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「あれ、ここは。」
さっきまで、きっと意識を失うまで。自分の記憶があった風景とは全く違う、そんな場所に僕はいた。
周りの人にしても同じようで、回りを見たり、瞬きを繰り返したりとそんな事をしている。
「さっきまでのは。」
「どこだよ、ここは。」
「叫ばないで貰えますか。」
「あれ、終わらないんだ。」
「一体、何が。」
僕にしてもそうだけど、誰も彼もが思い思いに行動している。叫ぶように、怒鳴り散らすように、なんだか見覚えのあるランニングウェアを着た男性。
誰も彼もが、一人を除いて。自分の思い付きを口にして、互いの話なんて聞いていない。そして、それにいら立ったのだろう。
一番大きな声で喚き散らしていたその男が、机を、気が付けば囲むように座っていた机を叩く。
直前、ぼんやりとした視界で見た。恐らく、僕を散々に殴り、潰したそれが振るわれることに、思わず体が固まる。
口から出ていた、意味のない疑問が止まる。
他の人たちにしても、めんどくさそうに、迷惑そうにしながらも。一度それぞれに喋るのを止めた。
「おい、誰がこんな事をした。さっさと帰らせろよ。」
「話、聞いてなかったの。誰も分かってないようだったでしょ。それと、一々大声を出さないで貰えるかしら。そんな事しなくても十分聞こえるもの。それも分からないというなら、そこらの野生動物のように振舞えばいいけれど。」
がなるように言った男性にそう返すのは、最初に一言呟いて、それからただ何も口にしなかった女性だ。
白衣を着た女性。見るからに大人と、そう感じる女性が、ただめんどくさそうにそう話す。
「ふざけんなよ。何をすましてんだ。お前が俺をこんな訳の分からない場所に連れてきたってのかよ。」
「人の話を聞いていたのかしら。聞いてないなら自分の話だけ聞け、そのおかしな理屈に気づけそうだもの。きっと聞いてないんでしょうね。暫くそこらで深呼吸でもしていなさい。」
男の、見るからに鍛えていると割る相手に、まったくひるむことも無く。そうとだけ言い返して、また何か考え事に戻ったのだろう。女性は何もしゃべらない。
「くそが。おい、お前らは。」
「あの、うるさいんで、もう少し静かに喋って貰えます。大人の男性がみっともないですよ。」
そうして、もう一人。見るからに制服と、そうわかる服を着ている少女が次に応える。僕は相変わらず、その男が喋るたびに体がすくんでしまうのだけど、他はそうでもないらしい。
僕に起こったような、この男性にいきなり、いつかも分からないうちに襲われて。そんなことは無かったのだろうか。
「ああ。」
「嫌ですね。そんな無駄に騒いで。学校で習いませんでした。話し合いの時どうするか。」
「おい、あんまなめたこと言ってんじゃねーぞ。」
「さっき私に無残に切り殺されたくせに、あなたこそ何を言ってるんですか。」
そうして、今更ながらに気が付いたけど。そういって制服姿の少女が刀を鞘から抜く。どうやら、僕だけじゃないらしい。だというのに、なんでこの人たちは、こんな当たり前にしているのか。
今も、自分のすぐそば。思い返せば、それこそ自分の体から。湿った音。何か硬いものが砕ける音。そういった物が耳の奥にこびりついているというのに。
「で、私も気が付かないうちに、撃たれてゲームオーバーになりましたけど。」
男性が、ようやく落ち着き。席から離れ、それなりに広い部屋の中。壁にもたれかかって座ったところで、少女がそう口にする。
あそこ迄無茶苦茶な。気が付いた時にはどうにもできなかった。そんな相手を実に気軽に切り殺した、そう言っておきながら、彼女にしてもやはり何かあったらしい。
「そちらは、私ですね。ちょうどいいところにいましたので。その後、あちらの白衣の女性も。」
「って言う事は、おねーさんが勝ったんですか。」
「いいえ。その後移動している時に、衝撃を受けたと思ったら、ここに。」
「とういう事は、なんかそっちのさえない、怯えてるおにーさんですか。」
あっちの男性相手にしてもそうだけど、なんだかすごく遠慮のない子だ。
聞かれたから喋ろうと、そう思ったけど、何か上手く言葉が出ずにつっかえてせき込んでしまう。
「あれ、大丈夫ですか。」
「あら。何か、あったのでしょうか。先ほどからあちらの粗暴な男に怯えていたようですし。」
「じゃ、そっちは落ち着くまで待って、おじさんとおねーさんは。」
「さっきそっちの奇妙な格好の子が言っていたでしょう。撃たれたらしいわよ、私。」
「ええ、ちょうどいいところに、頭を出されましたので。」
ただただ怖い。この人たちが。なぜそうもあっさりと、至極簡単に自分が死んだ、それを笑って話せるのか。
今こうしている、それは僕だって分かってる。さっきまでのは、僕がそう思っていたように、あの子がそう言っているようにゲームだと。たとえそうだったとしても、死んだんだ、僕は。
たしかに、最初にきっと体の正面、そこを殴られて吹き飛んで。その後は、転がる僕の顔を無造作に、何度も殴られて。
なんで、この人たちは、ここまで普通なんだろう。正直、ああして威嚇されるのは怖い。でも、まだ理解ができる。自分を切り殺した相手が、今も笑顔を浮かべて話しているんだから。