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第14話 ガーデンパーティー


 ジメジメとした雨季が明けると、途端にからっとした快晴になる。

 まだ夏本番前の涼しい気候の中、ガーデンパーティーが王宮の庭園で開かれていた。

 ガーデンパーティーは初夏の催しだ。王侯貴族の成人以上の男女が参加することができる。


 ドレスコードは「夏の始まりに相応しい色」と、毎年決まっている。

 特定の色が決まっているわけではないけれど、多くの人は緑や青系で揃えると聞く。


 でも、エルザはその二色を選ばなかった。

 青色は単純にエルザの栗色の髪に似合わないからという理由なのだけれど、緑色だけは絶対に着たくなかったのだ。緑色は、元婚約者であるデレクの髪色だから。


(……やっぱり、緑と青が多いのね)


 会場に入ったエルザは、そっと周囲を見渡す。

 男性も女性もほとんどの人が緑や青をベースにした装いをしている。


(浮いてないわよね)


 小さい体を生かして、そそくさと隅の方に行く。あまり目立ちたくないというのもあるけど、自分の着ているドレスをみて嫌味を言われたくなかったからだ。


 エルザは自分の瞳と同じ色合いの黄色いドレスを着ていた。

 黄色いドレスを着ている女性もいるけれど、ほとんどの人はそれに緑を合わせている。エルザも最初はそうしようとしたのだけれど、ドレスを仕立ててもらう時にどうしても脳裏にあの顔がちらついてしまい、取り入れるのをやめたのだ。

 緑の代わりに青色の装飾をつけているのでドレスコードに間違いはないと思うのだが、少し不安だった。


 黄色も初夏に相応しい色だ。夏には庭園には向日葵が咲き乱れるから、夏の色と言えばで黄色を上げる人もいるだろう。


(誰も私のことを気にしていないみたい)


 とにかく安堵する。

 ガーデンパーティーは庭園に咲く花々を眺めながら、みんなで和やかな会話をするのが通例だ。お茶をする席もあり、仲の良い友人同士で席を囲むこともある。


「あら、エルザ様」

「久しぶりにお会いしましたわね。お元気でしたか?」


 参加したのは良いものの、仲の良い知り合いもおらずに隅の方にちょこんと立っているだけだったエルザに気づいたのは、アカデミー時代の学友だった。といっても、エルザからすると友人とは呼べない間柄なのだけれど。


「最近社交界に顔を出されていないみたいで、少し寂しく思っていたのですよ。でも、変わらずにお元気そうですね」

「あら、そんなことを言っては可哀想よ。エルザ様はデレク様に……」


 話しかけてきたのはあちらなのに、二人でコソコソ話し始めている。それもわざとこちらに訊かせるような声量だった。


 この二人は、アカデミー時代からことあるごとにエルザに対して嫌味を言ってきた。

 その理由は、誰にでも分け隔てなく接してなおかつ見目麗しいデレクの婚約者がエルザだったからだ。

 二人ともデレクを慕っていたらしく、婚約者であるエルザに相応しくないだとなんだと、いろいろと言ってきたのを覚えている。

 いまもこちらを心配している風を装いながらも、内心馬鹿にしているのがわかる。


 エルザはそんな二人に負けじと、社交スマイルを浮かべた。


「最近は仕事のほうが忙しくて、なかなか顔が出せなかったんです。でも、安心しました。お二人とも、変わらずに過ごされているようで」


 二人はそっと顔を見合わせた。口元に笑みを浮かべたまま。


「そういえば、噂で聞きました。温室の管理人になったのですよね」

「まあ、結婚もしていないのに? いまはそんなことをしている場合ではないでしょうに」

「しかたないですわ。エルザ様は、固有能力を開花できなかったのですから」

「でも、大丈夫ですよ。エルザ様は素敵な人ですから、きっといい縁談が見つかりますわ」


 まるでこちらを心配しているような態度に見えるけれど、内心は違うだろう。


 卒業とともに婚約解消されたエルザの噂が社交界で出回っているのは知っていた。卒業してすぐ結婚式を挙げることが決まっていたのに、直前でキャンセルになり、それで何か問題が起きたのではないかと思われたのだ。

 デレクはローズマリーの側で事業を貢献しているのに、エルザは社交界に顔を出すことがなくなった。だからエルザに固有能力がないのが問題なのではないかとまことしやかに囁かれている。


 内情を知っている人は、デレクの瑕疵であることを知っているからそこまで話題に上がっていないものの、エルザの評判は少し下がってしまった。

 それもあり、去年は社交界にはあまり顔を出さなかった。

 去年は社交界に顔を出さなくても、母から何も言われることはなかった。でも、さすがに今年も同じというわけにはいかないので、エルザは初夏のパーティーに顔を出すことにしたのだった。


「お気遣いありがとうございます。それでは失礼します」


 ここで声を荒げて言いかえしたりしたら、おかしいのはエルザになる。社交界で感情を出すことは恥だから。

 だから湧き上がってきた感情をぐっと押しとどめて、エルザは場所を移動することにしたのだが、背後からさらにコソコソ話す声が聞こえてきた。それもやはりエルザに聞こえるような声量で。


「デレク様は高値の花ですものね」

「元から、エルザ様には不釣り合いでしたのよ」


(デレクが高値の花ですって!? あんなの、ただの迷惑なだけの雑草よ。まだミントの方が使い道があるわ。……いいえ、デレクを雑草と同率に語るなんて、それは雑草に失礼だわ)


 再び湧いてきた怒りは静まることはなかった。

 いまのデレクは確かに事業に貢献していて、なおかつモデルとして活動していて、もう手の届かない存在になっている。

 だから高根の花と称されることはわからなくはない。


 エルザは気づいたのだ。デレクから婚約された際に、自分がずっと彼から軽んじられていたことに。

 結婚の約束なんて簡単に反故にされても罪悪感すら抱かれない。舞踏会のパートナーが必要だからと、婚約解消した相手に平気で誘いをかける。

 彼にとってエルザは、使い勝手のいいだけのただの幼馴染みなのだ。


 こうして湧き上がってくる感情も、きっとそんなデレクの身勝手さが原因だろう。


(……婚約解消されたとき、デレクに対する感情はすべてなくなったと思ったのに)


 エルザは心機一転する目的でも、一人で庭園に出ていくことにした。

 花でも眺めれば気がまぎれるだろうと、そう思って。


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