開発中のゲームのなかから出られないから、とにかくバグさがしをする
「しけんプレイヤーじゅういちばんさん、おはようございます」
「おはよ、オーラムさん」
試験プレイヤー11番こと、葛城裕一郎は、AIのオーラムにそう返事をして、体を起こした。「今朝もくうきがいいね」
「わかりません」
「あ、そうかあ」
裕一郎は二十五歳、浪人と留年をしたので大学を出たばかりである。大学時代はあまり勉強には身がはいらず、途中で父親の会社が危うくなったのもあって、学費の為のバイトに明け暮れていた。
問題を起こすような時間も金もなかったし、基本的に小心者の裕一郎はキラキラした陽キャグループにいびられても逃亡するだけで戦わず、何事もなく大学を出た。
ただし、バイトばかりしていたので、友人達が資格や検定に合格してきっちりスキルアップしていても、裕一郎にはなにもなかった。しかも、就活はまったくうまくいっていない。
卒業して二ヶ月ほど、やはりバイトでくいつなぎながら、どこか雇ってくれるところはないかとさがしていたら、父親から電話がかかった。
◇◇◇◇◇
「VRゲーム?」
「ああ。お前、子どもの頃ゲームをよくやってただろう?」
めっきり白髪が増えた父親に云われ、裕一郎は頷いた。
父親の説明はわかりづらいものだったが、要約するとこうだ。
今、社運をかけてMMOを開発している。
裕一郎の父親は企業向けアプリケーションを開発している会社の社長だった。といっても、コングロマリットの一部である。というか、そのひとつのゲーム会社の社内企業という実に弱い立場だった。
しかしそのゲーム会社から、あたらしいVRゲームのシステム構築にエンジニアを幾らか融通しろと云われ、父親含む数人が行ったらしい。ところが、これまでと勝手の違う現場に父親はついていけず、しかも途中でシステムが刷新されて一からやりなおしになったり、どれだけやっても何度もダメ出しをくらったりと、大変な作業だったらしい
が、一応ゲームは完成した。あとはバグがないかを、実際にプレイしてたしかめるしかない。
かなり没入感のあるVRゲームで、すでに開発チームの数人が試験プレイヤーとしてやってはみた。
「でも、酔うんだよ」
しかめ面の父に、成程と裕一郎は納得した。父は昔から、FPSでは確実に酔っていた。お父さんも一緒にやろうよ、と子どもの頃父をゲームに誘い、三十分ほどで父が夕食を全部戻してしまったことがある。
「上下動や左右のブレをオフにする機能を実装したいんだが、それがリアルさにつながるっていう意見もあって、開発チーム内でもオンオフ機能をつけるかどうかでもめてしまって……とにかく、お前はゲームでも酔わないだろう? 何人か、バイトを雇う予定もあったし、俺がつかってるキャラをお前が引き継ぐ形でやるのなら問題ないって判断でな」
「うん。いいよ」
裕一郎は軽く答え、傍にあるベッドを見た。そこには物々しい機械が置いてあり、なんだか安っぽい小冊子がそれに重ねてある。修学旅行の「旅のしおり」のようだ。
父はほっとした顔になった。「ありがとう。じゃあそれ、読んでおいてくれ。説明書みたいなものだ。そんなにページ数はない」
「うん」
「読み終わったらこれを頭につけて、こっちのは足首、こっちは手首にはめておいてくれ。俺用のキャラだから、ちょっとおっさんなんだよな。お前用に調整しておく」
「わかった」
「そんなに時間はかからないと思う。用意して、ベッドに横になっておいてくれ」
そう云いながら、父は部屋を出ていった。
「旅のしおり」めいたものには、ゲームの設定が書かれていた。
ゲームの世界「キャロディルーナ」は、ルーナという神に見守られて、人間、エルフ、ドワーフが仲好く暮らすところだった。三種族はルーナの神殿をつくり、供え物をし、穏やかに戦争もなく暮らしていたのだ。
だが二千年前、ルーナの神殿がエルフの不心得者達に襲われたことで、世界が大きく変貌する。
各地にあったルーナの神殿や、ルーナがつくったとされる山や谷、川、ルーナがすんだとされる場所などが姿を変え、そこから今まで見たこともないような生きもの達が出てきて三種族に襲いかかった。
それらは「モンスター」と呼ばれ、変貌した場所は「ダンジョン」と呼ばれるようになった。
モンスターにもダンジョンにも不思議な力があった。
モンスターは倒すと、アイテムやお金を残して消える。強いモンスターが姿を変えたアイテムは、エルフの秘薬になったり、ドワーフのつくる強力な武器になったりした。
またダンジョン内で死ぬと、「ルーナの涙」と呼ばれるアイテムを持っている場合だけだが、一番近くのまちのルーナ像の傍に生き返った状態で飛ばされた。ルーナの涙は花で、ルーナの愛した植物だとして神官達が栽培しているものだ。ダンジョンが出来て以来、神官達はそれを高額で売るようになった。
説明書はそこで終わっていた。裕一郎はもう一度はじめから、今度はざっと目を通し、裏表紙に補足があることに気付いた。
ルーナの涙を持っていればキャラはそれを失って復活する。ルーナの涙がなければすべてのアイテムと所持金を失って復活する。「大合戦」(PVPイベントらしい)でもそれは一緒で、基本的にプレイヤーなら死んでしまってもルーナ像の前へ戻されてやり直しがきくらしい。
ダンジョンへ潜り、モンスターを倒し、アイテムやお金を集めてクラフトしたりお金を稼いだり……が目的のゲームのようだ。プレイヤー同士で戦争のようなことも出来るというのが面白そうだった。キャラロストしないのも嬉しい。
裕一郎はわくわくした気分で、父に指示されたとおりに正体不明のなにかを体に装着していった。間違えないように確認しながらだ。さいわい、腕環のようなものにはご丁寧に、「足」「手」など、装着する部位が書いてあった。
裕一郎はゲームは好きだが、自分でもいやになるほどに文系の人間で、システムだのなんだのはまったくわからないし勉強もしていない。父はエンジニアだが、母は炊飯器さえつかえない機械オンチだ。それが丁度まざって、ゲームは出来るがシステムはまったくわからない裕一郎ができたのである。
ゴーグルをはめ、横たわって待っていると、くぐもった父の声がした。「裕一郎、準備できたぞ。名前の変更は出来なかったから、お前は試験プレイヤー11だ。バグを見付けたら、メッセージ機能をつかって報告してくれ。宛先ははいってる。運営ってやつだ。バグが起こった情況と、どこで起こったかを書いてくれたらいい。試験プレイヤーだから特別に、アナウンス用のAIと会話も出来る。自分がどこに居るかわからない時は彼に訊きなさい」
わかった、と答えたのだが、自分の声が聴こえない。
「まだ試験中だから、続けて二時間しかプレイできないことになってる。安全面を考えてな。時間が来たら強制的にログアウトさせる。そうそう、ゲームを終了したい時は、メニュー画面を開いて、右側に表示されるログアウトを選択すればいい。気分が悪くなったらすぐに辞めるんだ」
しゅわしゅわと奇妙な音がして、目の前でフラッシュをたかれたみたいなまぶしさを感じた。
◇◇◇◇◇
裕一郎はそれからゲームの世界に居た。
父のように酔いはしなかったし、スタート地点の近くにあった湖面に顔を写すと、自分に近い外見だが十二・三歳くらいの美少年になっていて、父親のひいき目を感じてくすぐったかった。
しばらくは真面目にバグをさがしていたのだが、ゲーム内で三日ほど、休まずに作業をしたら、流石に疲れた。二時間したら勝手にログアウトすると聴いていたのに、と思いながら、自分でゲームを終了しようとし、裕一郎はパニックになった。
メニュー画面を開いた時に、ログアウトだけは横に飛び出るような格好で表示されるのだが、それをタップしても反応がないのだ。
しばらく色々と試し、裕一郎は結局、「ログアウトできない」と運営宛にメッセージを送った。
疲れを感じていた裕一郎は、森のなかにあった廃墟に這入りこみ、体をまるめて眠った。目を覚ましても、運営からの返事はなかった。
「しけんプレイヤーじゅういちばんさん、どこへ行きますか?」
「うーん、どうしようかなあ」
裕一郎はすでに、体感で三年ほどゲーム内に居た。ログアウトできなくなって数日は落ち込んでいたものの、ほかにやることはなく、それからは彼はひたすらバグをさがし続けていた。
AIのオーラムは、あまり役に立たない。
ログアウトできないことに気付いてから、裕一郎はオーラムと何度も会話をした。それに拠れば、オーラムはおもにダンジョンや「大合戦」用のものらしい。
プレイヤーの位置を把握し、たとえば「○○ダンジョン何階層で××さんがレアモンスターを討伐しました!」「東の合戦場□□地点で△△さんが百連勝中です!」みたいなことをチャットに流す。なので、プレイヤーの位置を把握することと、ワープの補助が得意で、ゲーム内のデータを試験プレイヤーへ教えてもくれるが、それ以外はほとんどなにもできない。
試験プレイヤー11番、と、オーラムは裕一郎をそう呼ぶ。ということは少なくともほかに十人、試験プレイヤーが居るのだが、オーラムはそのプレイヤー達の位置を「はなせません」と教えてくれない。
そういう決まりだそうだ。なら仕方ないと、自分の位置を訊かれた時にほかのプレイヤーに教えてもいいと云っても、オーラムは「ふかのうです」とにべもなかった。
しかも、ほかのプレイヤー達はログインしていないということも充分に考えられる。裕一郎は、自分ひとりがこの世界に取り残されたのではないかと怯えていた。だから、あまり会話が成り立たなくても、オーラムに話しかけ、オーラムと一緒にどこへ行くかを相談した。
裕一郎はたまに、村や町へ行っていたが、基本的にはダンジョンにこもっていた。
はじめの頃にはNPCとの交流もあったのだが、相手が生身の人間ではないことがどうしても頭にちらついて、そういう自分の考えがいやになってしまったのだ。それで、裕一郎はモンスターだらけのダンジョンにほとんど住みついていた。
試験プレイヤーといってもチートはなく、裕一郎はちまちまとレベルを上げていった。今では、ちょっとしたダンジョンならすぐに踏破できる。
ダンジョンにはボスが居て、それを倒すとダンジョン内に居るすべてのプレイヤーが一旦ダンジョンの外へ出される。戦闘中だろうとお構いなしにだ。その上でダンジョンのリセットが行われ、ゲーム内時間で一日経つと内部構造が変化してモンスターや宝箱が再配置される。階層の数とモンスターやボスの強さだけはかわらない。その辺りはオーラムが教えてくれた。
裕一郎にはよくわからないが、そうやって造りかえられるからなのか、ダンジョン内のバグは見付けても見付けてもあとからあとから出てきた。
あるダンジョンでは、特定の階層に特定の壁(壁にも十数種類の見た目がある)が出来ると、それをすりぬけることが出来てしまった。その上、条件によってはすりぬけた先が別階層になってしまう。
別のダンジョンでは、階層は全部で七層の筈なのに、何度かに一回、落とし穴経由で到達できてしまう八層目が出現した。一層で落とし穴に落ちると八層に到達し、八層から即座にボス部屋へと移動できたのだ。
また別のダンジョンでは、モンスターと戦わずにボスまで到達し、倒すと、復活したダンジョンの三層目が宝箱だらけになった。しかも、中身は最低ランクの回復アイテム、「キラキラ草」だけだ。
更に、特定の階層で特定の行動をすると、別階層へ飛ばされるというダンジョンもあった。
勿論、ダンジョン以外でもバグはあった。
本来大合戦の最中に、特定のスキルを持ったプレイヤーしかつかえない(オーラム情報)筈の、大きな街の塀にとりつけられている大砲を、一部のNPCがつかえてしまったり、特定の服装をしたNPCが川の近くには位置されていると挙動がおかしかったり、山の傍の村がバグで半分ほどなくなっていたり……。
裕一郎はそれらのバグについて報告し、一部は修正され、一部はほったらかされた。基準はわからない。
「じゃあ、北の貫道へ行ってみるかな……あ、いや、あそこはもう充分さがしたよなあ。えっと、まだ一度も行ってないところで、ここから一番近いのってどこ?」
「パヴォーネの神殿跡です」
「じゃあそこにいく」
「りょうかいしました」
オーラムが答え、裕一郎はぎゅっと目を瞑った。ワープの時には酷く揺れるのだ。
目を開けると、ほとんどがれき状態の神殿跡が見えた。「ここ?」
「です」
「じゃ、行こっか」
裕一郎は意気揚々と、がれきのすきまへ体をねじこむみたいにしてはいっていく。どこのダンジョンも、めずらしい素材や、沢山のお金を求めて、おおくのひとが這入りこんでいるのが普通だ。といっても、オーラムに拠れば、このダンジョンのなかにプレイヤーは居ない。すべてNPCらしい。
そのダンジョンには、人気がなかった。
裕一郎はアイテムボックスからカンテラをとりだす。少し前に完成させた、最上級の光源アイテムだ。ルーナの涙を持たずに死ぬ以外でロストすることはなく、六時間に一回、MPを5消費すれば永遠に光り続ける。レベルの高い裕一郎にとって、MP5はなんでもない。
そもそも裕一郎は「勝者の誇り」というスキルをとっていて、モンスターを倒すと与えたダメージの五分の一、HPMPが回復する。だから、長時間ダンジョンに潜るのも、使用することで継続的にMPを消費するアイテムをつかうのも、対して危険ではなかった。
「くらいねー……」
NPC達が多いダンジョンでは、オーラムと会話していると不自然に見えるらしいので黙っているのだが、今は誰も居ない。そう思って、裕一郎はオーラムに話かけ続けた。「ここって何階層あるの?」
「ぜんぶで二十五階層です」
「へえー、深いなあ。だれか、踏破してる?」
試験プレイヤーが実際何人インしているかはわからないが、そのひと達が踏破している可能性もある。そして何故か、NPC達もダンジョンへ這入りこみ、踏破することがある。
「……じゅ……」
「あれ? オーラムさん?」
話しかけようとしたが、裕一郎は奇妙なことに気付いた。体が思うように動かないのだ。
衝撃とともに裕一郎の体が宙を舞った。
カンテラがゆっくりと落ちていく。
裕一郎はもがいていた。体がゆっくりとしか動かないのだ。彼はまだ空中に居た。彼の下には、毛むくじゃらの、猪と熊をかけあわせたようなモンスターが居た。いつもならここでオーラムに「あれってなに?」と訊けば、モンスターの名前を教えてくれる。だが、オーラムに話しかけようにも、口がまともに動かなかった。これって、処理落ち?
次の瞬間速度がもとに戻り、裕一郎は床へたたきつけられていた。
「うわ」
「大丈夫か?!」
「え?」
猪か熊かわからないものに短い剣をつきたて、赤いヘアバンドをした金髪の青年が裕一郎の腕をとった。ひょいと投げられる。
と、ポニーテールの女性に抱きかかえられた。「坊や、もう大丈夫だからね」
「あの」
「ルクレチア、その子をつれて逃げろ!」
「うん!」
「え? え?」
裕一郎が唖然としている間に、ルクレチアと呼ばれた女性は裕一郎を担いで走りだした。
「あの、大丈夫ですってば!」
「だめよ、あいつが来ると時間の流れがおかしくなるの! 慣れたひとでないと危険だわ」
「それはわかりましたけど」
裕一郎はじたばたするのを辞め、こっそりメニュー画面を開いた。NPC達にはそれは見えないようなのだが、万一と云うこともある。
メッセージ機能をつかってオーラムへメッセージを送った。『処理落ちした?』
『十七人の踏破者が居ます』
先程の質問への答えだ。裕一郎はいらいらとメッセージを書く。
『このひと達ってNPCだよね』
『現在このダンジョンに居るプレイヤーは、試験プレイヤー11番さんだけです』
『わかった、ありがとうオーラムさん。あとでまた』
ということは、このひと達はNPCなのだ。
裕一郎は女性の肩を強めにおして、ひょいととんぼを切り、逃げ出した。
「ちょっと、坊や!」
「だから大丈夫ですって」
「だめよ、ああ、ルーナの涙を持っているの? でも死ぬのって凄く痛いのよ。こわいのよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「ルクレチア!」
振り返ると、さっきの金髪青年が走ってくる。ルクレチアが泣きながら彼へ駈け寄った。「ラファエロ!」
ふたりは抱き合おうとしたみたいだったが、出来なかった。ラファエロが倒れたからだ。
「ありがとう、坊や」
裕一郎は首をすくめた。
座りこんだ裕一郎の膝の上には、ラファエロが寝転がっている。応急処置として、回復魔法をかけたところだ。まだ起きないが、怪我は治っている。おそらくMP不足だろうと思って、さっきMPポーションをふりかけておいた。
ルクレチアは涙ながらに、裕一郎の手をとる。膝が見える丈のワンピースのようなものを着ているが、エルフやドワーフのつくった装備品はそういうものもあるので、ダンジョンなのに、とは思わない。
「名前をきいてもいい?」
「あ、はい。ユウです」
「ユウ? 宜しく。わたしはルクレチア。彼はラファエロ。わたしの婚約者なの」
「婚約者……」
ルクレチアは頷いて、けれど哀しげに頭を振った。「八年前までね。八年前、彼はここへとじこめられた」
「え?」
ルクレチアに拠ると、経緯はこうだった。
ラファエロはこのダンジョンがある地域の、領主の子どもだ。双子の兄が居て、仲好くしていた。
ところが八年前、その兄が十三歳の若さで死んでしまい、しかも毒殺だったことがわかる。
ラファエロが疑われ、彼の部屋から毒が出てきたので、罰としてこのダンジョンへとじこめられた。
踏破したらでてきていい。領主さまお抱えのエルフの細工師がつくった、あのヘアバンドは、ラファエロがダンジョンを勝手にぬけだすと対になっているものが反応する仕掛けだ。踏破すれば外れ、彼は晴れて家へ戻れる。
兄殺しは重罪だ。だからこれはほとんど死刑に近い。
「でも、彼は犯人じゃないの」
「え……」
「彼には弟が居て、その母親が彼の兄を殺したのよ。わたしは彼の弟と結婚させられそうになって……逃げたの」
裕一郎はまだ起きないラファエロと、ルクレチアを、交互に見る。
「あの」
「なあに、ユウ?」
「もしかして、逃げようとしてたんですか?」
ルクレチアは項垂れた。「時間の流れがおかしくなるって云ったでしょう? 彼はいいところまで降りていったのだけれど、どうしてもある階層から先へ行けないのですって。あいつが出てくるから。その頭飾りがある限り、死んでもこのダンジョンの出入り口傍へ戻るだけだから……」
成程、これはクエストなのだろう、と裕一郎は思った。一部のNPCを助けるクエストは存在する。NPCを助けると、あたらしいダンジョンへいけるようになるとか、レアアイテムやレアなレシピをもらえるとか、そういうものだ。
ストーリークエストをすべて終わらせた裕一郎は、たまにNPCクエストをこなしていた。そこにもバグがあるからだ。だが、人間らしいのに人間でない彼らと付き合うのはつらく、あまりやっていなかった。
だがこれはおかしい、とも思った。さっきのは確実に、処理落ちだ。どうやら、モンスターと一対一、もしくは一対二での戦闘になると発生するらしい。ラファエロとルクレチアが加勢してくれた途端、処理落ちはなくなった。
もしかしたら本来は、なにかのアイテムがないと先へ進めないとか、或いはラファエロをパーティにいれて特定の階層まで行かないといけないとか、そういうクエストなのではないだろうか。
ラファエロが唸って、体を起こした。「ルクレチア?」
「ラファエロ、あなた、この子に感謝しなくちゃいけないわ。第一級の神官なの」
「なんだって……?」
ラファエロがぼんやりした目で裕一郎を見る。裕一郎は苦笑いになった。
「神官じゃないです。ちょっと、回復魔法をつかえるだけ」
「あら、じゃあ呪い師なのかしら」
「そんな感じです」
このゲームにジョブの概念はないが、とっているスキルによって称号を得ることは出来た。NPCのなかには特定の称号を持っていないと話しかけても無視だったり、そもそも姿をあらわさないものも居る。その辺りもオーラムにきいて、裕一郎は知っていたから、いろんなスキルをバランスよくとっていた。
回復魔法をつかえるようになると、パラメータなどとの兼ね合いから「神官」や「呪い師」という称号を得ることがある。キャラクターのパラメータをリセットすることもできるので、何度もやり直せば多くの称号をとれた。その称号で呼ばれることもあったので、裕一郎は自然な態度を崩さなかった。
カンテラは失ってしまったので、数ランク下のたいまつをとりだした。
「ちょっと、ご飯食べませんか?」
パンとチーズに干し肉の食事だが、ラファエロもルクレチアも喜んでくれた。裕一郎はもっと別の食糧も持っているのだが、あんまりにも豪華なものを持ち出しても変に思われる。
「ユウは、どうしてここへ?」
「ええと……」
「ルクレチア、あんまり訊かないほうがいいよ」
ラファエロが静かにたしなめる。「いろんなひとがいるんだ。ダンジョンへ来るのは。ユウみたいに若くてここへ来るんだから、なにか理由はあるだろう」
「ああ……ごめんなさい」
「そんな、たいした理由じゃないんです」
ルクレチアがしょんぼりしたので、裕一郎は慌てていいわけした。「ここに、回復魔法の秘密が隠されてるってきいて」
「ああ、そういうことか。たしかに、魔道書が見付かることはあるけれど、たいしたものはないよ」
ラファエロは腰にくくりつけたアイテムボックスから、ハードカバーの本を取り出した。それは、プレイヤーがつかうと魔法を覚えるものだ。
「ライトと、リカバー、それにキュアはあるけど、君くらいならもうもっているだろ?」
「あ、はい」
「もっと下へ行けばあるかもしれないが、十八階層に足を踏みいれると、さっきとは比べものにならないくらい時間の流れがおかしくなるんだ。なんにも出来ないくらいなんだよ。だからだれも踏破なんて……」
ラファエロは口を噤み、ルクレチアも黙りこんでしまった。
ふたりは一階層で安全そうな場所をさがし、寝るそうだ。裕一郎はふたりにさよならを云ってダンジョンを出た。
外はくらい。このゲームには昼夜の概念がある。
「オーラムさん」
「はい」
「あのダンジョンのあれって、仕様? バグ?」
オーラムはしばらく喋らなかったが、三分ほどで辿々しい返事をくれた。「ばぐ……のようです」
「よう? 確定じゃないの?」
「きみょうです」
それはオーラムがどうしようもない場面で多用する表現だった。裕一郎は溜め息を吐いて、メッセージを作成した。場所に関してはオーラムが正確なものを教えてくれたので、それを入力する。
メッセージを送信し、さてどこで寝ようかと考えていると、途端に挙動が重くなった。
「お ー ら む さ ん ?」
裕一郎はなんとか、オーラムへ声をかける。オーラムの反応はない。冗談でもやめてほしいと思いながら、裕一郎は実にゆっくりとその場へ座りこみ、がれきにもたれかかって目を瞑った。挙動がおかしくなってから、ずっと耳鳴りのような音がしている。これはどうにかなるものなのか? 今までも、バグの修正の為なのか、一瞬ブラックアウトするとか、町の位置から変わってしまうとか、そう云うことはあったけど、こんなのは……。
まぶしさに目を開けると、朝が来ていた。
裕一郎は目をこすり、その辺で用を足してから、ダンジョンへ這入る。出入り口のすぐ傍にふたりが居て、寄り添って寝ていた。
ラファエロがここへ放り込まれてから、踏破者は出ていないらしい。それがラファエロの所為とは思えなかった。おそらく、モンスターが配置されたことが原因だったんだろう。ゲーム内時間でいつなのかは知らないが、ラファエロがここへ来た時かその直後かにはもうそのモンスターが配置されていて、それがあの強烈な処理落ちを起こした。
あの、猪と熊をかけあわせたようなモンスターは、ほかのダンジョンでは見たことがない。あたらしいモンスターを配置して挙動をたしかめる為のダンジョンかもしれない。
「ユウ?」
「……おはようございます」
裕一郎は、体を起こしたラファエロにお辞儀した。ルクレチアは毛布にくるまって、すやすや寝ている。
ラファエロは立ち上がり、裕一郎の傍までやってきた。「奥へ行くつもり? 大丈夫なのか?」
「多分」
曖昧に答え、裕一郎は目を逸らす。ここのバグを全部修正したい。
バグの報告は、裕一郎にとってもとの世界へ戻る希望になっていた。ほかにやることがないから、というだけではなく、バグをすべて見付けたら、もしかしたらもとの世界へ戻れるかもしれないとも思っていた。
踏破者は居ない、とラファエロが云っていたことを思い出す。ということは、彼がここに這入ってからダンジョンの再構築は行われていない。つまり、彼はここのダンジョンの現在の構造にくわしい筈だ。
裕一郎はラファエロへ目を戻した。「ラファエロさん、僕を手伝ってくれませんか?」
ラファエロは一瞬考えるように顔を俯けたが、頷いた。
「わかった。手伝えることならやるよ」
わたしも行く、とルクレチアが譲らず、結局三人は一緒に移動していた。
前日落としたカンテラを拾い上げると、裕一郎のMPですぐに光が点る。
「一階層の出入り口傍なら、確実に安全なのに」
「ルーナの涙は持ってるわ」ルクレチアはラファエロの手を掴んで、口を尖らせている。「それにわたしだって、攻撃用の魔法を覚えているもの」
「わかったよ。でも、戦うのは僕だからね。君はユウをまもってあげて。彼は回復魔法をつかえるから、僕達でまもらないと」
「いいわ」
裕一郎はふたりの少し後を歩いていたのだが、くすくすっと笑ってしまった。
「なあに、ユウ?」
「なかがいいんですね」
「そんなことは……まあ、そうかなあ。僕は、彼女とずっと、結婚するつもりだったから。今だって大好きだよ」
ラファエロは臆面もなくルクレチアへの思いを口にし、ルクレチアは赤面する。裕一郎は尚更笑った。
「それにしては、控えめだね」
「え? なにがだい?」
「だって、恋人ならこんなふうにするでしょ」
ふたりの手をとって、一旦はなさせ、指を絡めるようにしてつなぎ直した。ふたりはそれを見て、どちらももじもじしている。裕一郎はまた笑う。
ダンジョン内に八年も居るだけあって、ラファエロは強かった。処理落ちに対応できる戦闘センスもあるのだ。弱い訳はない。
ルクレチアも、MPはさほど多くないようだが、強力な魔法を持っていた。裕一郎はクラフト関係のバグ検証でつくりまくったMPポーションをふたりに渡し、魔法でも技でも惜しみなくつかってほしいと頼んだ。
「ユウって何者なの?」
アイテムボックスからどんどん出てくるポーションに、ルクレチアは目をまるくしている。「これ、ひとつ800ラーメで売ってたわ。こっちは60オーロもする高級品じゃない」
「材料を集めて、つくったの」
「ああ、呪い師だものね、そっか……すごーい……」
ルクレチアはポーションを体にふりかけ、魔法をどんどんつかってくれた。
五階層であのモンスターが出てきた時は、パーティに緊張が走った。だが、裕一郎がバグを報告したからか、処理落ちは起こらなかった。
「もしかしたら」
戦闘後、大量の銀貨になったモンスターを見下ろして、ラファエロはつぶやくように云った。「何人もを相手にすると、あいつは時間をおかしくできないのかもしれないな」
「そうよ、それだわ」ルクレチアは嬉しそうに手を叩く。「裁判では、あなたがほかの冒険者と協力することは禁じられなかった。だからわたしが、たまにここへ来ても、誰も文句を云わなかったのよ。てことは、ユウが手伝ってくれたっていい筈だわ」
ラファエロは頷いて、微笑んだ。なにか、希望を感じたような微笑みだ。
そこからはとんとん拍子に十八階層まですすんだ。
勿論、裕一郎はバグを調べないといけないから、壁へ向かって体をぶつけたり、ひたすら「調べる」をやったり、攻撃魔法や武器で壁の破壊を試みたり、必要のない戦闘をしたりした。ふたりはそういう行動にぽかんとしたが、呪い師のやることなのだといいくるめた。「こうやって手にはいる材料でつくれるものもあるんだよ」と云ったのだ。MP回復用だけでなく、状態異常回復やHP回復など、およそあらゆる種類のポーションを、それも大量に持っている裕一郎を、ふたりは疑わなかった。
十八階層では、あのモンスターが居ないのに動きが重くなった。だが、昨日体験した強烈な処理落ち程ではない。
ラファエロが示した方向へ、三人は歩いていく。裕一郎はこっそりメニューを開いて、オーラムに頼んだ。今、自分が居る地点と、そこで動作が重くなることを報告してほしい、と。オーラムは『はい』と寄越したが、挙動はかわらなかった。
ルクレチアが息をのんだのが、0.75倍速くらいで聴こえる。それに耳鳴りのようなものもかぶさっている。
「ファイア ブレ ス!」
動きも声もかくかくしてきた。滑らかさがない。ルクレチアの魔法が奥へ飛んでいき、あいつにあたった。上の階に居たものよりも大きい。ラファエロが剣をぬく。それも、クラフトのバグ確認で、裕一郎がつくったものだ。
「二刃斬!」
ラファエロの声は滑らかに聴こえたが、彼がやったことはなにも見えなかった。ラファエロがモンスターに切りかかったと思ったらもう戻ってきていたのだ。裕一郎は杖を握りしめ、魔法を選んでつかった。
「ヘル スクリー ム」
声はかくついたが、黒紫のもやは滑らかにモンスターへ襲いかかり、モンスターはしばらく苦しんで、倒れた。
途端に、動きがもとに戻る。ラファエロとルクレチアが抱き合っていた。どうして、と思ったが、わかった。
モンスターの体がきらきらとかがやきを放ちながら、消えていっている。
〈! アイテムボックスにアイテムが追加されました〉
〈アナウンス:パヴォーネの神殿跡で、試験プレイヤー11番さんがボスを討伐しました!〉
〈アナウンス:試験プレイヤー11番さんが黒剣・ライトイーターを入手しました!〉
という通知のあとに、自分の体も光りながら消え始める。こいつがボス? でもここは二十五階層の筈。どうして……?
まぶしさに目を瞑る。
目を開けると、白堊の宮殿に居た。傍には抱き合ったラファエロとルクレチアが立っている。ラファエロの額から、ヘアバンドが滑りおちた。
「ラファエロ?」
声に目を向けると、ラファエロのように金髪の、中年男性が居る。絹の服を身にまとい、立派な剣を佩いていた。
「父さん」
「おお、ラファエロ、やりとげたのだな……!」
男性はこちらへ走ってくると、ラファエロと抱き合った。ルクレチアが泣きながら裕一郎の手を掴み、上下させる。「ありがとう、ユウ! あなたのおかげよ、わたし達は一生、あなたの友人で居続けるわ。なにがあってもあなたを助ける」
「えっと、あの」
「この坊やは?」
「ああ、父さん、彼は偉大な呪い師なんです。僕らを助けてくれました。彼が居てくれたおかげで、あのダンジョンの……」
ラファエロが説明すると、ラファエロの父は裕一郎の前まで飛んできた。片膝をつき、裕一郎の手を掴む。
「ありがとうございます、偉大なる呪い師ユウ。あなたはわたしの息子をとりもどしてくれた」
「え? いや、ラファエロが強かったし、ルクレチアも戦ってくれて……」
「でも、ユウが居なかったらあんなに魔法をつかえなかったわ」
「そうだよ。父さん、ユウはあのダンジョンで秘術をさがしいたんです。彼が秘術を見付けられるように、これからも僕達は彼を手伝いたい」
「おお、いいだろういいだろう。お前はわたしの跡継ぎに戻る、だが、さいわいわたしはまだぴんぴんしているからな」
親子が笑い、ルクレチアが心配げになった。
「ああでも、領主さま、わたしのことはどうなるのでしょう?」
「いや、ルクレチア、心配要らない。ラファエロはあのダンジョンを踏破すれば、すべてをとりもどすことになっていた。それには君との婚約も含まれている」
ルクレチアがほっと息を吐いた。ラファエロが安心した顔で、ルクレチアの手を掴む。
領主は裕一郎の手を握りしめたまま、涙をこぼす。
「わたしはラファエロを疑ってなどいなかった。だが、証拠が出てきてしまい、裁判で決まったことを覆す力はわたしにはなかった……ふたりとも、つらい思いをさせたな」
「いいえ、領主さま」
「そうです、父さん、ルクレチアが結婚しなくていいように、何度も停めてくれたんでしょう? 僕を信じて待っていてくれたんでしょうて?」
領主はよろよろと立ち上がり、息子とその婚約者を抱きしめた。
「父上、何事で……兄上? どうして……」
這入ってきたのはやはり金髪の、高校生くらいの少年だった。それに、ひげの男性、背の高い女性も一緒だ。それを皮切りに、大勢の人間がどやどやと這入ってきた。
領主が声を張り上げる。
「ラファエロは戻った。呪具は外れた。彼はすべてをとりもどす権利がある」
「そ、そんな……」
ラファエロの弟が、その場に膝をついた。まっさおになっている。
「ラファエロを助けてくれた、偉大なる呪い師ユウを、客分として迎える。無礼のないようにしなさい」
「ユウは」ルクレチアがきりりとした表情で云う。「どんなポーションも持っている偉大な呪い師です。毒を消すものもありますし、反対に強力な毒も持っているわ。無礼があったらどんな災いが起こるかわかりません。本当に気を付けることね」
最後は、ラファエロの弟とその一派へ向けてのものらしい。一部の人間がたじろいだ。
裕一郎は上等な客室で、窓辺に座っていた。
「さっきはごめんね、ユウ。あなたを利用するようなことをして」
「ううん。いいよ」
裕一郎は頭を振る。
「本当の犯人が明らかになるといいね」
「それは無理だと思う」ラファエロが寛いだ様子で、椅子の背凭れへ体を預けている。「でも、もういいんだ。兄さんのお墓へ参ることが出来るなら、それでいい」
「ねえ、どうしてかしらね」
ルクレチアが云う。「ダンジョンの外でも生き返るひとと、ダンジョンの外では生き返れないひとがいるのって」
「それはルーナに訊くしかないな」
それはきっと、クエストの為なのだろう。裕一郎はそう思って、なんだか気持ちの悪さを感じた。
バグの原因が、なんとなくわかった。あのモンスターも問題だったのだろうが、ボスの動きが関係していたのだろう。
本来ボスは、最終階層に居る。あのダンジョンなら二十五階層に。
それが、十八階層まで移動してしまった。その辺りのシステムは裕一郎には理解できないが、本来は二十五階層から出られないようにプログラムされている筈のボスが、ダンジョンの再構築の時に抜け道が出来てしまい、そこから上の階層へ移動したのではないだろうか。
壁ぬけバグ、そして壁をぬけた先が別階層というバグがあった。特定の階層で特定の行動をすると別階層へ飛ばされるバグも。そういったものが嚙み合って、あのダンジョンのボスがボス部屋から移動し、その結果がもの凄い処理落ちだったのではないだろうか。
それらを報告し、寝て起きたが、ゲームから出られはしなかった。
「ユウ、大丈夫かい?」
「うん」
裕一郎は段差を飛び降りる。ラファエロが抱き留めてくれた。先に行っていたルクレチアが戻り、くすくす笑う。
「ラファエロ、偉大な呪い師で、領主さまの顧問のユウに、なれなれしいのじゃない?」
「ルクレチア、からかわないでよ」
裕一郎は抗議しながら、床へ降りた。
あのあと、是非にと頼み込まれて領主の顧問に迎えられた裕一郎は、あのダンジョンだけでなく、近場のダンジョンに何度も潜っていた。ラファエロとルクレチアが毎回一緒だ。
ラファエロの兄の死についてはまだ、ラファエロのやったことになっているが、いずれはそれも是正されるだろう。
裕一郎の助言で、領主が当時の女官や従僕達のなかで、羽振りのよくなった者、或いはラファエロの弟一派に借りがあったり弱みを握られている節がある者をさがしているところなのだ。そういう人間を調べればいつかは、ラファエロの部屋に毒を置いた人間に辿りつく。
その人物が死んでいることも考えられたが、それならそれで、ラファエロが戻ってきて居心地が悪くなっているだろう一部の官吏達に、うまく話を持ちかければいい。事件の真相を告白すれば、罪には問わない、とでも云って。それが可能なのかは裕一郎は知らないが、そう提案すると領主は頷いた。
「ユウ、また壁を調べるの?」
「うん」
「じゃあ、僕達はこの辺りのモンスターを狩ってくる。どこで戦ったか、どれくらいで死んだか、どれくらいのものを落としたかを記録するのは忘れないから、安心して」
「ありがとう」
ふたりは裕一郎の頬に軽くキスして、手をつないで走っていった。今では、裕一郎がやりなおしてやる必要もなく、しっかり指を絡めたつなぎかたをする。もう少ししたら正式な発表があるが、ふたりはこっそり結婚していた。裕一郎が立会人だ。
裕一郎はふたりを見送って、壁へぶつかりはじめた。最近、オーラムとはあまり喋っていない。人間そっくりなラファエロ達と接していると、誰かと話したいという欲が穏やかになるのだ。
裕一郎はすでに、彼らを単なるNPCとは考えられなくなっていた。そういう自分に満足してもいた。
バグがなくなったら、いつかここから戻れるんだろうか、と頭をよぎって、裕一郎はなんとも云えない気分になる。哀しいのか嬉しいのかわからない。ごった煮のような複雑な感情だった。
戻っても、このゲームが発売されたら買おう。その時には、「ユウ」という名前で、外見を美少年にして、まっさきにクラフトをやる。
そして、バグさがしは関係ない、仲間との冒険をする。




