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第3話 カレンデュラのような瞳


(あれから一年、いろいろなことがあったわね)


 アカデミーを卒業したばかりの令嬢が、いきなり王宮で役職に就く。

 ローズマリーのようにカリスマがあれば別だけれど、エルザみたいな平凡な令嬢にとっては珍しいことだった。

 座学の成績はそれなりだったけれど、固有能力のないエルザは周りから蔑まれたこともある。

 デレクの婚約者ということもあり、アカデミーではやっかみを受けたりもした。


 エルザが温室の管理人になるのに反対意見はあったものの、このまま管理人を空白のままにしておくのも問題だ。

 温室にあるハーブは、主に王宮で日常的に使われているものだった。

 お茶やお菓子、料理などに使われるものから、薬になるもの。それから研究のために集められているものや、なかなか手に入らない貴重なハーブまで。

 多種多様なハーブが育てられていて、必要とする者も多い。


 エルザの代わりに管理人に立候補する者もおらず、しばらく様子見で――といった形で、エルザは温室の管理人になったのだった。


 管理人になってからも、ベテランの庭師からは煙たがられたり、迷惑をかけてしまったこともある。

 前任者の引継ぎがわかりやすかったから、貴族の対応はどうにかなったけれど、ハーブを育てることに関しては一年経ったいまもわからないことだらけだ。


(それでも最初の頃に比べれば、みんな私の話を聞いてくれるようになったわ)


 最初はよそよそしかった庭師たちも、エルザと接するうちに、少しずつ認めてくれるようになったのだ。


(まだまだだけれど、これからもがんばらないとね!)


 今日最後の訪問客を見送った時には、もう外はすっかり暗くなっていた。


(今日は泊まろうかしら)


 王宮の役職に就いたエルザは、役職のある貴族用の離宮に一室が与えられていて、そこに寝泊まりをすることがある。

 温室からは馬車で少し行ったところにあるため、そろそろ帰ろうと管理人室に戻ろうとした時、一人の庭師が近づいてきた。



「管理人さん、お疲れさまです」

「お疲れさま。いつもありがとうございます」

「いえいえ。これが僕らの仕事ですから」


 周囲を見渡すと、ほかの庭師の姿は見当たらない。どうやら最後の一人みたいだ。

 挨拶を交わすと、庭師の青年は足早に去って行った。


 その後ろ姿を見送り、今度こそと帰ろうとしたとき、どこからかガサガサ音が聞こえてきた。


「……まだ、残っている人がいるのかしら」


 それにしても妙だ。

 音が聞こえてくるのは、温室を取り囲む生垣が並ぶ辺りだった。人の通り道ではない。


(動物? それとも、不審者?)


 どちらもあり得るけれど、後者だと厄介だ。

 警備兵を呼びに行こうにも、エルザの足だと追いつかれてしまうかもしれない。

 それに生垣には確か不審者対策の魔法がかけられていたはずだ。


 エルザは近くにあった木の棒を掴んで、音の正体を探る。

 ガサガサという音はどんどん近づいてきている。

 暗いからかわからないけれど、生垣の間にひょっこり人影が見えた気がした。


 その人影はエルザに近づいてくる。いくら木の棒を持っているからと言って、エルザはただの令嬢だ。護身術などの心得はない。

 腕が震えて、うまく木の棒を持つことさえできない。


(どうしよう……!)


 こんなことならもっと早く帰るんだった。

 そんな後悔をしても遅い。


 エルザよりも大きい人影は、フラフラと足取り悪く歩いている。

 灯りがその人影の顔を照らした。

 黒髪の青年だった。鮮やかなオレンジ色の瞳がぼうっと前を見ている。目の焦点は定まっていないのか、目の前にいるエルザの存在にすら気づいていないようだった。


(どこかで見たことのある顔だわ。……それにしても、なんて綺麗な瞳)


 ぼうっとした表情をしているが、オレンジ色の瞳だけはキラキラと輝いているように見える。


(まるで、カレンデュラみたい)


 フラフラとした足取りの青年が、地面に躓いた


「ちょっと、大丈夫ですか!?」


 とっさに、エルザは持っていた木の棒を地面に捨てると、青年に駆け寄った。


 躓いて倒れそうになっていた青年の身体を支えようとしたが、対格差がありエルザもバランスを崩して地面に倒れてしまった。


「いたたた」


 エルザは地面に尻餅をつくだけにとどまったものの、青年は顔面から地面に激突している。


「大丈夫ですか!?」


 倒れた衝撃で正気に戻ったのか、再度の呼びかけに答えるように青年が身じろぎをする。

 彼は立ち上がろうとして地面に手をついて上体を起こそうとしたが、フツ――と糸が切れたマリオネットのように力尽きてしまう。

 

 そしてしゃがみ込んでいたエルザの膝を枕にして、青年は眠り始めてしまった。

 

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