四葉を探して
この頃、お父さんとお母さんは喧嘩ばかりだ。大きな声で怒鳴り合って、ついに昨日、ご近所さんから怒られた。それで今朝から、「もう終わりにしよう」と向かい合って、すごく静かに話し合っている。
いつもよりもすごく怖いから、僕は散歩に出ることにした。どうせ外に出るんだから、何かお土産を持って帰ろう。それも、お父さんとお母さんが仲直りできるような。
そういえば昔、お父さんが絵本を読んでくれた。いろいろな植物が描いてあって、その中にクローバーがあった。四つ葉のクローバーは幸せを表すって書いてあった。そうだ、四つ葉のクローバーを見つけて、お父さんとお母さんにプレゼントするんだ。そうしよう。
そっとドアを開けて、外に出た。家の外は賑やかだ。スズメが鳴いているし、車の音がするし、水色の空からお日様の暖かい日が届く。僕はとことこ歩いた。
どこの家からか、料理の良い匂いがする。きっと、お友だちをたくさん呼んで、パーティーを開くんだ。オムライスや、ナポリタンや、チキンナゲットや、ケーキや、フルーツポンチや、好きなものを何でも作ってもらえるんだ。お友だちもお父さんもお母さんも一緒になってゲームをしたり、歌を歌ったりするんだ。いいなあ、うらやましいなあ。でも、四つ葉のクローバーが見つけたら、きっと僕もできるんだ。
そんなことを考えていたら、横断歩道についた。向かいには、腰の曲がったおじいちゃんと腰の曲がっていないおばあちゃんが待っている。おじいちゃんとおばあちゃんは何をしに行くんだろう。きっと、これからお孫さんに会いに行くんだ。そのお家のお父さんとお母さんは仲がいいから、おじいちゃんとおばあちゃんたちも安心して会いに来てくれるんだ。お手玉を教えてもらったり、絵本にはない昔話をしてもらったり、一緒にあんみつをつくったりするんだ。いいなあ、うらやましいなあ。でも、四つ葉のクローバーを見つけたら、きっと僕もおじいちゃんとおばあちゃんに会えるんだ。
お辞儀をしながら横断歩道を渡ったら、猫が目の前を通り過ぎた。茶色と、黒と、白の三毛猫だ。骨ばっていて、?せていて、汚れている。けれどきっと、誰かが拾ってあげれば、かわいくて、太っていて、毛並みのきれいな猫になるはずだ。そうしてあげたいな。五つ葉のクローバーを見つけたら、きっとお父さんもお母さんも猫をかわいがってくれるんだ。
そうして、野原についた。
お日様が昇った青い空の下、僕は緑色の地面にへばりついて、目をまん丸くして四つ葉のクローバーを探した。探して、手に土がついて、探して、足がしびれて、探して、喉が渇いた。立ち上がって、手洗い場で手を洗い、蛇口からカルキ臭い水を飲んで、また四つ葉のクローバーを探した。探して、アリんこが僕の足を這って、探して、首が痛くなって、探して、お腹が空いた。立ち上がって、大きく伸びをして、お腹は我慢した。探して、汗が出てきて、探して、お腹が分からなくなって、探して、寂しくなった。
もう、帰ろう。時間が経ったから、お父さんとお母さんは仲直りしているかもしれない。
何も持たないまま、赤くなった空の下、来た道を戻る。
横断歩道で信号を待っていたら、向かいからお父さんが歩いてきた。大きなリュックサックを背負って、スーツケースまで引きずっている。どうしたんだろう。
信号が緑になる。僕は白と黒の縞々を走って、お父さんにしがみついた。どこへ行っていたのと聞かれて、クローバーを探しに行ったけど見つからなかったと答えた。
信号が赤になる。お父さんはどこに行くのと聞いたら、遠くだよ、と答えて、しばらく僕をぎゅっと抱きしめた。
信号が緑になる。お父さんは僕を離して、元気でな、と笑って、信号を渡って行った。追いかけようとしたら、トラックが曲がってきて、信号は赤になってしまった。