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閑話 強くなりたい少女たち・後編

「これが、ローズマリーなのね」


 エルザたちは温室にやってきていた。

 目の前にあるのは、ローズマリーと同じ名前のハーブだ。

 針のような形の葉がいくつも積み重なり合いながら、上に真っ直ぐ生えている姿は、堂々とした彼女の立ち姿にそっくりだった。


「実物を見るのは初めてだわ。……でも、花は咲かないのね」

「そんなことないですよ。いまはまだ咲いていませんが、そろそろ小さくて可憐な花を咲かせるはずです」

「そうなのね。……それにしても、まっすぐ育っているのもあれば、地面を這っているのもあるのね」

「ローズマリーには、まっすぐ育つ立ち性や地面を這うように育つ匍匐性、それから半匍匐性の三種類があるんです。どちらもしっかりとした根を張って、強く伸びるハーブなんですよ」

「……そう。上に伸びているのは確かにすごいわ。でも、這っているローズマリーは不格好じゃないかしら」

「そんなことないですよ。どちらもしっかりとした効果があって、とても素敵なハーブなんです。しかもローズマリーは常緑低木ともいわれている通り、年中葉が落ちることなく緑を保つことができる、とてもすごいハーブなんです!」

「……素敵なハーブ。そうなのね」

「ところで、どんな効果があるのか知りたくはありませんか!?」


 ずいっとローズマリーの瞳を見つめると、彼女は眩しそうに目を細めた。


「ええ、気になるわ――」

「ローズマリーは、抗酸化作用が強いことから、『若返りのハーブ』とも言われているんですよ。化粧品や薬などにも使われるほどで、記憶力の低下を押さえたりする効果もあるらしいんです。それから料理の臭み消しや香りづけにはもちろん、ローズマリーの高い香りは気分を明るくしてくれて集中力アップの効果も得られるんです」


 思わず、言葉を遮るように話してしまった。

 彼女は目を丸くしてから、ほんのりと頬を染めた。


「ローズマリーを連呼されると、なんだかわたくしの名前を呼ばれているように感じるわね」


 言われてはっとした。


「すみません。でも、いい名前です!」

「ありがとう。でも紛らわしいからわたくしのことは、ロージーでいいわよ」

「ロージー? もしかして、愛称ですか?」

「……ええ、昔、わたくしのことをそう呼んでくれた人がいたの」


 ローズマリーは、どこか遠くを懐かしむように目を細めていた。

 その瞳にはどこか切なさが滲んでいるように見えた。

 もしかしたら本当の母親のことを思い出しているのかもしれない。


 男爵令嬢だった彼女が公爵令嬢になる。

 傍から見ると、それは幸運に恵まれた美談のように思えるかもしれない。

 だけど、それはきっと楽しいことばかりではない。


「ふふ。なぜかエルザさんと一緒にいると、もうすっかり忘れてしまったと思っていた昔のことを思い出すわ」


 ローズマリーはもう笑顔を浮かべていた。背を伸ばして立っている姿は、エルザの憧れそのもののはずなのに、それにどこか孤独感を感じるのはなぜなのだろうか。


「エルザさん。あなたと会えてよかったわ」

「ロージー様? なにか、あったのですか?」

「……ふふ。あの舞踏会の日から、あなたともっと近づきたいと思っていたの。だから、今日話せてよかったわ」


 温室から出ると、ローズマリーは表情を隠すように日傘を差した。


「ねえ、エルザさん。本当にローズマリーは役に立つと思う?」

「はい、思います! なぜならローズマリーは強くてたくましいハーブですから!」

「……ありがとう。あなたにそう言ってもらえると、勇気がもらえるわね」


 顔を隠しているから声でしか判断ができないけれど、普段のローズマリーらしからぬ、どこか弱々しい声だった。

 心配になって話しかけようとしたエルザより先に、ローズマリーが口を開く。


「そういえば、あっち木陰にも温室があるのね。あそこにもハーブが植えられているの?」


 ローズマリーが指したところは、温室が並んだ一番隅にある建物だった。


「あ、あそこには私も入ったことがないんです」

「あら、管理人なのに、どうして?」

「あそこには貴重なハーブがあって、入れないんです。基本的にジェイソンさんがハーブの手入れをしているのですが……。あ、ジェイソンさんは庭師の一人でして」

「そうなのね」


 どうしてローズマリーがあの温室に興味を示しているのかはわからないけれど、こればかりは教えられなかった。


 なぜならあそこにあるのは毒性のあるハーブだからだ。

 毒をもつハーブも、使いようによっては薬になることがある。だから片隅の温室で育てられているけれど、まさか王城で毒草が栽培されているなど口が裂けても言えない。


 ローズマリーはたいして興味がないのか、すぐに歩きだした。その後をエルザもついていく。


「今日はエルザさんとお話しができて、とても有意義な時間を過ごせたわ」

「いえ、貴重な時間をいただいてしまって」

「いいのよ。わたくしが会いたくて来たのだから」


 ローズマリーは薄桃色の瞳でたおやかに微笑んだ。


「それじゃあね。また、お会いしましょう」

「こちらこそ。私、ロージー様みたいに強くなりたいので、話せて嬉しかったです」

「……強い女性。わたくしはそんなんじゃないわ」

「え?」

「……なんでもないわ。じゃあ、行くわね」


 何か言いたげだったローズマリーだけれど、日傘で顔を隠すと行ってしまった。



    ◆◇◆



 ローズマリーはただの雑草。

 そう言ってきたのは誰だったのだろうか。


 ローズマリー・マロリスにとって、パーティーは常に憂鬱なものだった。

 静かな部屋で一人でいることが好きなローズマリーにとって、人が多く、うるさいところは苦手だ。

 婚約発表も憂鬱だったけれど、公爵令嬢の義務としてそれを拒否することはできなかった。

 政略結婚が決まったのであれば、務めを全うするのがローズマリーにとっての義務なのだから。


 そんな憂鬱なパーティーで、凛とした声が耳に届いたのは偶然だった。


 声を出したのは小柄な令嬢だった。

 ふんわりとした栗色の髪が柔らかそうで、つい庇護欲がそそられてしまうような少女なのに、彼女の姿はパーティー会場にいる誰よりも輝いていた。


 ローズマリーにはできない、自分の気持ちを正直に伝える、飾ることのない言葉。

 白みがかった黄色の瞳はまっすぐで、つい視線が吸い寄せられていた。


(あなたは、わたくしのことを強いというけれど、本当のわたくしはそんなことないわ)


 誰よりも強いのは、彼女のほうだ。


(エルザさん。わたくしは、あなたのことが羨ましいわ)


 自分の意志で自分の未来を決められること。

 彼女は自分に憧れていると言っているが、ローズマリーはそんなエルザの姿勢に憧れてしまった。


(……わたくしにも、できるかしら)


 強くなりたいのはローズマリーも同じだった。


(このまま言いなりになって人生を終えても、わたくしの未来は真っ暗なままだわ)


 地面を這うローズマリーではなく、まっすぐ立つローズマリーになりたい。

 いままで特に意識していなかったのに、そんな欲を感じてしまった。


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