、散弾銃の弾丸(たま)は安くない。


 

「ところで――あのゴブリン、随分と細身でしたが……この件、ギルドに相談できない理由が?」


 

 レアンが語りかけるように訊いた。

 痩身黒髪、長い前髪の隙間から鋭い眼光が覗く。

 

 そのレアンの刺すような視線に射止められ、ハイネは気まずそうに目を逸らした。


 

「……あのゴブリンの育て主は()()()()()()かもしれんのだ。ダンジョンの外れにある小屋で、夜な夜なゴブリン共を交配させては、商品にして売るとかなんとか、なにか企んでいるらしい……」


 

 異世界転移者──

 

 

 なにかの拍子に、どこかの世界から移動してきたという人間。

 異世界の道具、風習、衣服に言語……全てがこの世界とは違う(ことわり)で生きてきたらしい、変わった者達だ。


 

 彼らが異世界から持ち込んだ知識や道具は国の発展に寄与する一方、厄介ごとにも発展しかねない。


 

「なるほど……ギルド連中は異世界転移者を嫌いますからね」

 


 自分たちの存在理由(腕っぷし)がおびやかされる、とギルド協会は恐れているのだ。


 そんなメンツ争いなんて、エリィにはどうでもいい。



「……で。あのゴブリンが、あたしの姉とどういう関係が?」



 そう呟くように言った声は、微かに震えていた。


 

「うむ……その転移者かもしれん女、髪が緑色でな」


 

「緑──」


 

 ハイネの言葉に、エリィは思わず立ち上がりかけた。

 

 どくん、と心臓が跳ねる。その背中で、背負ったまま散弾銃が重い金属音を立てた。


 

 緑の髪の女、なんて。

 この世界にはきっと、数えるほどしかいない。


 

「やはりな、話せば食いつくだろうと思ったが……説明する前にブッ放すから」

 

「教えてください、ハイネさん」


 

 呆れ顔のハイネが喋り終わる前に、エリィは座ったまま頭を下げた。

 なんだか切羽詰まったような声が出たな、と少し遅れて思う。


 

 しかし、それも当然だ。髪が緑色の人間がどれほど少ないか。

 どれほど探し求めたか。



 ぎゅうっと心臓を直接掴まれるような感覚を覚えながら、エリィは声を絞り出した。


 

「それは──あたしの姉かもしれません」

 




⬛︎⬛︎⬛︎




 

 夜の街は賑やかで、酒に酔った自称戦士や自称勇者があちこちで喧嘩を始めている。

 フェルスブリュッケ自警団に混じって、宗教上の理由で酒を飲まない僧侶やら神官やらが、慌てて仲裁に入る光景も見慣れたものだ。


 

「すまんけど、お前パーティーから抜けてくれね?」

 

「ええっ、どうして、田舎では最強でSSSランク魔法使いの俺が──」

 


 どこかの席からそんな声も聞こえてきた。

 パーティー追放も日常茶飯事、ダンジョン最寄りの酒場ともなれば見たくなくても目に入る。


 エリィは、今まさに追放宣言を受けた哀れな少年を横目で見ながら、カウンター席で木樽ジョッキの黒ビールを一気に飲み干した。


 

「荒れてんな、エリィ」


 

 ことん、と音を立てて、薄切りにしたハムとオリーブの酢漬けの乗った皿が目の前に置かれた。

 

 皿を持ってきた金髪ポニーテールに、エリィは空になった樽ジョッキを突きつける。


 

「ハイネのクソオヤジのせいだよ! ニコ、おかわり!」

 

「はいよ」

 


 筋骨隆々の太い腕が、軽々と樽ジョッキをつまみ上げた。

 歴戦の勇者か盾持ち(タンク)と間違われることの多い彼は、この店のシェフである。

 

 ちなみに盾持ちをタンクと呼ぶのは、隣町で目覚めた異世界転生者が言い出したことだ。


 

「ハム食って待ってて」

 


 そう言って、ニコは厨房へと引っ込んでいった。

 

 盛られたハムは皿が透けるほど薄く切られていて、まるで紙のよう。

 その素早くも華麗な包丁捌きから、流星の(メテオーア)ニコの異名がつくのも頷ける。

 このハムだって、わずか数秒、片手間に切って出したお通しみたいなものだ。


 ぺらっぺらのハムを指でつまみ上げ、エリィは向こう側を透かして見た。


 

「リッケ……」


 

 幼い頃に王宮の庭園で遊んだ姉の面影は、もはや薄れかけている。

 

 柔らかな癖毛の、自分よりも明るい深緑の髪。

 エリィ、と優しく名前を呼ぶ声。

 リッケ、と呼び返せば、はにかんだように笑うえくぼ。

 

 蝶を捕まえて、その翅を透かして相手が見えるか、なんて実験をやったっけ。

 そんなリッケが、実の姉が──ダンジョンにほど近い掘立て小屋で、夜な夜なゴブリンを交配⁇


 

「……いや、食えし」

 


 ドン、と木樽ジョッキを雑にテーブルに置いて、薄切りハムの向こうにニコが現れた。


 

「ちょっ、過去の感慨にふけってたとこじゃん、邪魔しないでよ」

 

「なんだお前……」

 


 めんどくせー女、と顔に出しながら、ニコは半目でエリィを見た。

 

 顔だけ見れば金髪美少女、しかし身体は伝説の戦士。たぶん自分より胸囲がデカい。

 エリィもジト目で見返しながら、注がれたビールに口をつける。

 


「また面倒ごとに巻き込まれたんだろ。昼間、お前が撃ったゴブリンか?それともダンジョンの人喰い女神?」

 

「ゴブリンだよ。なに、ダンジョンの人喰い女神って」

 

「知らねえのかよ管財係」

 

「うぐ……」


 

 知らない。ダンジョン総務管財係なのに。

 というか、女神まで管理してない。


 

「パーティーメンバーを優しい言葉で誘惑して、一人ずつ喰っちまうらしいぜ。あそこのパーティーも」


 

 ニコの指差す先では、先ほどの追放するしないで揉めていた勇者パーティーが、まだなにやら言い争っていた。

 


「僧侶か誰か、喰われたらしいぜ」

 

「ふぅん……」


 

 可哀想だが、今はそれどころではない。

 

 人喰い女神など、管財係としては見過ごせない、ダンジョンを危険に陥れる存在だ。

 しかし、自分は生き別れの姉を探す女の子(21歳)。そもそも仕事に生きるつもりなんてない。


 

 あくまで総務部管財係は、姉の手掛かりを探すために飛び込んだ場所に過ぎないのだから。


 

「ま、せいぜい頑張れよ。そのハムはサービスな」

 

「……薄く切って原価率下げてるだけでしょ」

 

「マジでお前可愛くねえな」

 

 

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