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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔法少女キュアリアスのオトモ交代劇

「……ねえ、ミコトちゃん。僕ね、君の苦しみを軽くする方法を知ってるよ」


 うずくまる少女。その手に握られたロープ。部屋の中央に持ってこられた、小さな椅子。

 明かりのない部屋の中で、ミコトにとある力を与えたウサギ型の小動物の瞳だけが宝石のように輝いてそれらを見つめている。


「けどね、それはあくまで対症療法……そうだなあ、風邪の時の熱を下げるための、氷のようなものなんだ。苦しみの根幹を取り除いてはくれないよ」

「……なんで、いま?」

「このこと、普通は教えちゃだめだから……申請は、ずっと出してたけど、担当の生命の危機においてのみ使用を許可するって、一点張りだった」

「……じゃあ、私が死のうとした今、やっと許可が下りたってコト?」


 小動物は頷く。


「……逆に言うと、死のうとしても止められちゃうんだね?リィリと、リィリの上司さんたちに」


 宝石の輝きは閉じられ、震えるような「そうだよ」という声がミコトの耳に届いた。


「わかった……じゃあ、その延命処置、受けてあげる」


 ミコトがそういうと、リィリの瞳が開かれる。リィリが祈るようにミコトの聞き慣れない呪文を唱えると、ミコトが魔法少女に変身する時のような光の帯が現れて彼女を包み込んだ。

 光の帯が衣装とならず、ただミコトの内にしみこむように入っていく。

 輝きが止まった時、ミコトは自分の感情が正しく抑えられていることを自覚していた。

 魔法少女キュアリアスとして戦った時にとある戦いで大きな失敗をしてひどいバッシングを受けていた絶望感や、数多の救えなかった人に対する後悔の念も、どこか遠いものになっていた。


「すごいなぁ……なんか、よくわかんないけど。全部、本で読んだことみたいな気持ちになってる」

「そういう魔法だよ。感情を抑制する魔法。気づかないだけで、ミコトちゃんがキュアリアスになるときもこれ使ってるんだよ」

「そうなの?」

「うん……だって、怖いでしょ?侵略者たちと戦うのって。その怖さをね、軽減する力が変身魔法に組み込まれてるんだよ」

「そっかぁ。変身した時の私って勇気あるなって思ってたけど、そういう事だったんだね~」


 そう言いながら、ミコトは部屋の電気をつけて、椅子やロープを片付けていく。

 一見、当たり前の日常生活に戻ったように見える彼女を、リィリはいたましげな目で見ていた。


「リィリ?どうしたの?」

「……ミコトちゃん、僕はね、ミコトちゃんの事大好きだよ」

「いつも言うよね、それ」


 本当に当たり前の状態に戻っているのなら、まともに受け取ってしっかり照れていたはずのミコトのその反応に、リィリは諦めたような笑顔を浮かべた。


「うん、いつも思ってる事、ちゃんと伝えたいなって思ったから」


 そうやって伝えていても逃れられなかっただけの深いショックと絶望感を抑えているんだから、普段通りの愛の言葉なんて届くはずはなくなってしまった。


「ミコトちゃんが元気になってくれてよかった!僕、許可出してくれた上司さんにお礼言ってくるね!」

「うん、行ってらっしゃい」


 担当する原生生物に対して嘘をつくことは推奨されない。隠し事は多々あれど、ミコトに明確な嘘をつくのはリィリにとってこれが初めてだった。

 許可を取るのも連絡も、簡易なテレパシーで済む。今はただ、リィリがミコトと距離を置きたかっただけだった。


 高く高く、空気が薄くなるまで高く。


 夕暮れの空をひたすらにのぼったリィリは、宙域に出る直前で陽やく上昇を止めた。

 見下ろす地球は大気の層に阻まれて、小さなものは見えなくなっている。

 異界の侵略者たちにとっては、ミコトもミコトの失敗で出た被害者たちも、このうすぼやけた星の表面にいるちっぽけな原生生物に過ぎない。

 それは、同じく侵略者であるはずのリィリにとっても同じだったはずなのに。


「……僕は、ミコトちゃんの事が大好きだ」


 物質的資源としても魔力的資源としても有用なこの星の中で、より強く便利に扱えるエネルギー源は感情といわれるものだった。

 侵略者たちも最初からそれに気づいていたわけではない。なんせ、異界の者達は感情を思考のバグとして排除する傾向にあり、結果感情や情緒というものが薄い生態となっていた。

 本格採取前の調査で発生していた文明圏の調査を行った際、感情を原生生物が重用しているのに気づき、それが本当に有用であると証明されて今がある。

 つまり、俗にいう異界の侵略者とは人々や地形に危害を加える物質採取係だけではない。

 その危機に対応しようと思えるだけの強い感情を持つ人々からの感情を採取するためにヒーローやヒロインの導き手として近づくオトモたちも、まぎれもないこの世界への侵略者なのだ。


「ミコトちゃんの、よく笑うところが好きだ」


 エネルギー源たるヒーローやヒロインたちの姿が広まれば、それに憧れて感情を強くする者達も出てくる。そうした人々を新たなヒーローやヒロインとして仕立て上げ、また感情を採取していく。

 地球は気づかぬうちに、異世界の資源採取牧場と化していた。

 そして、そうと気づかれぬように、感情採取魔法については変身魔法の一部として偽装し徹底的に秘匿することが求められていた。


「ミコトちゃんの、他人を思いやれる優しいところが好きだ」


 ミコトはリィリの見出した原石だった。

 思春期の強い感情だけではない、きっと大人になっても変身ヒロインを続けられるだけの高い感受性を持った少女だった。

 彼女の死は一つの感情鉱脈の崩落と同じであると認識されたからこそ、原則的に単体使用を控えられている感情採取魔法の使用許可が出た。


「ミコトちゃんが生きてれば、それでいい……って思えたら、良かったのにな」


 自分の本心がそこにはないことを、リィリはとっくに気づいていた。

 ミコトを危機から守りたかった。ミコトの心を傷つけるものから遠ざけたかった。本当は、ミコトの強い感情とそれを生み出す心の輝きを資源として採取するのではなく、ずっと傍で見ていたかった。


 夕日は沈み切る。茜色が宵闇に全てのみ込まれていく。


 ふと、リィリは規則の穴に気が付いた。感情採取魔法の単体使用は、地球の原生生物に向けての使用を控えるようにという風にされている。

 自分のこの痛みはきっと感情の一部なのだときづいていたリィリは、自分にそれを使ってみることにした。

 この星にはない言語体系の呪文を唱え、対象を己とする。光の帯がリィリを包み込む。

 魔法が白い毛の一本一本まで染み入ったその後、リィリはすべての気力を失って、地球に流れ星として墜ちていった。





 机に向かって数学の宿題を解いていたミコトの前に、猫型の小動物が唐突にあらわれた。


「コンバンハ!ミコトちゃん!」

「ん?誰?」

「アタシはねえ、リィリの後任ミーミ!これからミコトちゃんのオトモになるの!」


 ミコトは、普段であれば感じたはずの悲しみや戸惑いが非常に薄いことを自覚しつつ、ミーミに尋ねた。


「後任?リィリはどうしたの?」

「ん~~~……この状態の子なら言っちゃってもいっか!端的に言うと、自殺かな!」

「そうなんだ。何か悩んでる事でもあったのかな」

「半分事故らしいけどね~。考えればわかることもわからなくなっちゃってたみたいだし、夕方までのミコトちゃんと同じだね!」


 ミコトは、やけに明るくそういうミーミの事を不快だとすら思わなかった。

 ただ、ほんの少しだけ。リィリに魔法をかけてもらう前の痛みよりももっとずっと軽い苦しみが、チクリと刺しただけだった。

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