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第5話 魔法の温室


 今日は春風が吹いていて、気持ちのいい朝だった。

 個の良い風を感じれば、ハーブも喜ぶだろう。王宮のハーブは、魔法の温室で適切に管理されているから、あまり関係ないのだけれど。


「ああ、管理人さん。今日はカモミールが採れそうだよ」

「本当ですか!」


 午前中は訪問客もいないからと温室の見回りをしていたエルザに声を掛けてきたのは、庭師の中でもベテラン中の大ベテランである初老の男性――ジョセフだった。

 彼は豊かな白髭を蓄えた口を触りながら、プランターに植えられているカモミールに視線を向けた。

 カモミールはもうすっかり白い花弁の中心にある黄色い部分が盛り上がっていて、収穫の時期を知らせてくれている。カモミールの林檎のような甘い香りがエルザの鼻孔をくすぐった。


「最近カモミールの注文が多いんですよねぇ。王宮に務めている人らしいのですが」


 もともとカモミールは人気の高いハーブだけれど、ここ一週間毎日のように王宮に務めている貴人の使用人と思われる人が求めにやってくる。今日も夕方に訪問予定だった。


「ああ、そうらしいね。お偉いさんのお眼鏡にかなったのなら、我々も嬉しいよ」

「私もです!」


 ゆたかな白髭の中から、これまた白い歯が覗いて豪快に笑う。

 その姿に、エルザもつられて笑みをこぼした。


 ジョセフは庭師の中でも、初対面のときからエルザに対して好意的な人だった。

 でも、ほかの庭師たちは違った。


 エルザはアカデミーを卒業して、父の推薦により温室の管理人になった。

 温室の管理人も王宮の役職のため、ちょっとした試験もあったけれど、あれぐらいならアカデミーを卒業した人であればだれでも合格できるものだった。


(温室の管理人としての試験といよりも、王宮での礼法が主だったわね。貴族として当然の問題だったわ)


 庭師からすると、アカデミーを卒業したばかりの小娘が、突然自分たちを管理する立場になったように見えただろう。

 これまで腕を磨いてきた職人気質の庭師たちにとって、自分たちを束ねる管理人が、こんな小娘で気に食わないと思った人もいるはずだ。実際にそんな言葉もかけられたこともある。


 エルザも初めから認められるとは思っていなかった。

 だから庭師ひとりひとりと丁寧に接して、いまではほとんどの庭師がエルザに好意的になってくれている。


「もしかして、いまからカモミールの収穫をするのですか?」

「ああ、そう思ったのだけどね、まだ手入れをしなきゃいけないものがあってね。午後にしようと思っているんだ」

「私もお手伝いをさせてもらってもいいですか?」

「もちろんだよ」


 管理人になったばかりの頃は、エルザが手伝いを申し出ると驚かれた。

 貴族令嬢が土に触れようとするなんて思ってもいなかったのだろう。

 いまはもうすっかり慣れているのか、庭師たちはエルザの言葉に笑って歓迎してくれるようになっているけれど。


(午後が楽しみだわ)


 うきうきで温室を後にして、ほかの温室の見回りに向かった。


 エルザが管理人を務める王宮の温室は、魔法の温室だ。

 その名の通り魔法により適切な温度や湿度、光や風などが調節されて、適切に保たれている。


 たとえばカモミールは秋に種をまいて、春の気温で発芽するハーブだ。

 だが温室の気温は魔法により一定に保たれているため、春だけでなく夏や冬にも花を咲かせることができる。

 カモミールは春にも種を植えることができるけれど、秋まきのほうが丈夫に育って多くの花を咲かせるから、温室ではこの方法が採用されていた。

 そのため冬の気温が保たれている温室で一定期間冬越しをしてから、春の気温の温室に移したりする必要がある。


 いくら魔法の温室だからと言って、放置するだけで育つわけではないのだ。

 種まきや水やりはもちろん、株分けや手入れなども必要になる。

 害虫が付きやすいカモミールには、害虫対策も必要だ。


 そのほかにもいろいろ手入れをしなければいけないため、温室を管理するための庭師が二十人ほど雇われていた。

 ベテランから新人まで多くいるけれど、ほとんどが平民で、エルザのような貴族令嬢は一人もいない。


 王宮の庭園はとても広い。敷地内を移動するのに、端から端までだと馬車を利用しないといけないこともある。


 温室は本宮の南側にある。北側には王族の住む宮がいくつかあり、西側には森があり、東の端には使用の住まう離れなどがあった。ちなみにエルザの部屋のある貴族用の離宮は南東にあるため、温室まで歩いていくことができる。本宮に行く場合は馬車を使わないと時間がかかってしまうのだけれど。


 ともかく、広い温室の一部分にあるのが温室なのだけれど、広さに反して庭師の数は少ない方だった。

 それでもみんなのおかげで、しっかり運営することができている。

 常に、感謝の日々だった。


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