第2話 散弾銃、マジ、最強。
窓から両腕をぶんぶん振り回すロッテに軽く手を振り返し、エリィは石畳を歩き出す。
ここ、辺境都市フェルスブリュッケは、ダンジョン目当ての勇者から冒険者、魔法使い、彼ら相手の商人、宿屋、酒場、武器屋……と、いつのまにか大成長を遂げた、国内有数の都市である。
ダンジョンがなければ人も来ず、いつまでも平和な田舎町だっただろう。
「おぉッ! こんなところにいたか管財係ぃっ‼︎」
不意に声を掛けられて振り返った。
小太り、ハゲ頭、不似合いな金のネックレスの三拍子揃った中年男性が、肩を怒らせて歩いてくる。
うげ、とエリィの表情が歪んだ。
「あぁ、ハイネさん。どうも」
「どうもじゃないわっ! どこフラフラしてやがる、ちゃんと働けえぃっ!」
「働いてますよ……」
少なくともあんたよりは。
ハイネさん、と呼ばれた中年男性は、つかつかとエリィの側まで歩み寄ると、両手でエリィの細い肩を掴んだ。
「逃げ出したんだ、すばしっこいゴブリンが!」
「そうですか、では自警団に」
「自警団では駄目だ!」
「ではギルドに」
「ギルド連中は信用できん!」
基準がわからない。
ハイネのマントを留める、金の装飾のついた紫色の飾り帯が、ハイネの鼻息に合わせてエリィの目の前でゆらゆら揺れた。
フェルスブリュッケ代議員の証である。
「で、脱走ゴブリンをあたしにどうしろと──」
「きゃあああああ!」
「うおっ、何だ⁈」
ハイネのコーヒー臭い吐息を我慢しながらエリィが訊いたのと、フェルスブリュッケ中に悲鳴が響き渡ったのは同時だった。
声の上がった方へ視線を向けると、カラフルに塗装されたレンガ屋根の上に、ひょろりと細いゴブリンが立っているのが見えた。
緑色の短い体毛は、草木の中で身を隠すため。
ぎょろりと大きな目玉は、広い視野で脅威をすぐに察知するため。
臆病で集団行動を主とするゴブリンは、たった一体で怯えたように、屋根の上から周囲を見渡していた。
「……あれですか?」
「そうだッ!」
ハイネが鼻息を荒くして、屋根の上を指差した。
ゴブリンにしては随分と細くて手足が長い。
普段のゴブリンはもっとぼてっとした、野暮ったい体型の個体が多いはずだ。
エリィが今までに出会ったゴブリン達の姿を思い返していると、屋根の上のゴブリンは一瞬身を屈め、跳躍――
フェルスブリュッケの整備された景観、その石畳の上に降り立った。
「うわああああ!」
「こっち来るなぁっ‼︎」
人々が叫び、駆け足で離れていく。
このままでは混乱の最中、群衆事故も起きかねない。
「アレを排除しろと?」
「そうだっ、制圧しろ管財係!」
「ダンジョンの管財係なんですけどね……」
言いながら、エリィは背負ったリュックから散弾銃を取り出した。
その昔。
異世界から転生してきた者が所持していた、木製のフレームに金属の筒をマウントし、火薬で金属球を撃ち出す火器。
訳あって、いまはエリィの所有物だ。
ポケットから取り出したのは、9粒弾。一度に9粒の、鉄と氷大竜の鱗を砕いたものを整形した弾丸が放たれる特注弾。
銃身を折り曲げ、弾丸を装填し、周囲の人間に危害が及ばないよう慎重に狙いを定める。
「おっ、おい待て、それは──」
隣でわめくハイネを無視して、引き金を引いた。
撃鉄が雷管を叩き、黒色火薬が瞬時に点火。
炎系魔法よりも激しい発射炎が銃身の先から迸り、どの風系魔法よりも速く9粒の弾丸が空中へ飛び出した。
爆音、爆煙──
人々の鼓膜を揺らし、建物のガラスを震わせながら弾丸は飛翔。
ゴブリンの頭を一瞬でミンチに変えた。
「……ふぅ」
「おっ、まっ、馬鹿、エリィ‼︎」
射撃の衝撃に腰を抜かして座り込んでいたハイネが、唾を飛ばしながら怒鳴った。
「なんですか。ゴブリンなんて、あたしの銃剣付き散弾銃なら一撃ですよ」
涼やかに言い放つ。
ドラゴンだって倒せる散弾銃が、ひ弱なゴブリンの皮膚を貫けない訳がないのだ。
しかしハイネは、ぶるぶると頬の肉を震わせながら。
「そのゴブリンは商品で、お前の姉に繋がる情報かもしれなかったんだぞッ⁉︎」
「……はい?」
べちょ、と厭な音を立てて地面に崩れたゴブリンだったものを指差して、ハイネは真っ青な顔でそう叫んだ。




