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第17話 舞踏会で

 エドウィンとともにグランドホールに足を踏み入れると、ほどなくして舞踏会の開始を告げる音楽が流れだした。


 舞踏会では、一曲目はパートナーと踊る決まりがある。

 エルザは突然のことだったけれど、エドウィンとダンスを踊った。

 エドウィンがダンスを踊っている姿はほとんど見たことがなかったけれど、公爵家の長男とだけあって上手なリードだった。


 一曲目が終わり、お互い向かい合って礼をすると、ダンスの輪を抜けて一息つく。

 目の前ではもうすでに二曲目が始まっている。そのダンスの流れを見ながらも、エルザは信じられない思いでいっぱいだった。


(まさか本当にエドウィン様と踊ることになるなんて)


 パートナーとして入場してくれただけでも驚きなのに、ダンスまで一緒にしてくれるとは思わなかった。


 入場した時、エドウィンの名前を聞いた瞬間に、一斉に突き刺さってきた視線を思い出す。

 針で突き刺されるような値踏みの視線。あのエドウィンがパートナーを連れているなんて珍しい上に、一緒にいるのが小さな令嬢なんて怪訝な目で見られたに違いない。きっと恋愛ではなく何か別の関係なのだろうとでも思われたのか、すぐに視線が逸らされたのだけが救いだった。


 入場してすぐに解散かと思われたが、エルザたちの後にすぐデレクが入場してきた。一人で入場するのは恥だと思っているデレクは、ひとりで入場しようとでもしていた令嬢に声を掛けたのだろうか。一緒にいる令嬢はデレクに熱っぽい視線を向けていたが、彼が見ていたのはエルザたちだった。


「ダンスもご一緒しましょうか?」

「良いんですか?」


 エドウィンに声を掛けられて、すぐに正気に戻る。きっとデレクがまだこちらに話しかけたそうにしているのに気づいたのだろう。

 エドウィンは変わらない無表情でなにを考えているのか定かではなかったけれど、口から出てくる言葉は淡々としながらもどこか気遣ってくれているようだった。


 迷ったものの、一人になるとまたデレクに絡まれるかもしれない。

 だからエルザはエドウィンの誘いに乗って一曲踊った。デレクもなぜかエルザたちの近くで踊っていたが、一曲目が終わる頃にはもう気にならなくなっていた。


「ダンスまでありがとうございました」

「お気になさらずに」


 壁際まで行ってからお礼を言うと、エドウィンはエルザではなくどこか遠くを見ながら答えた。

 その視線の先に何があるのだろうかと辿ろうとしたが、途中でデレクの姿を見つけてしまった。デレクはパートナーではなく別の令嬢と踊っているようで、その令嬢もデレクと一緒に踊れてうれしいのか舞い上がっているようだ。

 あの様子だと、まだしばらくダンスをしているだろうから、声を掛けられなくて済むかもしれない。


 デレクは自分の美貌をよく知っている。アカデミー時代からよく令嬢から誘われていたが、そのほとんどは婚約者がいるからという理由で断っていた。それでよくエルザがやっかまれたものだ。

 デレクはいま婚約者も恋人もいない。一時はローズマリーとの仲が囁かれたけれど、それも自然に聞こえなくなった。


 婚約者のいないデレクを目当てとしている令嬢は多い。今日は一人だから、余計に話しかけられるだろう。

 デレク自身も多くの令嬢に声を掛けられて、まんざらでもなさそうだった。


(昔からそうよ。たぶん私と婚約していたのも、体のいい女性除けだったのだわ)


 アカデミーでエルザがどれだけ陰口を言われてきたか。

 それをデレクに相談したこともある。「気にしすぎじゃない?」と言われて終わったけれど、あの頃のエルザは彼がそう言うのであればそうなのかもしれないと思っていた。


 でも思い返して、理解してしまった。

 デレクにとってエルザは、いくらでも替えの効く相手だったのだ。

 簡単に婚約解消したのも、結婚の約束を反故にしたのも。

 すべて侮られていたからこそのことだった。


「ミツレイ伯爵令嬢。私はそろそろ、主君の許に移動します」


 二曲目が終わり、三曲目が始まろうとしていた。

 デレクはまだダンスを踊っている。これだとしばらくは声を掛けられることもないだろう。エドウィンを引き留める理由もない。


「今日はありがとうございました」


 エドウィンは会釈をすると会場の奥の方に向かっていた。主君の許といっていたので、第一王子のところに戻るのだろうか。


(それにしても驚きだわ。ダリさんがバージウィル卿と知り合いだなんて)


 どんな知り合いなのだろうと詮索するのはあまりよくないことだ。

 ダリが高位貴族だというのは予想していたけれど、エドウィンが出てくるのは予想外だった。


(……バージウィル卿のことは、前から気になっていたのよね)


 実はエルザとエドウィンには一つだけ共通点があった。

 それは、エドウィンも貴族なのに固有能力が開花できていないことだった。


 ハーヴィニアン王国の貴族は、大なり小なり【固有能力】というものを持っている。

 固有能力は、その人だけが特別に使える魔法のことを指している。

 主に、火、水、風や地などの四属性に分けられている。


 固有能力は、ささやかな能力がほとんどだ。

 火属性であれば指先に小さな火を灯したり、水であれば水滴を浮かべて、風であればそよ風を吹かせたりできる。地属性はすこし特殊で応用が利くものが多いが、やはりささやかなものが多かった。

 たまに強力な能力を持っている者も現れるが、それはほんの一握りだ。


 昔は、固有能力があることが貴族としての証だった。

 のちのちそれは修正されたものの、いまでもその名残は残っている。

 アカデミーで固有能力を開花できないと、社交界でも笑いものになったりする。

 公爵家ほどの高貴な血筋でも、それは避けられないことだった。


 だが、エドウィンは違っていた。

 彼は固有能力を開花できなくても、自分の実力を証明した人だった。


 公爵家の長男にとして産まれたのにも関わらずに、アカデミーの検査で「水」の能力があると判明したのに、エドウィンは能力を開花することはできなかった。

 そのことは公爵家の汚点だと思われたが、エドウィンが剣の才能を余すことなく発揮したことにより、彼に注目する人が増えて行った。

 エドウィンは剣の実力だけでのし上がっていき、いまでは第一王子の側近だ。

 いまでは誰もがエドウィンの実力を認めている。


 エルザは、能力検査で「地」の能力があることが判明したにもかかわらず、いくらアカデミーで学んでも能力を開花することはできなかった。

 そんなエルザにとって、エドウィンも憧れの対象だった。


(私も、これからもっとがんばらないと)


 アカデミーを卒業したらデレクと結婚して、そのまま貴族夫人として変哲のない日々を送るのが自分の幸せだと思っていたこともある。

 でも、婚約解消されてからエルザは温室の管理人として、日々いろいろ学びながら働いている。

 自分が好きな物やしたいことと向き合って、邁進する日々だった。


(早くデレクのことなんて忘れましょう)


 まずは目の前にあることから頑張ろうと、そう意気込んだ時。

 やってきた声があった。


「やっと、見つけた。いま話しできるよね、エルザ」


 忘れようとしていた矢先にやってきた緑頭。エルザの手に力が戻る。


「大事な話があるんだ。聞いてくれるよね?」


 エルザの返答を気にすることなく、デレクは言葉を続けようとした。


「婚約解消なんだけど、それを――」


 デレクの言葉を遮るように、張り上げた声が聞こえてきたのはその時だった。


「舞踏会の途中ですが、これから国王より大事な発表があります!」


 ホール内が静かになる。楽団員による音楽はいつの間にか止んでいた。

 自然とみんなの視線が、この国で一番高貴な人物に集まる。


 進み出てきた国王は、周囲を見渡すと厳かに告げた。


「今宵は、初夏のパーティーに集まっていただき、感謝する。今日はこの場を借りて、重要な発表がある。第一王子、前へ」


 陛下の隣に第一王子が並んだ。

 それにより多くの人が察したことだろう。

 今回のパーティーが開催される前に、広く出回った噂。


 今日のパーティーで、第一王子の婚約者が正式に決まるかもしれない。

 その相手は、きっとマロリス公爵家のローズマリーだろうと。


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