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第6話 カモミールの収穫


 花の付け根に指を入れて、白い花弁とともに黄色い部分をプチっと取る。

 それを繰り返してカモミールを収穫していると、いつの間にか籠が一杯になっていた。


(たくさん採れたわ)


 カモミールの収穫を手伝った後、エルザはジョセフにお礼を言うと、管理人室に戻った。

 管理人室は温室に併設されるようにしてある、山小屋のような建物だ。

 洗面や炊事場などが完備されているため数日であれば泊まることも可能だけれど、それは両親から反対されている。


 木でできたかわいらしい建物の中は、執務用の机や炊事場、それから書類などが並べられている本棚がある。

 部屋の四分の一部分は、ハーブを乾燥させたり保存するためのスペースだった。


 顧客の中には乾燥させたハーブを求めにやってくる人が多いので、常にいろいろなハーブを乾燥させているのだ。

 自分で乾燥させることを好む客や、研究のために使うハーブはその日などに採取して用意することになっている。


(カモミールもいっぱいだわ)


 カモミールはハーブティーとしても人気があるから、在庫は常に切らさないようにしているのだった。


「そういえば、もうそろそろ来る頃ね)


 今日、唯一の訪問客がやってくる時間だ。

 王宮に務めている貴人の使用人らしいけれど、主人が誰なのかはけっして話さない、口が堅くしっかりとした四十代ほどの男性だった。

 乾燥したハーブを麻袋に入れて、いつでも渡せるようにと準備をしていると、扉のノック音が響く。


「はーい。すぐお伺いします!」


 声を掛けて扉を開けると、そこには黒いマントを身にまとった背の高い人物がいた。


(あれ? いつもの人じゃない?)


 昨日まで来ていたのは、侍従の格好をした人だった。おそらく貴族出身の侍従なのだろう。持ち前の動作が洗練されていた。

 だけど今日来たのは、背の高さや体格からするに、昨日までの人ではなさそうだった。


 フラフラとした足取りでエルザの近くまでやってくると、不意にマントの人物の身体が前に倒れた。

 エルザは受け止めようとしたが、小柄なエルザには無理だった。

 マントの人物はエルザを下敷きにしないようにしようとしたのか、エルザを避けるようにして顔面から床に倒れた。床に激突するときに鈍い音が響く。


「……う、痛い。……でも、眠いんだ」


 どこかで聞いたことのある青年の声が聞こえてきたと思うと、数秒もしないうちに寝息が聞こえてくる。


(いまの声、一週間前の人だわ)


 一週間前にも同じことがあった。あの日はエルザの膝の上で寝てしまった青年は、今日は床に突っ伏したまま眠ってしまっている。


(どうしよう)


 青年に近づいて、うつ伏せになっていた顔を仰向けにする。

 呻き声が聞こえたから途中で起きるんじゃないかと思ったけれど、彼は身じろぎするだけで目を覚ます気配はなかった。


(今日も良く寝ているわ)


 変わらずに目の下にはこびりついたような黒い隈があるけれど、顔面から床に激突した痛みなどなかったかのように、ぐっすり眠っている。


(ここにはハーブがいっぱいあるから、それでかしら)


 起こすのも忍びない。でも、このままにしておくと、これから来るはずの訪問客が驚いてしまうだろう。

 彼をソファーまで運ぼうかと考えたが、エルザの力で成人男性を動かすことはできなかった。


(どうしましょう)


 途方に暮れながら、約二時間後。

 もう外はすっかり暗くなっているにもかかわらず、訪問客はやってこなかった。


(何かあったのかしら?)


 疑問に思っていると、床に倒れていた青年の身体が動いた。

 彼は顔を上げると、あのカレンデュラのように鮮やかなオレンジ色の瞳を周囲に巡らせてから、やっとエルザの姿に気づいたようだった。


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