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第33話 生い立ち

 包み隠さずに語られた、ローズマリーの生い立ちを知ったダリウスは、静かに深いため息を吐いた。

 彼女の生い立ちは、想像していたよりも過酷なものだったが、すぐ鵜呑みにできるわけではない。


 客室を後にすると、ダリウスはすぐに行動に移した。

 エルザの無罪を晴らすためにも、ローズマリーがいざという時のために隠しているという証拠を取りに行かなければいけないのだ。



 昼過ぎには、マロリス公爵邸に着いた。

 突然の訪問だったが、公爵夫妻はダリウスが邸宅の中に入ることを止めなかった。

 ローズマリーが毒で倒れた後、公爵邸には騎士団に捜査に入っている。

 その時には何も証拠が出てこなかったと耳にしている。今度はダリウスが自ら捜査したいという言葉に、公爵夫妻は快く対応した。


「娘が殿下にご迷惑をおかけしまいた。公爵家としては後ろ暗いところは何一つございませんので、いくらでも捜査にご協力いたします」


 目を伏せる公爵夫妻からはいまいち感情が読み取れない。

 本来なら娘が毒を飲んだと聞いたら血相を変えて心配するだろうに、二人からは娘を案じる言葉もなかった。それはローズマリーが彼らと明確に血が繋がっていないということを示しているようでもあった。


 ダリウスはすぐにローズマリーの寝室に向かった。

 いくら婚約者とはいえ、未婚の女性の部屋に入るのはあまり好まれたものではないものの、ローズマリーから了承を得ている。公爵夫妻も特に拒むことはなかった。


 そして、ローズマリーから聞かされていたところから彼女の日記と、いくつかの書類を見つけた。


「今日は捜査にご協力いただき感謝する」


 ダリウスの言葉に、マロリス公爵夫妻はゆっくりとお辞儀をした。

 このあとにもう一か所、行かなければいけないところがあるのですぐに邸から出ようとすると、ダリウスだけに聞こえるような声音で公爵がぽつりと言葉をこぼした。


「……どうか、あの子にご慈悲をお願いします。私どもは、ただ見ていることしかできませんので」


 一瞬意味が分からなかったが、ダリウスはすぐに言葉の意味にたどり着く。


「……できる限りのことはしよう」


 絞りだした声に反応はなかった。

 背を向けたまま、ダリウスは公爵邸を後にした。




 その次に向かったのは、ローズマリーの生家と言われている男爵家だった。マロリス公爵家の傍系ではあるものの、血の繋がりはとっくに薄れていて、いまでは名前ばかりの貴族家だ。

 噂では、先代男爵の浪費のせいで没落寸前までいったらしい。

 でも、現在の男爵になってから少しずつ持ち直し、貴族家の体面はギリギリ保っている。


 ダリウスが男爵家を訪れると、迎えに上がった男爵夫妻は驚いた顔をした。

 いち早く我に返った男爵夫人が、頭を下げる。


「殿下にこんなところまでご足労いただき、感謝いたしますわ」

「今日は、捜査のために参ったのだが……」

「ああ、ローズマリーのことですね。でしたら、お部屋にご案内しますわ」


 思ったよりもあっさり部屋に案内された。

 ローズマリーが幼少期使っていたと思われる部屋は、どうやら当時のまま保存しているらしい。養子に行った娘とはいえまだ情は残っていると、男爵夫人は切なそうに話を続ける。

 王子が相手だというのに、彼女の言葉は止まらなかった。


 ローズマリーの部屋として案内されたのは隅のほうにある部屋だった。

 部屋の位置に眉を顰めたダリウスは、部屋の中を見回してさらに眉間の険しくさせた。


 ひとことで言うと、質素な部屋だった。最初に案内された応接室のほうが調度品が揃えられていて、彩もあった。

 それなのにこの部屋は、貴族令嬢の部屋にしては華やいだ置物は何もなく、ただの木の机に木の椅子、木でできているベッドには柄のない水色のシーツが敷かれている。


「この部屋は、本当にマロリス公爵令嬢が幼少期に使っていた部屋なのか?」

「はい。もちろんですわ。あの子はあまり派手なものは好みませんでしたので、部屋もこうして落ち着いているのです」

「……そうか」


 男爵家と公爵家。いくら財力の違いはあったにしては、調度品の質があまりにも違いすぎる。


(まるで、置物のような部屋だな)


 一通り部屋の中を調べるが、特に何も出てこなかった。


(やはりな。公爵家はともかく、男爵家ぐらいならあの人はいくらでも操作できるだろうからな)


 もとより男爵家に来たのは、とあることを確かめるためだった。

 ダリウスは早々と捜査を終えると、再び夫人に声をかける。


「そういえば、男爵夫人は花が好きなのか?」

「お花ですか?」


 突然の問いかけに男爵夫人は首を傾げたが、すぐにダリウスの問いに答える。


「ええ、好きですわ。特に赤いバラとかロマンチックですし、華やかな花が特に好きなんです」

「彼女も花が好きだと言っていたな。確か、彼女の名前の由来も花だと聞いているが」

「ええ。私が薔薇――ローズが好きなので、そこから名付けたのですわ」

「ローズマリーは、ハーブだと聞いたのだが……」

「あら、殿下。ハーブはただの雑草みたいなものじゃないですか。ふふ、冗談が過ぎますわ」

「いや、確かに聞いたぞ。ローズマリーはハーブのひとつだ。同じ名前のように強い女性になれるようにと、そう名付けられたと本人が話していたんだ。まさか、夫人は彼女の実の母親なのに、そんなことも知らなかったのか? ……ローズマリーが何かも知らずに名付けたとは、まるで自分の子供ではないようだな」


 ダリウスの言葉に、男爵夫人が慌てたような声を出す。


「あの子は私がお腹を痛めて産んだ子ですわ。いくら殿下でも、失礼じゃありませんか?」

「すまない。失言だったな」


 ダリウスは短く詫びると、悟られないように深いため息をついてから男爵邸を後にした。


 男爵家については、もっと詳しく調べる必要があるだろう。

 ローズマリーの話が真実であれば、どこかに綻びが見えてくるはずだ。


(……これで確かめたいことは、確かめることができたな)


 これからのことを考えると気が重くなるが、これもいわれのない罪で捕まっているエルザを助けるためだ。


 馬車に乗ると、ダリウスは王宮へと急いだ。

 空はもうすっかり、オレンジ色の夕焼けに染まっている。


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