第32話 事件の犯人
「エルザさんが――ミツレイ伯爵令嬢が逮捕されたというのは、本当なのか?」
ダリウスが乱れた口調を取り繕うようにして問いかけ直すが、エドウィンの口から出てきたのは先程と変わらない言葉だった。
「はい。伯爵令嬢は、毒殺未遂事件の容疑者として逮捕されました。騎士団で確認をしたので間違いありません」
「でも、なぜ彼女が?」
「どうやら目撃者がいたようです。ミツレイ伯爵令嬢が毒草のある温室から出てきて、マロリス公爵令嬢と会っている姿を見た者がいたらしいですよ」
「……なんだと?」
「目撃情報が正確なのかはわかりませんが、ミツレイ伯爵令嬢がマロリス公爵令嬢と会っていたことは間違いないと思います」
エルザがローズマリーと会っていたという話を聞いて、ダリウスは混乱していた。
(どういうことだ?)
管理人であるエルザが温室にいることは、何もおかしくない。
だけど、そこでローズマリーと会っていたという話が本当なら、疑念が湧いてくる。
(エルザさんがオレを狙って毒草を渡した?)
いや、それはありえないだろう。信じられないことだ。
「そもそも動機がないと思うが……」
「まだ詳しくは調査しないとわからないようですが、騎士団としては今回の事件、殿下ではなく公爵令嬢を狙ったものではないかと思われているようです」
エドウィンの言葉で少し首をひねるが、すぐに思い当たることがあった。
「マロリス公爵令嬢のせいで、エルザさんが婚約解消されたからか? でも、それは前の舞踏会で侯爵子息の思い込みだと判明しているのではないか? エルザさん自身も、あの男にはもう心残りはないと言っていたぞ」
「……それはわかりませんよ。人の心は、そう簡単に変わらないものですから」
「とにかく、一度エルザさんに会いに行く必要があるな」
ダリウスはそばに控えていた侍従に指示をする。
「マロリス公爵令嬢が目を覚ましたことはしばらく内密にしてくれ」
「承知しました」
侍従はうなずくと、すぐに動き出した。
「エドウィン。いますぐ騎士団に向かうから、先触れを出してくれ」
「はい。……あの、ところで、殿下」
「どうしたんだ?」
「……いえ、なんでもありません。すぐに行って参ります」
何か言い淀んでいたエドウィンだったが、すぐにいつもの表情に戻ると、足早にかけていった。
ダリウスはそのあと騎士団に向かったが、エルザは調査中のためすぐ会うことはできなかった。
食い下がったものの、王宮内の事件や事故を総括するの騎士団に、王子の権力を使うのは白い目で見られてしまう恐れがある。
(……仕方ない。先に公爵令嬢に会いに行くか)
そうして訪れたのはローズマリーが療養している客室だった。
部屋の前にいた騎士に挨拶をして、ダリウスは室内に入った。
王宮医がダリウスの姿を見て慌てて立ち上がる。
「状況は?」
「一度目を覚まされましたが、記憶が混濁しているようです。神経毒ですので手足のしびれなども残っておりまして、まだ満足に話せない状態かと」
「……そうか」
「少なくともしびれなどの後遺症は残る可能性があります」
「わかった。少しの間、部屋から出ていてくれ」
「御意」
王宮医は要件を訪ねるという無粋な真似はすることなく、部屋から出ていった。
部屋の前には護衛がいるし、いまの状態のローズマリーがダリウスに手を出すことができないとわかっているからだろう。
ベッド脇の椅子に腰かける。
毒を飲んで真っ青な顔で倒れるまで、ローズマリーは呆然とした顔をしていた。
もし自分が毒を盛っていたのであればあんな表情はしていなかったはずだ。オリビアみたいに、相手の挙動を確かめるような視線を向けていただろう。
それにあの時ローズマリーは晴れ晴れとした表情で、このお茶会が終わったら解放されるのだと言っていた。
まるで自分が毒を飲むとは思ってもいなかったように。
(公爵令嬢は、何から解放されたかったんだ?)
疑問に思っていると、かすれた声が聞こえてきた。
ローズマリーが目を覚ましたようだ。
「……殿下、ですか……?」
「目を覚ましたか?」
薄桃色の瞳に問いかけると、彼女はゆっくり瞬きをしたのちにうなずく。
「ご迷惑……おかけ、しました……」
「目を覚まして早々で申し訳ない。本来なら回復を待つべきだが、あまり時間がない。今日、ミツレイ伯爵令嬢が騎士団に捕まったんだ」
何か知っているかという意味を含めた言葉に、薄桃色の瞳が大きくなる。
「彼女、が……?」
「ああ。毒殺未遂事件の容疑者としてな」
「な、なぜ、ですか……」
ついさっき、エドウィンから二人が合っていたという話を聞いたばかりだった。
「エルザさん――伯爵令嬢とはどんな関係だ?」
「……親友、です。わたくしが、そう思っている、だけ、ですが」
「そうか。前に言っていた、勇気をくれた親友が彼女だったんだな」
彼女の真っ直ぐさは、ダリウスにないものだ。
ローズマリーも自分と一緒で彼女に助けられていたという思わぬ共通点を見つけて、ダリウスはふっと表情を緩めた。
「エルザさんを助けるためにも、あなたから話してもらいたいことがある。今回の毒殺未遂に関して知っていることすべてだ」
ローズマリーはゆっくりとうなずいた。
「もとから、そのつもりです……。すべて、お話します。愚かなわたくしの失態と、あの狡猾な男の罪について……」
◇◆◇
今朝がた、いつものように出勤したエルザは、即座に騎士たちに囲まれた。
そして連れてこられたのが、貴族牢と呼ばれているところだった。
貴族牢とだけあって、普通の部屋のようだったが、窓に鉄格子がはまっていてそう簡単に外には出られなくなっている。
ここについてすぐ、騎士から話を聞かされた。
「あなたを、マロリス公爵令嬢への毒殺未遂の容疑で逮捕しました」
衝撃的な言葉にもちろん反論したが、聞き入れてもらえなかった。
ローズマリーと会って話したのは事実だけれど、それは一回だけだ。毒草のある温室に入ったこともない。
(どういうことかしら……)
いくら大声で扉に向かって訴えても、誰も聞いてくれない。
途方に暮れながらも、エルザは部屋の中でおとなしくすることしにした。
だが、じっとしてばかりもいられない。訴えすら聞いてもらえないのであれば、このままだと犯していない罪で裁かれることになるかもしれない。
両親との面会も許されていない。
まるで重犯罪者のような扱いだ。
(みんなはどうしているかしら)
エルザが捕まったということは、家族にも迷惑をかけていることだろう。
椅子に座ったまま、エルザは祈るように手を組み合わせた。いまは家族の無事や自分の身の潔白が証明されることを祈ることしかできない。
そんなことをしていると、扉のノック音が響いた。
「失礼しますよ」
そう言って扉から顔を出したのは、ランドルフだった。
彼は騎士を下がらせると、一人で部屋の中に入ってくる。
エルザは即座に立ち上がると、ランドルフに訴えた。
「私は何も罪を犯していません。毒草のある温室にも入ったことはありませんし、ロージー様を……ローズマリー様を毒殺しようとしたこともありません。本当なんです。信じてください!」
誰でもいいから自分の無実を訴えたくて叫んだことだったが、ランドルフが困ったようにため息をつく姿を見て、エルザは自分の失態を悟る。
(そういえば、日記に……)
顔面蒼白となったエルザの姿を見て、ランドルフは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「あなたの無実は私には関係ないんですよ。ただ間違いないのは、どうあがいても、あなたがこの事件の犯人になるということだけですから」




